病気?
ともあれ宿に帰ってきた二人。
「じゃあ、お休み」
「お休みなさい」
それから一時間ほど経って。
「くしゅっ。……へくしっ」
「やっぱり冷えてるじゃないか!」
身を起こして指を突きつけるマリスに、クレスは渋面を向ける。
「……まだ眠ってなかったんですか」
「ていうか考えてみるとさ。何時間もぶっ続けで湿原を浚ってたら、夏っていってもこの辺なら特に冷えるに決まってるじゃん! しかもキミ、そういえば汚れを水魔法で洗ってから乾かしてなかったよね!?」
言う側から心当たりが出てくることに、自分でも少し驚くマリス。
「…………まだ眠ってなかったんですか」
「聞けっ! ……全く」
マリスは照明をつけると、クレスの顔を見つめる。
「ほら、なんか顔赤いよ? 熱あるんじゃないの?」
「っ! なな、何を……!」
額同士をくっつけて熱を測るマリスに、クレスは硬直する。
「ん……やっぱり少し熱っぽいみたい」
「………………っくゅふ」
「え?」
不意にクレスの身体から力が抜け、妙な声を残して地面に崩れ落ちる。
微かな血の臭いに改めてクレスを注視すると、先程の銃創から血が滲んでいた。
「だ、大丈夫!? 顔もさっきより赤いし、実はだいぶ危なかったんじゃないの!? どうしよう、ボク生命魔法とか使えないし……。ちょっと待ってて、女将さん呼んでくる!」
女将に包帯で止血してもらったクレス。その見立てによると、体調に関しては少し休めば治るとのことだった。妙に訳知り顔なのが気にかかったが、見ているだけだったマリスには何か言えるはずもない。
「はっ! 私は一体!?」
それから数分経って、クレスは目を覚ました。
「今晩はボクが床で寝るから、キミがベッドを使うといいよ」
ベッドの脇に転がっていたマリスの言葉に取り合わず、クレスはベッドを立つ。
「何言ってるんですか。風邪引きますよ……くしっ」
「キミが言うな! とにかく、ボクは床で寝るから!」
「だから……」
「…………。あ、そうだ」
マリスの腕輪が光り、そこから少し見覚えのある黒い影が出てきた。
細かく走るラグのため判別しづらいが、手の平サイズの鹿の形をしている。
「今晩はこれが護衛。ボクをベッドに移そうとしても攻撃するから、そのつもりで。そうそう、昨日の晩眠れなかったのって最近野宿続きで久々のベッドに馴染めなかったからみたい。じゃあお休みー」
「ちょっと……」
今度こそ返事が返ってくることはなかった。
床のマリスにとりあえず毛布を掛けるクレスだが、次の瞬間鹿が毛布を跳ね飛ばした。さらに毛布の向こう側から体当たりされ、ベッドに倒れこむクレス。
どうしようもないことを悟り、クレスは自分に毛布をかけると眠りに落ちた。
翌朝、クレスは差し込んでくる朝日に目を覚ました。
我が事ながら久々に何の警戒もなく熟睡してしまったことに気付く。
「! マリスさん?」
何気なく床を見ると、そこにマリスの姿は無かった。あの鹿も消えている。
自らの迂闊さに歯噛みしながら索敵で手がかりを探ろうと魔力を練った瞬間、背後で声が聞こえた。
「んー……? 誰か呼んだぁ?」
「っ!!!」
振り向き、クレスは言葉を失った。
壁際で寝ていたマリスだが、頭を下にして垂直に壁に寄りかかっている状態だった。
ローブ状の寝巻きはほとんどはだけており、最早その用を為していない。
「ぅ、ぐ……っ! ゴホッ、ゴホッ!」
咳き込むクレス。口元に当てた手の隙間から鮮血がこぼれる。
赤く染まった視界が、だんだん黒一色に変じていく。
床に着いた右腕から力が抜ける感覚と共に、クレスの意識は闇に落ちていった。
倒れるクレスと広がっていく血だまりを見て、マリスの眠気も流石に吹き飛んだ。
「お……女将さーん!」
マリスは急いで寝巻きを整えると、部屋を飛び出した。
「あらあら……夕べはお楽しみでしたね」
「どんな一夜だよ!」
部屋の惨状にも一度口元に手を当てただけで、やけに慣れた手つきでクレスに包帯を巻き直していく女将。
手当てを終えた女将は、やはり訳知り顔でマリスの肩を叩くと、なぜかサムズアップと共に部屋を出ていった。
「う……ん」
呻き声を上げたクレスに、マリスはほっとした様子で声をかける。
「あ、気が付いた?」
「……! 貴女は一体、どれだけ寝相が悪いんですかっ!!」
我に帰るやいなや、再び赤面しながら怒鳴りつけるクレス。
「いや、そんなこと言われてもさ……」
頭を掻くマリスだが、すぐ気を取り直して怒鳴り返す。
「ていうかキミこそ、突然流血ってどういうことだい! まさかキミも厄介な病気を患ってるんじゃないだろうね!」
「いえ、前からそれらしき兆候はあったんですが……ここまで酷いのは初めてですね」
クレスの脳裏をよぎるのは、レイラと温泉で鉢合わせしてギルに半殺された過去。その他にも何度かあった流血事件。そして先ほどの光景が再び去来し……。
再びクレスの顔が赤くなる。
「クレス、包帯に血が滲んでる!」
「お、思い出させないでください!」
「何!? 一体キミに何があったの!?」
「見ちゃったんですよ! 貴女の全部とは言わないまでも九割くらい!!」
「・・・・・・え?」
自棄になったクレスの叫びに、マリスは硬直する。
・自分は寝相が悪い
・クレスは『見た』そうだ
……な に を ?
「~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」
声にならない悲鳴と共に、マリスは部屋の隅まで飛び退った。
鼻血なんて噴きませんよ。
……実は割と真面目にクレス最大の(裏)弱点だったり……




