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よく知らない知人。

 秋葉楓はそのまま入口脇にある階段を上っていく。勝手知ったる我が家であるかのように踏み入っていく様子を見るに、この建物は秋葉楓と何やら深い関係にあるのだろう。


 階段を上ると、廊下が二手に伸びていた。右手に一本、階段とは逆方向に一本。逆方向に伸びている一本は突き当りで左に続いている辺りこの建物は両脇を廊下が伸びているのだろう。そして、等間隔に扉があり、の扉には何やら文字が彫られているのを見る限り、大方ここは宿屋ということになるのだろう。となれば、秋葉楓は普段はここに寝泊まりしているということになるのか。


 ……ん?じゃあ何か、俺は今から秋葉楓の部屋に行くということなのか。


「変なこと考えているんじゃないでしょうね」


 あんたはテレパスか。突然振り返ってそう言う秋葉楓に俺は内心でそうツッコミながら首を振った。


 無論、期待など微塵もしていない。確かに、秋葉楓は身長こそそこまで高くはないものの、それでも平均はマークしており、胸はないものの体型はスレンダーそのもので、ハイヒールにスーツでも着ればバリバリのキャリアウーマンに見えないこともないかもしれない。が、内面がひどい。大ざっぱでガサツ。更には女性らしさというものが欠けているときている。それはもう、生まれてくる性別を間違っているのではないかと思うくらいに。出会って二日目の俺が言うことではないかもしれないが。


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、秋葉楓は胸を張って言う。


「残念ね。これから行くのは物置として使っている空き部屋よ」


 してやったり。そんな声が聞こえてきそうなドヤ顔であった。どうやら外見と一致していないのは精神年齢もなのかもしれない。

 俺の反応が薄いのが気に食わないのか、こちらを一睨みすると向かって右手にある廊下を通り、一番奥まで行くと、さっさと扉を開けて部屋へと入っていってしまった。

 いや、待て。俺を置いていくな。


「おい!開けろ!」


 扉越しに秋葉楓を呼ぶ。俺は料理の皿で両手が塞がっているのだ。そんな俺に自力で扉を開ける手段はない。これが引き戸だったらまだ何とかなったかもしれないが、生憎とノブを回して開閉する扉であったため俺は途方にくれた。

 何度か扉越しに秋葉楓の名前を呼ぶが返事はない。ついには二つ三つ隣の扉が開いて「――」と怒鳴られる始末。何を言ってるのかは相変わらず分からなかったが、怒っていることだけは何となく察することができた。

 扉を開くことも、秋葉楓も呼ぶことも出来ず。立ち尽くしていると、トントンと警戒に階段を上ってくる足音が聞こえた。


 もしかしたら俺は途方もなく間抜けな状態なのかもしれない。両手をふさいだ状態で扉の前で立ち尽くしているのだ。そこから想像し得る理由は一つしかないだろう。


 そう思えばどこか急に恥ずかしくなってくるのを感じた。かと言って隠れることも出来るわけではない。秋葉楓に懇願したところで相手には何を言っているのか分からないのだ。一見すると、両手が塞がりながら扉に何か喚く人の図、となってしまうのだ。

 そんな俺のしょうもない葛藤を他所に、足音は階段を上るとこちらへと足を向けた。


 来るな。来るんじゃない。今すぐに立ち止まり、踵を返して他へと行くんだ。


 曲がり角からつま先が顔を覗かせた。


 そして、少女が現れた。


「あ」


 思わず声が漏れた。

 建物の前で花壇に水を撒いていた少女であった。名前を確か……、そう言えばまだ知らないんだった。


 少女と俺の目線が交差する。なんだかロマンチックな言葉であるが、俺の内心はそうとも言えない状況である。


 しかし、この場合はどうなのだろうか。曲がり角の向こうから来たのがよくは知らない見知った少女である場合と、全く知らない只の他人とだとどちらの場合の方が恥ずかしいのだろうか。


 少女が何かを察したのか微笑みを浮かべた。全く、しょうがないですね。そんな声が聞こえた気がした。幻聴に違いない。


 俺はそんな少女の様子に、一つの結論を得た。羞恥の度合いなど大差ない。曲がり角から顔を覗かせたのがよく知らない見知った少女であろうと、全く知らない只の他人であろうと、それはつまる話が、どちらも知らないということに相違ない。ただ、他人から一歩こちらにいるのかいないのかの違いでしかない。平たく言えば、五十歩百歩ということになる。


 少女は俺の前、正しくは、俺の前にある扉の前に立つと、ゆっくりとドアノブを回した。

 カチャリ。世界がそう叫んだ。もちろん、ただの誇張的な比喩だが。


 ドアノブを回して扉を開くと、少女は扉を体で抑えながら脇に避けた。秋葉楓にはないその優しさに感謝を覚えながら、俺は頭を下げてその脇を通る。

 中に入ると秋山楓が椅子にふんぞり返っていた。


「コウサク、遅い!」


 第一声がこれである。


「しかもレナちゃんに開けてもらって、それでも男?レディファーストはどこ行ったのよ」


 第二声がこれ。


「しかも私の朝御飯持ったままだし。冷めたらおいしくないでしょ。それに、両手が塞がって扉開かないなら開かないなりに他の方法を模索しなさいよ」


 理不尽の権化である。これは俺が怒るのも仕方がない。仕方がないはずなのだ。


「それは!――」

「唾!」


 もう何も言うまい。この怒りは塵のように内心に募らせ、いつか爆発させてやろう。


「何扉の前に突っ立ってんのよ。レナちゃんが入れないでしょ」


 俺は咄嗟に後ろを向く。少女が苦笑いでそこに立っていた。

 ああ、俺はなんてことをしてしまったんだろうか。秋葉楓に乗せられてしまったばかりに恩を仇で返すような真似を!

 とりあえずそそくさと部屋に入った。

次回の更新は私用でパソコンを触れないため二週間後。

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