19. 若鷲たちの冬支度
冬の入りの当家は、たいそう賑やかである。
週に二度、若鷲が三頭上がってくる。関所の非番を潰し、馬で一刻。そして帰る頃には、必ず、来たときより重くなっている。
「奥様。あの方々、先週から一人あたり半羽ずつ増えましてございます」
ヘートヴィヒが指を折りながら、深刻な顔で申告した。
「半羽」
「はい。育ち盛りは、寒くなると食べますので。……このままでは、年内に鶏舎が空きます」
「まあ。では、豆をお増やしになって」
「豆では止まりません、奥様。あの方々、豆も食べますので」
実際、若鷲たちの食べ方は見事である。器を持つ手が止まらないのに、行儀だけは崩れない。ルートガー様が「関所の飯は、寒いと石になりますので」と言うのを聞いて、なるほど、ここで温かいものを詰め込んで帰るのは、あの方々なりの冬支度なのだと分かった。
家政婦長と若鷲の攻防は、冬に入って新しい段階へ進んだらしい。台所の竈は朝から晩まで塞がり、屋敷じゅうが煮込みの匂いになる。……なお当のヘートヴィヒが、帰りしなに毎度こっそり包みを持たせているのを、私は知っている。
◇
その週の終わりに、弟が来る。
ダーヴィト。十五。オスターフェルト男爵家の跡取りで、冬の休みに、実家から丸一日かけて。玄関に立った瞬間、この子は緊張のあまり直立不動になった。
「あ、あの、義兄上! じ、自分は――」
自分は、ときた。若鷲の口移しである。誰に習ったのかは、聞くまでもない。
夕餉の席で、弟は歌の話ばかりした。
「義兄上は、オルベルン峠で千人を!」
「……うむ」
「三本橋も、たったお一人で!」
「……うむ」
うむ、が三つ続いたところで、私は弟の皿へ塩豚を取り分けてやる。千人退け。三本橋。軍旗七本。ひとつ語るたびに弟の目が輝き、ひとつ語るたびに、旦那様の眉間の谷が深くなる。
私は、口を挟まなかった。
剥がしてやることはできる。雪崩ですのよ、工兵ですのよ、二本ですのよ。……けれど、この子の歌はこの子のものである。剥がすのは、剥がした下を受け取れる歳になってからでよろしい。三年前、この子から父を取り上げたのは私ではないけれど、取り上げられた後の三年をこの子に渡したのは、たしかに私である。せめて歌ぐらいは、当分そのままにしておきたい。
◇
翌朝、弟は薪割りに連れ出された。
窓から見ていると、大男が斧の柄を握らせて、何か短く言っている。弟の振り上げ方が、少しずつ低くなっていく。派手さが減って、音が揃っていく。こん、こん、と、あの時計のような音に近づいていく。
昼には、書斎で地図である。
「ダーヴィト殿。ここが谷だ」
「谷、でありますか?」
「線の詰んでおるところは、急だ。……このあたりは、雨の後には行くな」
殿が取れたのは、三度目の説明のときだったと思う。
「ダーヴィト。ここも同じだ」
「はい!」
「ここに関所がある。ここから先は、冬は行くな」
「なぜでありますか?」
「帰りの道が、細いからだ」
この人は、義弟というものの扱い方を知らない。知らないから、知っていることを教えるしかない。……そういう不器用の形を、私は今日また一枚、拾っておく。
扉の隙間から覗いていて、胸のあたりが妙なことになる。嬉しいのに、少し寂しい。三年、この子に何かを教えるのは私の役目だった。帳簿の付け方も、人の断り方も、泣かないでいる方法も。地図の読み方だけは、教えてやれなかった。
◇
帰る朝、門の前である。霜柱が、踏むたびに小さく鳴る。
「姉上」
「はい」
「あの方は、歌より凄い人だね」
――ええ。
喉まで出かかったものを、私は飲み込んだ。ええ、そうですのよ。歌はだいたい三割方目減りいたしますけれど、剥がした下から出てまいりますものが、それはもう。
……教えて差し上げませんの。
わたくしの持ち分ですもの。
「そうね。よくお分かりだこと」
弟は満足そうに頷いて、それから少し不思議そうに私を見た。
「姉上、よく笑うようになったね」
馬車の車輪が、霜の道を軋ませて遠ざかっていく。私はしばらく、門の前に立っていた。
三年、この子は姉の笑わない顔を見て育ったのだ。十九の私は、笑い方を後回しにしていた。屋根も、港街も、笑い方も、全部同じ棚である。……後回しにしたものは、たいてい、誰かが黙って覚えている。
……本当は、もう一言あった。
馬車に乗り込む前、弟は私の手を握って、こう言ったのである。姉上、あの家はあったかいね、と。
三年、私はこの子に、あたたかい家を用意してやれなかったのである。帳簿は合わせられても、屋根は直せない。笑い方に至っては、教える側が自分で忘れていた。……それをこの子は、別の家で見つけてきて、姉に報告している。
嬉しいのと、申し訳ないのと、それから少しの悔しさが、いっぺんに来た。
鼻の奥が痛くなったので、私は寒さのせいにして、屋敷へ戻る。
◇
その頃、私はひとつ、気がついたことがある。
「あと十年もすれば」を、しばらく聞いていないのである。
いつからかは、思い出せない。秋の講義の晩に言い淀んで以来、この人は口癖の代わりに、来月の話をするようになった。来月は峠の地図の写しを作らせる。来春は畝をひとつ増やす。若い者が三十人になったら、東屋では狭い。
未来の単位が、十年から、来月に変わったのだ。
何日聞いていないか、つい数えたくなる。……いけない。数えてしまえば、この人の口癖と同じことをすることになる。先の日数を数える癖は、この家ではそろそろ流行らないのである。
朝の支度も変わってきた。右腕の上がる日が、増えている。上がらない日もあるけれど、上がる日の翌朝は、この人が少しだけ早く起きる。
「今日は、上がる」
「まあ。ようございました」
「……庭を、掘る」
上がる日にこの人がやりたいことは、いつも庭である。
廊下の角では、従士長と家政婦長が目配せを交わしていた。あの二人は十年ぶんの記録係で、閣下の右腕が何度上がったか、たぶん指を折って数えている。数えないのは、私だけだ。
◇
冬が本式になった夜のことである。
雪が音を吸って、屋敷はやけに静かである。私は書斎の灯を落とし、廊下へ出て――。
階段のほうで、鈍い音がした。
重いものが、二段か三段、落ちた音である。




