第38話 賢く夏を乗り切ろう
開拓村は絶好調だ。
交易に用意した物はすべて売りさばいたし、おかげで多額のお金を手に入れることができた。
そのほとんどが銅や賎貨ばかりで、金銀なんて1枚もないけど、それでも十分な成果だろう。
更には入村希望者もうなぎ登りに増え、ここの人口もあっという間に100人を超えてしまった。
やっぱり情報が開かれているというのは大事なんだな。
ちなみに、希望者全員を招き入れたかというと、そうではない。
オッサンによる審査を通過する必要がある。
スパイ、重犯罪者、不適合者を盛大に弾いてるらしい。
2人に1人は不許可だというから、相当に厳選してるようだった。
「アリア。この村もだいぶ大きくなったな。最初は小屋ひとつしか無かったんだぜ?」
ーー仰る通り、驚異的なスピードで発展しています。住居38軒、生産施設および倉庫6ヶ所、防衛関連施設が4ヶ所。ミノル様の手腕には平服せざるを得ません。
「みんなが頑張ってんだよ。オレの力なんか些細なもんだ」
この世界に降りたって半年近くが経つ。
レジーヌたちとの出会いを昨日の事のように思い出せるが、暦の上では別だった。
季節も変わって今は夏。
……そう、夏が来た。
ここ毎日クッソ暑い。
陽射しは溶ける程に強く、そして湿気があるので体中が不快で仕方ない。
今年は異常気象のためか気温も高く、作業中に倒れる人が続出した。
もちろん全てが熱中症や熱射病だ。
「ミノルさまぁ、氷水くださぁい」
「ぁぃょ」
「あぁ、ひゃっこい! ありがとうですぅー」
「ぅーぃ」
この世界では熱中症という概念は浸透していない。
せいぜい『暑さに負けた』くらいの認識だ。
そんな精神論がまかり通るのも、科学が未発達であるのが原因だろう。
年寄りなんか根性だけで乗り切ろうとするから、危なっかしくて仕方がない。
「ミノル、ごめん。氷水ちょうだい」
「ぁぃょ」
「はぁー。ありがとう、助かるわ」
「ミノル殿。ワシにも頼む。2人分だ」
「ぁぃょ」
「いつも済まぬ」
「ぅーぃ」
だからみんなには事前に伝えてある。
暑さが辛くなったらオレの所へ来い、と。
だけど……それがいけなかった。
安請け合いをすべきじゃないとはよく言ったもんだ。
「お兄ちゃーん、氷ちょうだーい! ケルルちゃんのもおねがーい!」
「うーん。眠いんだナァ。それから氷水が欲しいんだナァ。カカ様の分も欲しいんだナァ」
「大臣様。暑さが辛いので、氷をいただけますか? 作業場の人数分欲しいので、8人前を……」
「ミノルさん、こっちも」
「大臣様!」
「ミノルさま!」
「あぁもう! そんな一気に頼まれても無理だっつの!」
異世界人は遠慮が無かった。
素直にオレの言葉通り実行し、疑問を持つことすらなく訪れる。
一日中ひっきりなしだ。
まったく……人を製氷機扱いしやがって。
「ミノル、大丈夫? 辛くない?」
「レジーヌ……ありがとう、気遣ってくれて」
「それで、ごめんなさい! 私も氷が欲しくってね?」
「何だお前もかよアハハァ!」
ここ最近、起きている間は氷作りばかりしている。
食事時やデスクワーク時に見回り中もだ。
朝昼晩に、真夜中や明け方でさえ頼まれるんだからアホかと思う。
裏を返せば、今年の暑さがそれだけ異常だと言うことだが、最低限睡眠だけは邪魔しないで欲しい。
その結果、オレ自身も激しく消耗してしまう。
何というか……今ばかりは前世が恋しくなってくるな。
日本の夏もかなり暑いが、さすがに40度を超えたりはしないだろうから。
「アリアー。オレもうヤダ。この暑さっていつまで続くの?」
ーーお答えします。あと1ヶ月は酷暑となる見込みです。
「いっか、げつ……?」
死刑宣告のような言葉に目眩を覚えた。
お先真っ暗とはこんな状況を指すのだろう。
太陽はギラッギラと輝いてるのに暗いなんてね、不思議だね。
一寸先はワンオペのブラック勤務とか……異世界に来てまで社畜とか酷すぎんだろ。
ともかく、このままじゃオレまでダウンしてしまう。
何らかの工夫が必要になるが。
「……そうだ。名案を思い付いたぞ!」
ーーさすがはミノル様。お聞かせいただけますか?
