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第37話 売り子とマスコット

初の交易日は絶好の天気に恵まれた。

空はどこまでも晴れ渡り……ハワイの海よりも青く澄みきっている。

実物なんか見たことないけどさ。


大して宣伝をしなかったにも関わらず、反響は極めて上々。

屋台の周辺は大勢の来客でごった返している。

気になったのは商人よりも、一般人の姿の方がずっと多い事か。

きっと身の回りの物や、少ない蓄えを持ってやって来たんだろう。

採算度外視でサービスする事も検討してみるか。



「うーん。賑わってるねぇ。祭りみたいで良い感じだ」


「ふぅー、ふぅー、暑い」


「一番人気は食料品か。アブヤーゲ売れねぇかな、アブヤーゲ」


「ねぇ、ミノル……」


「豆の掴み取りは、並んでねぇな。何でだろ?」


「ねぇってば!」



オレの隣に並び立っている巨大なヒヨコが吠えた。

もちろん本物ではなく着ぐるみだ。

レジーヌとオッサンは他国の目から逃れるために、急ごしらえのカモフラージュを身にまとっている。

出来映えは相当に良いが、かなり暑そうでもある。



「どうした。氷水飲むか?」


「え、違うけど……貰っとこうかな」


「よく冷えてるぞ。氷魔法でキンキンにしてあるからな!」


「ごめん、もう少し下げてもらって良い?」



ほぼ球体と表現して良い体の前面には、クチバシを模した突起が付いている。

そこをパカッと開いたなら、着用しながらでも飲食が出来るという構造だ。

今もこうして水筒に差した草の茎を中に送り込み、チュウチュウと水を吸わせる事に成功している。

考案者からすると、完成度の高さについ笑みが溢れてしまう。

だから決して面白がっている訳じゃない。



「あぁーー美味しい。いっそ氷と夫婦になっちゃいたいわ」


「夏は特に厳しいよな。あんまり無理するなよ?」


「うん。分かってる。頃合いを見て家に帰るわ」


「通気性かなー。もっと風が通るようにすれば楽になるんだが」


「ねぇ、私もグランドみたいなタイプが良いんだけど、ダメ?」


「うん、ダメ」


「即答なのね。どうして?」


「可愛くないから」


「理由も雑なのね」



噂をすれば影と言うが、それと全く同じことが起きた。

人垣をかきわけ、というか通行人が自ずと避け、悠々と歩く物体がひとつ。

あれは見間違えようもなくオッサンだ。


その出で立ちは異形そのもの。

全身をスッポリと包み込んでいるレジーヌとは違い、ももから上だけ、そして肩より内側のみをヒヨコ化している。

つまりは両手両足が剥き出しなのだ。

変事があれば即対応できるようにと考えた結果、こんな惨事となってしまった。


さらに着ぐるみ部分にも問題がある。

丸みを持たせると動きにくいということで、ペランペランな素材で、体に制限を持たせない仕上がりにした。

そんな材質のせいだろうか。

歩くたびに顔の部分が左右にしなり、口から上がグニャリと歪みまくってしまう。

怖すぎんよお前。



「ミノル殿。怪しい人物を見なかったか?」


「そうだな。オッサンが際立ちすぎて、すべての人類が無害にしか見えないぞ」


「この面妖さには慣れて貰おうか。そなたも、来訪者もだ」


「そうかい。まぁ引き続き警戒を頼むよ、グラぴよ君」


「この場は任せた」



ひよこに扮したグランドが去っていく。

隣のピヨリーヌとともに、2枚看板のマスコットキャラとして打ち出そうとか考えてたが、それについては諦めた。

道行く子供とか泣いちゃってるし。

グラぴよ君を見てワンワン泣いているし。

可哀想に。



「それでさ、売れ行きはどうなの? この中からだと良く見えなくって」


「そうだなぁ……。全体的に好調だぞ、豆以外はな」


「きっとみんな警戒してるのね。お豆様を粗末に扱うと天罰が降るっていう迷信もあるし」


「なるほどねぇ。普通の食物なんだがなぁ」



言われてみれば、シンシアが初めて豆料理を作った時も相当に怯えていたな。

遊び半分で頭に乗っけてやったら気絶したっけ。

でもそれは彼女が過剰反応したわけじゃなく、一般的な反応なのかもしれない。



「よし、テコ入れだ! 行くぞピヨリーヌ!」


「ちょ、ちょっと待って……これ歩きにくいのよ」



豆の屋台までやってきた。

この辺は他に比べなくても、活気が無さすぎる。

どうにかして流れを変えないとマズそうだ。

幸先が良い事に、唐突に丸っこい生き物が現れたせいで、軽く周囲がザワついた。

速攻で注目されるとか、さすがマスコットキャラはいい仕事するね。



「さぁさぁ、豆はいらんかね? ひよこ豆がだいぶお買い得だよー!」



バイト時代を思い出しつつ呼び込みをしてみた。

ピヨリーヌも体を上下にポヨポヨ揺すり、楽しげな雰囲気を存分にアピールだ。

……でも、これくらいじゃ誰にも響かない。



「なぁ、おっちゃん。豆あるよ豆」


「いやいや、アッハッハ。とんでもない話だよぉ」


「そこのお姉さん、豆どうだい? 美味いぞ?」


「えっとぉ。ごめんなさい、遠慮しまぁす……」


「……これは厳しいなぁ」



