↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
24/30

24. 勅任状も、盛りますのね

 勅使というものは、たいそう仰々しい。


 紫の房のついた筒を捧げ持ち、供を四人従え、応接間の真ん中で朗々と読み上げる。ヘートヴィヒは緊張のあまり茶を出す手が震え、従士長は――廊下で、洟(はな)をすすっていた。


 家中の者が壁ぎわに並び、息を詰めている。読み上げの声が高いところで一度跳ね返り、それから部屋いっぱいに落ちてくる。


「アイヒェンヴァルト侯爵バルタザールを、王立士官学校・北方演習教官に任ずる」


 教官である。


 鎮台の司令ではなく、名簿の頭でもなく、教官。


 この一語を手に入れるのに、十二年かかっている。正確に申し上げれば、十二年寝かせて、この半年で掘り起こした。掘り起こしたのは元帥閣下で、書いたのはこの人で、名前ではなく人をお貸しなさいませと言い出したのは――ええ、まあ、わたくしですけれど。


 そして読み上げは、そこで終わらなかった。同時に、冬季行軍と兵站の教範が正式に改められる。十二年、書庫で埃を被っていた草案が掘り起こされて、王国の教範になったのである。


 旦那様は深く頭を下げて、短く言った。


「……わし一人の功では、ない」


 それだけである。廊下の洟をすする音が、大きくなった。


 あとで知ったことだが、従士長は勅使の一行が門を出るまで廊下から動かず、それから納屋へ行って、儀典の剣の手入れを始めたのだという。十年、式典のなかった家の話である。夏にさっさと研ぎへ出しておいた老従士は、この日のために、ずっと支度を続けていたのだ。


 勅使の一行が去ったあと、ルートガー様が申し出た。教範の写しを、関所へ持ち帰りたい、と。


「写しだけでは、足りん」


 旦那様が言う。


「持ち帰れ。そのうえで、口でも伝えよ。紙は関所の棚で待っておるが、峠までは付いてこん。……口は、雪に濡れん」


 陪席していた若者は、直立不動のまま、目だけを赤くしている。この方の同期の名は、いまも歌にも教範にも載らない。載らないまま、その死に方だけが教範に残る。


 歌は、名前を残す。教範は名前を残さない代わりに、やり方を残す。どちらが上かという話ではない。ただ、この秋に死んだ三人のうち一人の名は、戦没の記録に三行あるきりで誰の口にも上らないのに、その方の死に方だけが、王国じゅうの若い士官へ配られていくのである。


 ……それを供養と呼んでよいのか、私には分からない。分からないまま、私はその一行を、ありがたいと思っている。


       ◇


 甥のオイゲン様が現れたのは、その十日後である。


 春先の道を、香水と一緒にやって来た。


「叔父上! いや、まことにおめでとうございます。王国の柱石とは、まさに叔父上のこと! 一族の誉れでございますな!」


 半年前、この応接間で相続のお勘定をなさろうとした方と、同じ扇子である。


 私は茶をお注ぎしながら、感心していた。人の掌というものは、こうも滑らかに返るものらしい。しかも本人に返した自覚がまるでないのだから、たいしたものである。旦那様はといえば、いつもの調子で「うむ」と「そうか」を配っておられた。この人は身内の困った子にも、正面から冷たくはしない。夏に一度だけ「あれの父は、よい男だった」と仰ったきり、甥御殿の悪口は、この家で一度も出ていないのである。


「ときに叔母上。北方演習教官というのは、その、俸給のほうは」


「存じませんわ」


「ご存じない?」


「ええ。当家の帳面には、まだ一度も載っておりませんもの」


 載る前から取り分のお話をなさる癖は、半年前と少しも変わっていない。


「……時に叔母上。その、跡目のほうは、いかがです」


 扇子の陰から、遠慮のない目が覗く。名誉の勘定に乗り換えた方は、次に系図の勘定を始めるものらしい。


 私は湯呑を置いて、にっこりして差し上げた。


「胡桃の頃に、考えますわ」


「……胡桃?」


「ええ。胡桃ですの」


 甥御殿はしばらく考え込み、それから諦めた顔で扇子を閉じる。分からないままお帰りいただくのが、いちばんよろしいのである。


 なお、この方はお帰りの間際に「叔父上のご健勝を祈っております」と三度繰り返した。付け買いのお噂のほうは、その後どうなったのか存じ上げない。


       ◇


 その夜、書斎で、私たちは勅任状を広げた。


 実物の紙を前にして向かい合うのは、あの条件書以来である。紫の房。金の縁。几帳面な清書の字。灯を近づけると、墨がまだ新しい匂いを立てた。……そして文面の途中に、こういう一節があったのである。


『齢五十三にして矍鑠(かくしゃく)として、なお国家の柱たるべし』


「……矍鑠」


「盛られておりますわね」


「盛られておる」


 私たちは、顔を見合わせた。


「今朝、階段を三段お上がりになるのに、右膝が二度鳴りましてよ」


「……公文書も、歌う時代か」


 答え合わせが、とうとう公文書にまで届いたのである。三十年この人を盛り続けてきたのは、吟遊詩人だけではなかったらしい。国家も、わりと盛る。


 ひとしきり笑ったあと、彼は勅任状を巻き、それから妙な置き方をした。


 卓の真ん中に、私のほうへ向けて置いたのである。


「……これは、あなたの辞令でもある」


「まあ」


「名を貸すのではなく人を貸せ、と言うたのはあなただ。燕麦(えんばく)と塩豚を値切るな、と言うたのも」


「あれは、家政の都合ですわ」


「うむ。……家政の都合で、教範が変わった」


 私は、思わず笑ってしまった。


「まあ。ずいぶん高くつく家政ですこと」


「安い。……若い者が二十一人、生きて帰った」


 私は、巻かれた紙をしばらく眺めている。


 三十年、この人の伝記を書いてきたのは歌である。橋を三本落とし、軍旗を七本折り、千の敵を退けた男。……その伝記に、今日はじめて、本当のことが一行載った。


 冬の行軍のやり方を、この人が三十年かけて覚えた、という一行。


 ……ええ、少々盛られてはおりますけれど。


 灯を消す前、旦那様が思い出したように仰った。


「勅任の式が、春にある。……あなたも、来るか?」


「まいりますわ。矍鑠としていらっしゃるか、確かめてまいりませんと」


「……言うてくれるな」


       ◇


 同じ頃、王都の酒場の裏手では、聞き慣れない節の稽古が始まっている。歌い手が同じ一節を四度繰り返し、四度目でようやく手拍子が合った。曲は速い。剣も城門も出てこない。出てくるのは雪と、荷と、若い者たちである。常連の一人が「不敗侯の歌ではないのか?」と訊くと、歌い手は竪琴を抱え直してこう答えた。「不敗侯の歌です。ただし、新しいほうの」。春はまだ、坂の下まで来たところである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。