「村中の施設を全部凍らせればいいじゃん!」
ーーそれは本当に名案なのでしょうか?
「革新的なアイディアってのはな、耳にした瞬間はおかしなモノに聞こえるもんだ。ともかくやるぞ!」
ーーその向こう見ずな行動力は素晴らしいです。
実験第一号は当然オレの家だ。
外壁に手を当てて意識を集中させる。
魔力量を間違えると、中にある棚やベッドまで凍りつかせてしまうだろうから、細心の注意を必要とする。
「ホイヤァッ!」
イメージ通りに魔法を発動させ、室内へと入る。
するとどうだろう。
腹にズンと響くような、待ち望んだ冷気がここにはあった。
真夏の熱気など寄せ付けない程の快適さが、この瞬間現実のものとなったのだ。
「これは……最高だ! 今すぐ全家屋を凍らせるぞ!」
ーーミノル様にご満足いただけたのであれば、それだけで十分でございましょう。
「おっしゃぁー、やったるでぇー!」
語るは易し行うは難し。
家屋は多いし重たい作業だし。
宣言どおり全てを凍らせるのに、丸一日かかってしまった。
終わった頃にはすっかりヘトヘトで、家に着くなりすぐにベッドにイン。
「疲れた……でも、これでゆっくり眠れる……」
ここのところ細切れ睡眠だったが、今日は久々にグッスリ眠れるだろう。
暑さとも緊急依頼ともおさらばだ。
オレは安心しきって意識を手放した。
ドンドンドン!
うるさい。
逼迫したドアノックによって叩き起こされた。
窓の外はようやく空が白み始めた頃で、どう考えても明け方だ。
この仕打ちには全力の不機嫌で応じる事となる。
「なんだよ、涼しくなっただろうが!」
「エイクシッ! すいません、家族が風邪をひいて熱を出したので……氷が必要になりまして」
「えっ……氷?」
ノックした男も鼻水をすすっていて、調子が悪そうだ。
更にはその後ろ。
長い列ができていて、他の連中も似たような用事だろう。
氷枕用の氷が欲しいのだと。
「あぁ、もうほんとヤメテぇ……」
起き抜けに氷塊を精製していく。
何個も何個も、求められるがままに。
そして最後の1人に手渡したあと、世界がグニャリと揺れた。
昨日の疲労に加えて睡眠不足、そして失意。
オレはそこで力尽きてしまい、意識が途切れた。
どれくらいの間、気を失ってただろう。
何やら遠くでピチャリという湿った音が聞こえた。
少し間をおいて、額に冷たいものが乗る。
……何だろう。気持ちいいな。
頭も耳も柔らかさに包まれていて、どこか暖かい。
それは馴染みの無い感触で、手でまさぐってみるが、正体がよく分からない。
ただ柔らかく、暖かいものとしか理解できなかった。
「ミノル、気がついた?」
レジーヌの声がする。
目を開くと、すぐ傍に彼女の顔があった。
どうやら膝枕をしてもらっているようだ。
額には濡れた布がおかれていて、さっきのヒンヤリ感はこれのおかげだろう。
そしてナマ足による膝枕。
恋人なんか居た試しがないから、女の子の素肌に触れることなんか初めての経験だった。
狭い室内に2人きり。
邪魔物の居ない状況で、オレは心を埋め尽くす言葉を素直に告げることにした。
「レジーヌ……」
「うん、なぁに?」
「ちょっと、どいてくれ。ふとももが暑い」
「あっ、ごめんね」
ラブコメ展開とか無い。
そういうのは、暑さ寒さの緩んだ時期にやるべきだ。
こんなオレの事をヘタレだの、枯れてるだの、朴念人だのと罵ってはいけない。
すべては異常なる酷暑が悪いのだから。




