24. 勅任状も、盛りますのね
勅使というものは、たいそう仰々しい。
紫の房のついた筒を捧げ持ち、供を四人従え、応接間の真ん中で朗々と読み上げる。ヘートヴィヒは緊張のあまり茶を出す手が震え、従士長は――廊下で、洟をすすっていた。
家中の者が壁ぎわに並び、息を詰めている。読み上げの声が高いところで一度跳ね返り、それから部屋いっぱいに落ちてくる。
「アイヒェンヴァルト侯爵バルタザールを、王立士官学校・北方演習教官に任ずる」
教官である。
鎮台の司令ではなく、名簿の頭でもなく、教官。
この一語を手に入れるのに、十二年かかっている。正確に申し上げれば、十二年寝かせて、この半年で掘り起こした。掘り起こしたのは元帥閣下で、書いたのはこの人で、名前ではなく人をお貸しなさいませと言い出したのは――ええ、まあ、わたくしですけれど。
そして読み上げは、そこで終わらなかった。同時に、冬季行軍と兵站の教範が正式に改められる。十二年、書庫で埃を被っていた草案が掘り起こされて、王国の教範になったのである。
旦那様は深く頭を下げて、短く言った。
「……わし一人の功では、ない」
それだけである。廊下の洟をすする音が、大きくなった。
あとで知ったことだが、従士長は勅使の一行が門を出るまで廊下から動かず、それから納屋へ行って、儀典の剣の手入れを始めたのだという。十年、式典のなかった家の話である。夏にさっさと研ぎへ出しておいた老従士は、この日のために、ずっと支度を続けていたのだ。
勅使の一行が去ったあと、ルートガー様が申し出た。教範の写しを、関所へ持ち帰りたい、と。
「写しだけでは、足りん」
旦那様が言う。
「持ち帰れ。そのうえで、口でも伝えよ。紙は関所の棚で待っておるが、峠までは付いてこん。……口は、雪に濡れん」
陪席していた若者は、直立不動のまま、目だけを赤くしている。この方の同期の名は、いまも歌にも教範にも載らない。載らないまま、その死に方だけが教範に残る。
歌は、名前を残す。教範は名前を残さない代わりに、やり方を残す。どちらが上かという話ではない。ただ、この秋に死んだ三人のうち一人の名は、戦没の記録に三行あるきりで誰の口にも上らないのに、その方の死に方だけが、王国じゅうの若い士官へ配られていくのである。
……それを供養と呼んでよいのか、私には分からない。分からないまま、私はその一行を、ありがたいと思っている。
◇
甥のオイゲン様が現れたのは、その十日後である。
春先の道を、香水と一緒にやって来た。
「叔父上! いや、まことにおめでとうございます。王国の柱石とは、まさに叔父上のこと! 一族の誉れでございますな!」
半年前、この応接間で相続のお勘定をなさろうとした方と、同じ扇子である。
私は茶をお注ぎしながら、感心していた。人の掌というものは、こうも滑らかに返るものらしい。しかも本人に返した自覚がまるでないのだから、たいしたものである。旦那様はといえば、いつもの調子で「うむ」と「そうか」を配っておられた。この人は身内の困った子にも、正面から冷たくはしない。夏に一度だけ「あれの父は、よい男だった」と仰ったきり、甥御殿の悪口は、この家で一度も出ていないのである。
「ときに叔母上。北方演習教官というのは、その、俸給のほうは」
「存じませんわ」
「ご存じない?」
「ええ。当家の帳面には、まだ一度も載っておりませんもの」
載る前から取り分のお話をなさる癖は、半年前と少しも変わっていない。
「……時に叔母上。その、跡目のほうは、いかがです」
扇子の陰から、遠慮のない目が覗く。名誉の勘定に乗り換えた方は、次に系図の勘定を始めるものらしい。
私は湯呑を置いて、にっこりして差し上げた。
「胡桃の頃に、考えますわ」
「……胡桃?」
「ええ。胡桃ですの」
甥御殿はしばらく考え込み、それから諦めた顔で扇子を閉じる。分からないままお帰りいただくのが、いちばんよろしいのである。
なお、この方はお帰りの間際に「叔父上のご健勝を祈っております」と三度繰り返した。付け買いのお噂のほうは、その後どうなったのか存じ上げない。
◇
その夜、書斎で、私たちは勅任状を広げた。
実物の紙を前にして向かい合うのは、あの条件書以来である。紫の房。金の縁。几帳面な清書の字。灯を近づけると、墨がまだ新しい匂いを立てた。……そして文面の途中に、こういう一節があったのである。
『齢五十三にして矍鑠として、なお国家の柱たるべし』
「……矍鑠」
「盛られておりますわね」
「盛られておる」
私たちは、顔を見合わせた。
「今朝、階段を三段お上がりになるのに、右膝が二度鳴りましてよ」
「……公文書も、歌う時代か」
答え合わせが、とうとう公文書にまで届いたのである。三十年この人を盛り続けてきたのは、吟遊詩人だけではなかったらしい。国家も、わりと盛る。
ひとしきり笑ったあと、彼は勅任状を巻き、それから妙な置き方をした。
卓の真ん中に、私のほうへ向けて置いたのである。
「……これは、あなたの辞令でもある」
「まあ」
「名を貸すのではなく人を貸せ、と言うたのはあなただ。燕麦と塩豚を値切るな、と言うたのも」
「あれは、家政の都合ですわ」
「うむ。……家政の都合で、教範が変わった」
私は、思わず笑ってしまった。
「まあ。ずいぶん高くつく家政ですこと」
「安い。……若い者が二十一人、生きて帰った」
私は、巻かれた紙をしばらく眺めている。
三十年、この人の伝記を書いてきたのは歌である。橋を三本落とし、軍旗を七本折り、千の敵を退けた男。……その伝記に、今日はじめて、本当のことが一行載った。
冬の行軍のやり方を、この人が三十年かけて覚えた、という一行。
……ええ、少々盛られてはおりますけれど。
灯を消す前、旦那様が思い出したように仰った。
「勅任の式が、春にある。……あなたも、来るか?」
「まいりますわ。矍鑠としていらっしゃるか、確かめてまいりませんと」
「……言うてくれるな」
◇
同じ頃、王都の酒場の裏手では、聞き慣れない節の稽古が始まっている。歌い手が同じ一節を四度繰り返し、四度目でようやく手拍子が合った。曲は速い。剣も城門も出てこない。出てくるのは雪と、荷と、若い者たちである。常連の一人が「不敗侯の歌ではないのか?」と訊くと、歌い手は竪琴を抱え直してこう答えた。「不敗侯の歌です。ただし、新しいほうの」。春はまだ、坂の下まで来たところである。




