02:才能なし、ならば他力本願だ
「ちょっと坊ちゃま!!何ですか、その格好は!?」
裏口からこっそり屋敷へ入ろうとした瞬間、鋭い声が飛んできた。
しまった。
振り向くと、そこにはベテランメイドが仁王立ちしている。
四十を過ぎても衰えを感じさせない迫力。
両手を腰に当てた姿は、下手な騎士より怖い。
「いや、これには深い事情が――」
「言い訳は結構です!」
ぴしゃりと遮られた。
「ほら、早く着替えてください!風邪を引いたらどうするんですか!」
そう言いながらも、彼女は俺の濡れた上着を乱暴に引っ張る。
口調は厳しい。
だが、心配してくれているのは伝わってきた。
この家で俺をまともに気にかけてくれる数少ない人だ。
「ただでさえ明日にはこの家を出るというのに、本当に坊ちゃまは……」
ぶつぶつと小言を続けながらも、手際よく服をはぎ取っていく。
下着までおろされそうになったとき、
抵抗しようと伸ばした俺の手が、ふと彼女の身体に触れた。
――ブォン。
頭の奥で奇妙な音が鳴った。
同時に、視界の端へ半透明の文字が浮かび上がる。
【上位才能:忍耐 C / 器用 D】
【上位適性:料理 / 算術】
「……え?」
思わず声が漏れた。
文字は数秒ほど表示されると、霧が晴れるように消えていく。
「坊ちゃま?」
「いや……ちょっと待って」
俺は瞬きを繰り返した。
見間違いかと思った。
だが気になって仕方ない。
「手を貸してくれない?」
「は?」
怪訝そうな顔をするメイドの手を、俺は思い切って握った。
すると――
再び文字が現れた。
【上位才能:忍耐 C / 器用 D】
【上位適性:料理 / 算術】
「坊ちゃま? いきなり手を握って、どうされたのですか……?」
引き剥がそうとする彼女の力を感じながら、俺は戦慄していた。
(やっぱりだ……見間違いじゃない)
心臓が跳ねる。
この世界には、人の才能を事前に調べる方法なんて存在しない。
それは『アルトゥル』の記憶にもあった。
才能は、ある日突然開花するもの。
だから初等部では剣も魔法も農業も勉学も、とにかく一通り学ばされる。
その中で才能を見つけた者だけが専門の道へ進む。
つまり――
事前に才能を見抜く手段そのものが存在しないのだ。
だが今、俺の目には見えている。
しかも内容にも心当たりがあった。
このメイドは料理が上手い。計算も異常に速い。
適性表示と完全に一致している。
「坊ちゃま、困ります!」
「あっ、ごめん!」
慌てて手を離す。
数秒後、文字も消えた。
なるほど。
どうやら直接触れることが条件らしい。
しかも見えるのは才能と適性だけ。
年齢や性格は表示されないようだ。
「もしかして……」
俺は自分の左手を右手で握りしめた。
頼む、あってくれ。
異世界転生といったらチートだろ。
ここで隠された最強の才能や適正が表示されたら、大逆転の始まりだ……!
だが……。
表示されたのは、たった一行だった。
【鑑定】
(……それだけ?)
何度見ても変わらない。
才能も適性も何もない。
ただ【鑑定】とだけ表示されている。
「マジかよ……」
乾いた笑いが漏れた。
やっぱり、俺自身には何もない。
剣や魔法の才能もない。
チート戦闘能力もない。
唯一持っているのは、人の才能を見抜く力だけ。
完全にサポート役である。
「……坊ちゃま、さっきから一人で何をされているのですか?
早く乾かさないと本当に風邪を引き――」
(いや……待てよ?)
小言を言うメイドをよそに、俺は顎に手を当てた。
俺は強くなれない。それはよくわかった。
だが――
強い奴を探すことはできる。
この世界には、自分の才能を知らない人間が山ほどいる。
剣の才能がないのに剣士を目指す者。
魔法の才能がないのに魔法使いを目指す者。
そんな風に人生を無駄にする凡人が大勢いる。
だが俺なら違う。
磨けば必ず伸びる人材を見つけられる。
才能の原石だけを選び出せる。
(……それって、結構すごくないか?)
むしろ自分で戦う必要がなくなる。
危険なモンスターと戦わなくていい。
ということは、そう簡単に死ぬこともないだろう。
素晴らしい。最高じゃないか。
「坊ちゃま?」
メイドが不安そうな顔をしている。
気付けば俺はニヤニヤしていたらしい。
「ああ、なんでもない」
俺は笑顔で答えた。
そして思い出す。
そういえば……父親が言っていたな。
『最低限の護衛として奴隷を一人買え』と。
実家からの、本当に最後の情け。
(そうか!才能がある奴隷に働かせればいいんだ!)
俺は深く、何度も頷いた。
これだ。
これこそ俺が生き残る道だ。
自分に才能がないなら、才能がある奴に任せればいい。
自分で戦わずに済むなら、その方が絶対に安全だ。
完璧な作戦じゃないか。
「着替えありがとう」
「え?」
「俺、ちょっと奴隷商に行ってくる」
「はあ!?」
メイドの悲鳴が聞こえた。
「坊ちゃま!まだ髪が濡れて――」
だが俺はもう走り出していた。
自分で強くなるつもりはない。
危険なことをするつもりもない。
だからこそ。
これから俺は全力で――
他力本願を極めてやる。
まずは奴隷商だ。
俺だけが見つけられる才能の原石が、きっとそこにいるはずだから。