豆に対する神聖視が相当に強い。

忌避された結果なのか、この屋台の前だけ人の流れが変わっている。

ネックなのは値段でも品質でも露店の立地でもない。

人々が抱くイメージのせいなのだ。

これを綺麗に払拭して、人々に豆ライフを満喫してもらうにはどうしたら良いか。


おもむろに商品へと手を伸ばす。

今日も愛らしい姿してんな。

ピヨピヨしたお豆さんをお口にご招待。

カリッ、ポリポリッ。

大丈夫、美味しい。



「豆さ要らんかねーぇ、美味しい美味しいお豆さんだよぉーーっと」



そのまま2口目を食べようとしたところ、ようやく異変に気付いた。

周囲に居た大勢の人たちがジッとオレの方を見ている。

呼び込みの効果なのか、ようやく食いつくようになったらしい。

指先につまんだ豆を見せびらかすと、たくさんの視線が追いかけてきた。

上下左右どこまでも追跡してくる。

ちょっと楽しいな、これ。

しばらく興味を引きつけ、頃合いを見てから口に入れてみた。


パクリ。


するとあちこちから悲鳴が起こり、にわかに騒然となる。

ヒエエ、きゃああ、お助けぇと一斉に叫びだしたのだ。

その場にしゃがんだり、顔を両手で覆ったり子供を抱えたりといった防御行動までが見られる。

彼らはふざけている……訳じゃ無い。

本気で怯えてしまっているようだ。


カリッ、ポリポリ。

カリッ、ポリッポリポリ。

その様を豆片手に見るというのは割とシュールだ。

隣でポヨポヨ揺れるピヨリーヌの存在も、現状に拍車をかける。



「……あれ? あれれ?」


「お豆様を食べたのに……兄ちゃん、何とも無いのかい?」



大荷物を背負ったおっちゃんが怪訝そうに訊ねた。

何ともない訳あるかい。

口内が香ばしくなってるよ。



「なぁ、兄ちゃんよぉ。腹痛くなったり、破裂しそうになったり、何かあるかい?」


「ふざけんなよ。うちのお豆さんが危険物なハズがないだろ。ちゃんと美味いよ」


「いやな、お豆様は王様以外が触れちゃいけねぇって聞いてるもんだからよぉ」


「アタシも聞いたよ! 天上神様がお怒りになって、天地が割れちまうって!」


「神様が怒っちゃうの? ほんとに?」



見上げた空は相変わらず快晴だ。

これが憤怒を表すものだとしたら、余程のひねくれ者だと言うしかない。



「平気だろ? そんな御大層なもんじゃない、ごく普通の食い物なんだって。怖くないから触ってご覧よホラ」


「ヒェッ!?」



最前列のおっちゃんにお豆さんを手渡した。

彼は両手で恭しく受けとると、全身を大きく震わせながらも高々と掲げた。

空には満面の笑みを浮かべたお天道様。

穏やかな日差しはまるで『食ったら良いじゃん』と背中を押してるかのように見えた。



「どうだい。何ともないだろ? 可愛くて美味くて栄養タップリだぞ?」


「むむむ……これは……!」


「今なら賎貨3枚でいいぞー、さらにアブヤーゲも付けるぞー?」


「……買った! ワシは買うぞぉ!」


「はぁい、お買い上げどうもー」


「アタシも買うよ! お豆様をおチビちゃんに食べさせんだよ!」


「はいありがとー。無くなったら終了だから、お買い求めはお早めにな」



それからは凄かった。

全員がお金片手におしくらまんじゅうだ。

露店の店番だけじゃ回らなかったから、オレも急遽手伝うことで、どうにか対処できた。



「良かった、豆が売れなきゃ面白くねぇもんな」



今度はアブヤーゲの方に人々が殺到し始める。

その姿を見て、この交易の成功を確信した。


これまで世界は豆を不当に独占してきた。

それが見事にうち壊された、歴史的な瞬間なんだろう。

そう思うと自然に胸が熱くなってくる。



「見ろよレジーヌ。みんな喜んでくれてるぞ……。レジーヌ?」



ふと気がつくとレジーヌの姿がない。

もしかして、あの騒ぎの最中に拐われたのか。

不安を肯定するように、アリアが危機の到来を告げた。



ーーミノル様。あのメスは現在窮地に立たされております。ただちに救援へ向かうことを提案いたします。


「なんだって!? 今どこにいる!」



警戒を怠ったつもりは無かったのに、結果はこのザマだ。

つい浮かれて、気がゆるんだ隙を突かれたとしか思えない。

慌てて屋台から飛び出す。

すると、そこには……。



「ミノル、助けて。起こして!」



寝転がったままのピヨリーヌがいた。

どうやら押し寄せる人波に揉まれて、倒されてしまったらしい。

一度こうなってしまうと、もはや自力で起き上がる事はできないだろう。



「……ブフッ」


「今笑った? 笑ったよね!?」


「いやいや真顔ですよブフッ!」


「もぉ! とにかく助けてよぉ!」



大事にならずに安心した。

全く……アリアも紛らわしい言い方しやがって。


村は相変わらず活気に満ち溢れていて、景気の良い声が響き渡っている。

凶事や事件が起きる気配なんかない。

誰もが今という瞬間を楽しみ、そして笑い合っているのだから。

オレは快活な声に耳を傾けつつ、地面に転がる巨大なヒヨコをジッと眺め続けた。

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