03:才能なし、人を見る才能もなし
「へい、いらっしゃい。……って、またお前か、坊主」
重たい鉄扉を押し開けた瞬間、うんざりした声が飛んできた。
出迎えたのは、樽のような体型をした丸ハゲの店主だった。
俺を見るなり、心底面倒そうな顔をしている。
失礼な。
客だぞ。
まあ、ここ数日ずっと通い詰めているのに、一向に買わない客だから気持ちはわかるけど。
「今日は買うつもりで来たんだよ」
「毎回そう言ってるだろ?」
「今日こそ本当だ」
「信用できねぇな」
ひどい。
即答だった。
***
奴隷商の一階は、思ったより明るい。
礼儀作法を身につけた元侍女。
帳簿仕事ができる元文官。
腕っぷし自慢の元傭兵。
商品として見栄えの良い奴隷たちが並んでいる。
だが俺は見た目なんか信用しない。
なぜなら俺には鑑定がある。
見た目に騙される時代は終わったのだ。
「で、今日は何を探してるんだ?」
「強いやつ」
「強いやつぁ高ぇんだよ」
店主は即答した。
現実は非情である。
俺の予算は実家から渡された最低限の金だけ。
本当に強い奴隷なんて買えるはずがない。
だが、それでも諦める気はなかった。
俺が欲しいのは現在強い人間ではない。
将来強くなる人間だ。
才能の原石だ。
そして――
この世界でそれを見抜けるのは俺だけである。
「おお……」
その時、一人の男が目に入った。
デカい。
とにかくデカい。
身長は二メートル近い。
肩幅も異常。
腕なんか俺の太ももくらいある。
鋭い目つきで腕を組み、壁際に立っている。
これは完全に強キャラだ。
どう見ても山賊の親玉にしか見えない。
「ちょっと触っていい?」
「……は?」
店主が怪訝そうな顔をしたが構わない。
俺は男へ近づく。
頼むぞ。
今度こそ当たりであってくれ。
そう願いながら、
筋肉の塊みたいな腕を、そっと指でつついた。
大男がギロリと俺を睨みつけてくるが、無視だ。
――ブォン。
視界の端に文字が浮かぶ。
【上位才能:忍耐 D / 精神 D】
【上位適性:耕作 / 逃走】
「……ぶっ」
危うく吹き出しかけた。
慌てて口を押さえながら、もう一度確認する。
【上位適性:耕作 / 逃走】
間違いない。
農家だ。
しかも逃げ足が速い農家だ。
(その見た目でかよ!?)
心の中で盛大にツッコんだ。
山賊の親玉みたいな顔をしているくせに。
歴戦の傭兵みたいなオーラを出しているくせに。
(ただの頑固な農家じゃねえか!)
鑑定がなかったら危なかった。
完全に騙されるところだった。
***
それからも鑑定を続けた。
元傭兵。
元兵士。
元冒険者。
見た目だけなら強そうな人間はたくさんいる。
だが結果は散々だった。
才能はFやEばかり。
良くてD。
期待するほどの逸材は見つからない。
「おかしいな……」
俺は首を傾げた。
鑑定能力を手に入れた時は思った。
隠された最強キャラがそこら中に転がっているのだと。
だが現実は違った。
才能がある人間は、そもそも奴隷になんかならないんだろう。
当たり前の話だった。
「坊主、買わねぇなら帰れ」
店主が呆れたように言う。
「待て待て、オヤジ」
俺は慌てて引き止めた。
「俺がまだ見てない奴は、本当にもういないのか?」
「……いるにはいる」
店主は面倒そうに鼻を鳴らした。
そして店の奥を指差す。
「地下の『廃棄処分品』だ」
***
地下へ降りた瞬間、鼻を突く臭いが襲ってきた。
一階の雰囲気とはまるで違う。
汗。
カビ。
鉄錆。
そして汚物。
様々な臭いが混ざり合っている。
薄暗いランプの光に照らされていたのは、大きな檻だった。
病人。
怪我人。
衰弱した老人。
痩せ細った子供。
誰もが虚ろな目をしている。
「見ての通り、売り物にすらならねぇ連中だ」
店主が淡々と言う。
「売れねぇやつを置いとくほど、ウチも慈善事業じゃねぇからな」
俺は無理を言って檻の中へ入っていった。
人生がかかっているんだ。
ここで目を逸らすわけにはいかない。
転がっている奴隷たちを一人ずつ鑑定する。
触れる。見る。
触れる。見る。
だが結果は変わらない。
ここでも才能はFやEばかり。
どれも平凡だった。
やっぱり都合よく隠れた逸材なんて――
そう思いかけた時だった。
檻の一番奥。
薄暗い隅で、小さな影が震えていた。
灰色の髪。
泥だらけの身体。
年齢もわからないほど痩せ細った少女が、
高熱に浮かされているのか、荒い息を繰り返していた。
正直、いつ死んでも不思議ではない状態だった。
俺が近づくと……
ぎゅっ、と。
小さな手が服の裾を掴んだ。
「……っ」
かすれた声が漏れる。
「……しに、たく……なぃ……」
……クソ。
俺は小さく息を吐く。
(そういうの弱いんだよな……)
どうせ見るだけだ。
そう思いながら少女の手首に触れた。
――ブォン。
いつものように文字が浮かぶ。
そして。
俺の時が止まった。
【上位才能:信仰 S / 精神 B】
【上位適性:補助魔法 / 神託】
「……は?」
思わず声が出た。
もう一度見る。
見間違いではない。
【信仰 S】
確かにそう書いてある。
才能のSなんて初めて見た。
今まで見た最高でもDだった。
それがいきなりS。
意味がわからない。
「いや待て……」
確かにすごい。
すごいのはわかる。
だが……信仰って何だ?
俺が欲しいのはゴブリンを殴り倒せる人材だ。
神のお告げを聞くシスターは必要としていない。
できれば前衛職。
まあゴブリンを倒せるなら魔法使いでもいい。
「うーん……」
悩む。
かなり悩む。
できれば今日中に購入する奴隷を決めたい。
しかし現実問題として、この少女だけが別格だった。
他の全員とは比較にならない。
しかし、少女はこのままだと明日には死ぬかもしれない。
「……オヤジ」
「なんだ?」
「この子を買う」
店主は一瞬だけ眉をひそめた。
「やめとけ。そいつぁ孤児院から流れてきた病人だぞ」
「知ってる」
「……明日まで生きてる保証もねぇぞ」
「それでもいい」
俺は答えた。
戦力になるかはわからない。
むしろならない可能性の方が高い。
だが……鑑定が示したSランクだけは気になった。
それに――
このまま見捨てるのも後味が悪いからな。
店主は肩をすくめた。
「好きにしろ……チッ、どうせすぐ死ぬゴミだ。
引き取り料代わりに、これで手を打ってやらぁ」
指で提示された金額を払った。
こうして俺は、予定していた予算を大幅に残したまま、
死にかけの少女を買うことになった。
この時の俺はまだ知らない。
この選択が、俺の人生を大きく変えることになるなんて。




