30話 わがまま作家
30話ってことで文字数いつもより多いですー
「あれ、お前甘いのあんま好きじゃないって言ってなかったっけ?」
ガツガツと食べる俺に、星野さんが思い出したように呟く。
「そうですよ。でもこれは格別です。マジでうまい……」
「…………」
ジーッ。見られてるような気がして前を向くと、星野さんが物欲しそうな顔で俺のパンケーキを見つめていた。
「……なんすか」
「ジーーーっ」
「……1口あげましょうか?」
「わーい!」
見た目に似合わず、子どものような喜び方をする。その姿は斬新かつ少し可愛らしくさえ感じてしまった。
「あーん」
星野さんが急に口を開ける。
「は?」
「だから、あーん」
「……」
おいおい、何を考えてるんだこの人は。誰も居ない時ならまだしも、柊さんが隣に居るんですけど。なんかこっちが恥ずかしくなってくるわ。
「あのなぁ、さすがに柊がいる時にそういうのはーー」
「あーーーーん」
「……もうちょっと恥ってもんを知って下さい」
と言いつつ、星野さんの口にパンケーキを突っ込む。すると「おお〜」と声を上げて幸せそうな顔をする。
「これは最高だな!」
「そりゃ良かったですね」
はぁ、とため息をつくと、柊が少し表情をムッとさせながら俺を睨んだ。
「ア、アンタ……」
「ん? どうかしたか?」
「……なんでもない」
完全にふくれっ面になり、機嫌をそこねてしまった。なんで怒ってるんだ? ほんとよく分かんないな……。
「って、お前もう食い終わったのか」
柊の皿を見ると、既に綺 パンケーキを綺麗にたいらげていた。
「早いでしょ」
ふふん、と超ドヤ顔で勝ち誇ったような態度をとる柊。
「いや、別に自慢するようなことじゃねえから……」
そういえばコイツ、学校でどら焼き食ってる時も食い終わるの早かったな……。あんなに食っといてよくこのスタイルを保てるな。
なんだか負けた気がして、俺も急いでパンケーキを食べた。なかなか腹に入る。すぐお腹いっぱいになってしまっ
た。
「さて、私も仕事があるし、そろそろ帰るか」
俺が食べ終わったことを確認して、星野さんがタバコをしまう。壁にかかっている時計を見ると、もう1時を回っていた。
「あ、あの……」
星野さんが立ち上がろうとしたところで、柊が声をかける。
「なんだ?」
「まだどこのシーンの挿絵をするかとか、表紙はどんな感じにするかとか話して無いんですけどそれは……」
かしこまって言うと、星野さんは「あー、言い忘れてた」と呟いた。
「このわがまま作家さんは、自分の希望通りにイラストを描いて欲しいって1巻を書く時に言ったから、私からはあまり言わないようにしてるんだ。だからその話は2人でしてくれ」
わがまま作家という言葉が胸にチクリと刺さる。
当たり前だが、こんなことは普通ありえない話なのだ。俺も無理を言ってしまったと思っている。でもやっぱり自分の作品は自分が1番知っているわけだから、自分で決めたかったのだ。そのわがままな提案を認めてくれた星野さんには、とても感謝をしている。
「は、はい」
柊はきょとんとしたまま返事をした。こういう話も編集者とすると思っていたのだろう。
「てなわけで、その話は近い内にするから安心してくれ」
「できるだけ早めにしてよね。描くのには膨大な時間がかかるんだから」
「へいへい」
適当な返事をしながらカウンターへ向かう。
「あ、今日こそは俺が払いますよ」
昨日は奢ってもらってしまったし、今日は普通に払おう。
「いいよ。私がいい加減な指示をした詫びってことで私が払う」
「……お金ならそこそこあるから払いますよ?」
「自分は売れてます自慢か? そんなことは玲紋の倍売れてから言ってくれ」
そんなことを言いながら星野さんはちゃっかりお会計を済ませてしまった。
「……星野さんって変なところで大人ですよね」
「褒めても締切は伸ばさんぞ」
「うっ……」
もうちょっと忘れかけていたのに……そうだった。締切……。
「ギリギリで出したらマジでお前の作品のアンチにお前の住所教えるからな」
「……絶対にきちんと出します」
そんな恐ろしい言葉を残し、「じゃ」と手を振って星野さんは去っていった。
「……作家って大変ね」
「だろ? こんなに頑張ってるんだからアニメ化くらいはして欲しいぜ……」
「そういうのはコミカライズが決定してから望んだ方がいいわよ」
「痛いところ突くなよ……」
そう。今の俺にとって、アニメ化なんて夢のまた夢なのだ。まず原作が売れてコミカライズが決定し、そしてドラマCD製作決定。この2つができないとアニメ化なんてほぼ不可能だ。ちなみに『ヒロイン攻略』はコミカライズの話もドラマCDの話も全く来てない。まあ新人でまだ巻数も少ないから全然ありえるのだが、やっぱりコミカライズとかでもして欲しい。モチベーションも上がるし。
「ま、コミカライズなら結構近いんじゃないの?」
「そうだな。星野さんも『このまま売上が伸びれば可能性は充分にある』って言ってたしな。まずはそれを目標に頑張るか……」
「そうね。頑張りなさいよ」
「おう」
柊のその一言でやる気が出てきた。頑張ろう、俺。まずは締切に余裕で間に合うように出来るよう頑張ろう。そっからだ。
「……そういえば、お前、家ってどこら辺なんだ?」
率直に気になった。俺と同じ高校ってことは近い場所にあるのだと思うが。
「私の家なんて知って何するわけ?」
柊が怪訝の目で俺を睨む。
「何もしねえよ。ただ気になっただけだ」
「あっそ。……その内教えるわよ」
そう言ってくるりと後ろを向く。
「1つ言っておけばアンタと逆の方向よ」
「じゃあね」と言葉を残し、そのまま柊は行ってしまった。
「俺の家と逆方向か……」
まぁ、いつか分かるだろ。そう思い俺も歩き始めた時、引っかかることがあった。
「あれ、俺アイツに家の場所教えたっけ……」
思い返しても教えた覚えは無い。なんで知っているのだろうか。
「…………わかんね」
どう考えても全く分からない。もう考えることをやめ、スタスタと家に向かった。