第36話 好評なる交易で好況なる公益を
ちょっと話がしたくて、夕飯後に人を集めた。
ガランとした食堂にはレジーヌ、シンシア、オッサンにトガリが並ぶ。
ここまでは普段通りだ。
更に裁縫所からマルガリータ、農園からネムリータ、ワンニャンランドからジャンヌに顔を出してもらっている。
ちなみにマルガリータとネムリータは母子であり、ディスティナからの難民みたいなもんだ。
農園を担当するネムリータは14、5歳くらいの少女で四六時中目を細めて、眠そうにしている。
そのまんまかよ。
縫製所を任せているマルガリータは30代後半くらいの恰幅の良い『おばちゃん』タイプだ。
髪型はというと、セミロングの茶髪を後ろ縛りにしてる。
お前はまんまじゃないのかよ。
「さて、遅い時間にすまんな。子供も居ることだし、チャチャッと話して解散しよう」
「あんらまぁ、これが噂のミーティングなのねぇ? アタシ初めてでドキドキしちゃうわぁ」
「どんな話をするのかなっ。楽しみだね、ネムリィちゃん!」
「うーん、お腹いっぱいで……どうにも眠いんだナァ」
「はいソコ、時間が勿体ないから無駄な発言は控えてくれ」
目線で新顔に釘を刺してから、一枚の紙をテーブルに置いた。
この村が生み出している製品リストと、それに売価を紐付けしたものだ。
「かねてから鉄製品が足りてない事は知ってるだろう。そして、自作の見通しが立ってないことも。この問題を交易によって解消しようと思う」
「それってつまり、外の人と商売するってこと? お金ないわよ?」
「最初は稼がないといけないから売る一方だ。金が溜まり次第、必要な物を買うつもりだ」
「相手はディスティナになるんですぅ?」
「そうだな。あそこは特に狙い目で、食料の自給自足が出来ていない。そのくせ、武器やら日用品やら贅沢品は余らせるほど持ってる。ここに交易ルートを設けることで、歪な生産状態を互いに解消できるはずだ」
ディスティナは混乱こそ落ち着いたものの、快適な暮らしにはほど遠い有り様だった。
特に食料不足は深刻で、エレナリオやアルフェリアの商人から買い付けて、なんとか食わせているとの事。
馬鹿馬鹿しいレートにて、だ。
何せ相場の10倍の値段だというから、足元を見るにも程がある。
オレたちが余らせている食料を流すことで、無駄な浪費や悪徳商人の台頭を防げるに違いない。
「ええと……革の服上下で銅貨5枚、リンゴ3つで賎貨2枚、ね」
「みんなには料金表を確認して欲しい。高すぎても安すぎてもダメだからな」
この世界の通貨は金・銀・銅・賎の4種類だ。
日本円で換算すると上から10万、1万、1千に100円くらいの感覚のようだ。
だから革の服は5千円、リンゴセットは200円くらいの値段となる。
もちろん金属の貨幣なので含有量で価値が決まるし、地域によってその品質は異なる。
例えばディスティナとエレナリオの銀貨は同等ではなく、交換レートにも差が生じているそうだ。
だから『○○を○枚』という料金設定だと正確な取引にはならない。
それでもこちらに現地の金が無い以上、スムーズな比較検証が難しい。
考えた結果、最初のうちはディスティナで流通しているものを基準とする事に決めた。
「おや……アブヤーゲも売るんです?」
「売れるならな。賎貨1枚で売ってみようと思う」
「ええっ!? ひよこ豆を使ってるのに!?」
「そうだよ。つうか、そんな所に驚いてていいのか?」
「……ちょっと待って! お豆掴み取りって何?!」
「そのまんまだよ。大きい袋に豆を詰めといて、両手で掴めた分だけ持って帰ってもらうの」
「ええーーッ!?」
全員が驚愕の声をあげた。
つられて驚いた猫のメイシンがオッサンの頬をバリーッてやる。
被害者本人はダメージを受けたにも関わらず、目をひん剥いてオレを見ている。
その顔おもしれぇな。
「ちょっと……ええ!? いいの? 確かにたくさん作ったけどさ、一応は富の象徴なのよ?」
「そうだな、知ってるよ」
「それを、賎貨5枚で? 誰にでも?」
「もちろんだよ。金払えば赤さんからお年寄りまで差別ナシ」
「これ……大陸中に激震が走るわよ」
「痛快だろ? 偉そうにふんぞり反ってる連中が後生大事にしてるものを、こんな風にお手頃価格で投げ出すんだからさ」
「お豆さんをたくさん売るんだってさ! 楽しみだね、ネムリィちゃん!」
「うーん、眠たいんだナァ」
「はいはい、それよりも価格表見てくれ。売り始めたら変更は難しいぞ。特に値上げがな」
干し肉、リンゴにスイカ、玉ねぎジャガイモ人参等々。
それらの売価について、微調整させつつ決定していく。
懸念していた点の片方は意外にスンナリと決められた。
となると、問題はもう一方か。
その指摘はというと、やはり気むずかしい顔のオッサンからもたらされた。
「交易そのものには賛成だが、警備の面が気がかりだ」
「警備って言うと……レジーヌのだよな?」
「無論だ。商人を装い、敵国のスパイどもが押し寄せて来よう。姫はもとより、ワシも相当に目立つ。熟練の者であればすぐに気づくであろう」
今でこそ実感は薄いが、オレたちは一応潜伏中の身だ。
だからレジーヌを匿っていることを明かしてないし、オレもディスティナ攻略戦ではミレイア所属と謳ってはいない。
せいぜいエグゼとノーマッドにコッソリと教えただけだ。
そんな中で交易の道を作ることはリスキーでもある。
オレたちを見つけてくださいと叫んでるようなもんだ。
長閑な山村として世に出るには、重たい秘密が多すぎた。
「例えばさ、月に2度だけ交易日を設けて、野放図に人がやって来るのを制限するってのは?」
「それも厳しい。絶対に姫とワシの存在を気取られぬ策が必要だ」
「交易の日だけ2人には地下室にでも隠れてもらうか?」
「えっ……。それは可哀想すぎますよ。何だか仲間外れみたいで。どうにかできませんか?」
「良いのよシンシア。それくらい我慢するってば」
「姫さまぁ……」
どうにか出来ませんか、とな?
あるよ、名案が。
ミノルさんの閃きが。
それなりにデメリットというか、ある種の覚悟が必要となるけども。
「シンシアの嘆願を聞き入れてだな……。マルガリータ、こんなものを作ってくれないか?」
1枚の指示書を手渡したところ、周りが再び驚きの声をあげた。
覗き見たシンシアなんかは硬直してしまっている。
「だ、大臣さま! 何て素晴らしいんでしょう! 本当に、本当の本当にお任せいただけるのでしてぇ?」
「うん、頼むよ。正直なところ、他に良案なんか無いからな」
「えっと、ちょっと待って! これを私が着るの?!」
「そうだよ。なんつうか、まぁ……頑張れ」
「さぁさぁ姫様にグランド様ぁ! 時間が惜しゅうございますわぁ! 急ぎ作業場まで参りましょう!」
「ええーー! 私はまだ了解してなぁーーぃ……」
レジーヌとオッサンが誘拐されていった。
巻き込まれる形で、子猫のメイシンも。
オレはその後ろ姿に小さく敬礼し、静かになるまで見送った。
スマン、ちょっと興味本意で提案した……と呟きながら。




