魔法特訓
「よっ! ……どうかな?」
指先に火の玉を生んでクレスの方を見るマリス。
二人は大通りの外れにある空き地で訓練をしていた。
「ええ、十分合格点です。それにしても大分飲み込みが早いですね……この調子なら、すぐに本職の魔法使いにも追いつくのではないでしょうか」
「いやー、キミの教え方が良いからだって」
「……おだてても何もでませんよ」
淡々と言いながらも、まんざらでもなさそうな表情のクレス。
マリスの上達はエルフを基準にしても舌を巻くほど早く、既に主要な魔法の大半を身につけていた。
「では少し模擬戦をしましょうか。互いに使うのは魔法だけです」
「うん、分かった! じゃあ早速――『気弾』!」
「『散気弾』!」
マリスが放った空気の弾丸を同属性の弾幕で相殺。残った弾丸はマリスに向かう。
「よし――、『台風弾』!」
バックステップで距離を空けたマリスの翳した手から、渦巻く風の弾丸が放たれた。
以前の射撃で矢が纏っていたものと同質だが、その密度、回転力ともに桁違いだ。
それはクレスの弾丸を巻き込み、威力を増してクレスに襲い掛かった。
「これはっ……! 『爆炎波』!」
初めて目にする魔法の威力に目を見張りながら、クレスは溶岩の波濤で迎撃。反発する魔力が爆発を起こそうとする。
「む……っ」
あることを思いついたクレスは、先達の意地で魔力の反発を制御。荒れ狂う小台風を、細心の注意を払って己が魔法に取り込む。
「『疑似竜王』……!」
「うわぁ……!」
尻餅をついてマリスが見上げる先には、古の伝説に登場する海魔――溶岩の体躯に烈風を纏う巨大な竜が顕現していた。
やがてクレスが魔法を解くと、風車に匹敵する巨体は霞むように姿を消した。
「じゃあ、今日はこのくらいに……」
「君たち、そこで何をしているの?」
不意に、鋭い声が投げかけられた。
そちらを見やると、腰まである黒髪を後ろで束ねた少女が立っていた。
見慣れない騎士装束には皺一つ無く、いかにも真面目な騎士といった風体だ。
「っ、……!?」
胡乱な表情を作り振り向いたクレスは、その姿に眼を見開き硬直した。
クレスが初めて見せた大きな動揺にマリスが気付くのと、クレスが表情を繕い直すのはほとんど同時だった。クレスは不機嫌な口調で逆に問い返す。
「魔法の訓練ですが、何か? ここ最近は祭りのために規制もある程度緩和されていると伺いましたが」
普通、市街地で魔法を使うと結界に感知され、すぐ治安部隊が駆けつける手はずになっている。魔法がテロなどに利用されることを防ぐための措置である。使用には役所での煩雑な手続きが求められるのが通例であった。
ただ、今回のように例外もある。
「いや、それにしてもアレはやり過ぎじゃないか?」
「そうですね、それに関しては反省しています。……用件はそれだけですか?」
「う、ん……そうなんだけど」
クレスが問い返すと、勢いを削がれた風になって黙り込む少女。
「それより貴女こそ何者です? 見たところ騎士のようですが、この辺りでは見かけない格好ですね」
「おっと、これは失礼。私はエレン・ベアトリス。今は解体された騎士団を抜けて、フリーの傭兵をしている。ここには警備の依頼で呼ばれたんだ」
そう言うと、エレンは胸に手を当てて一礼した。
「さて……相手が名乗ったからには、自分も名乗るのが礼儀ではないかな?」
「ああ、そうだね。ボクはマリス・ペルーラン。ここには領主のご指名で依頼を受けに来たんだ」
「私はホルス・ライアス。今はマリスの護衛をしています」
「そうか。……これは勘なんだけど、どうもこの祭りは怪しい気がする」
「……怪しい?」
「特に豊作でも、記念する様な出来事があった訳でもない。至って例年通りだ。なのに今年だけそこそことはいえ名の知れた者たちが名指しで集められているのは、不自然だと思わないか? それに……十字騎士団には、幾つか気になることもある」
「貴女も指名があったと? ……なるほど、確かに不自然ではありますが……それをそう簡単に明かすことはお勧めしませんね。私が貴女に害意のある者だったらどうするつもりだったんですか?」
どこか責めるような口調のクレスに対し、エレンは肩をすくめて答える。
「何だ、心配してくれるのかい? 大丈夫、私は人を見る目には自信があるんだ」
「その目は多分曇ってますよ……私は、信用できるような人間ではありませんから」
本気の発言だったが、エレンは気にした風もない。
「そうかな? まぁ、その内分かるさ。私はそろそろ失礼するよ。邪魔して悪かったね」
そう言うと女騎士は去っていった。
「……今の人のこと、知ってるの?」
「まさか。初対面ですよ」
「んー……じゃあ、誰かに似てたとか?」
図星を突かれたクレスは、思わず顔を顰める。
エレンは余りにも絶対に救わないといけない相手に似ていた。
髪色こそ異なるが、風に靡くポニーテール、身に纏う凛とした雰囲気、強気な光を宿した双眸――その全てがレイラを連想させる。
「……さあ、そんなことはどうでも良いでしょう。貴女には関係ないことです」
一方的に話を切り上げ、話題を逸らすために時計を確認する。
十七時半を少し回ったところだった。――定時報告の時間を少し過ぎている。
「すいません、少し待っていてください」
「うん……分かった」
水晶を取り出し、クレスは木陰に隠れた。音魔法で結界を張り、会話の内容を遮断する。
「……クレス・ガルセインより定時報告です」
「ごきげんようマイフレンド」
「切りますよ?」
ブチッ。
返事も待たずに通話を閉じるクレス。すぐまた水晶が振動し、通話を再開する。
「冗談じゃないかクレス君、短気は損気だよ。それにしても遅かったじゃないか」
「……その名前で呼ばないでくださいと、何度言えば分かるのでしょうか。報告が遅れたのは謝罪します。少し絡まれていまして」
「それは難儀だったね。それで調子はどうだい?」
「今回の探索は終わりました。特効薬とまではいきませんが薬草を少々入手。この仕事が終わったら少し暇を頂きます。現在はその探索を手伝って頂いた同行者の護衛中で……そういえば双頭竜がやけに銃器を所持しているので、手土産にいくらか頂いて帰りましょう」
「おお、薬が見つかったのか! うん、実にめでたい! 良かったな!」
「そんなに喜ばなくても……。で、ではそういうことで」
「うん。そうだ、銃の方は無理のない範囲で良いよ。ところで一つ気になったことがあるんだが――その同行者は、女性かね?」
「え? よく分かりましたね、その通りですが」
きょとんと返すクレスに、クレインは水晶の向こうで嘆息する。
「まったく、君という奴は――。泣かせるような真似はするんじゃないぞ?」
「何を言っているのかよく分かりませんが……。それでは失礼します」
通話を済ませたクレスは木陰から出た。
「お待たせしました。ではそろそろ夕食を済ませて、本部に向かうとしましょう」
「あ、もうそんな頃か。ところで誰と話してたの?」
「……上司、ですかね」
「へえ……そうか」
何故か哀しげな表情でマリスは相槌を打った。
エルフを基準にしても飛び抜けて優秀ということは、人間中では最高峰の一人ということになります。。




