協約
しばらく移動して、クレスは関所から少し脇道に逸れた所にある小さな洞窟に入った。
元は緊急時の避難用に使うはずだった場所だが、まさか血塗れで気絶した少年を背負って関所を抜ける訳にはいかない。
火を起こして荷物を置き、毛布の上に少年を横たえて生命魔法で治療する。幸い大きな負傷もないようで、治療は簡単に終わった。
意識の回復を待つ間、クレスは近辺の治療法候補のリストを取り出して目を通す。
候補は五種類。この時代珍しい医学研究家のトニーがラヴルに研究所を構えているらしいことが一つ。根黒ユリを始めとした特有の希少な薬草が三件。最後に――
「ん……」
そこまで目を通したところで、少年が意識を取り戻した。
「お気づきですか?」
「ッ! ……えっと、ここは? あと、キミは一体何者だい?」
ハッとした様子で身構えた少年は、まだ警戒の解けない様子でクレスに問いかけた。
「ここはラヴルの関所から少し離れた洞窟です。貴方の都合も分からなかったので。私はホルス・ライアス。赤咳の治療法を探している、一介の旅人です」
名乗った偽名は「怨霊」内で使われているものの一つだ。
正直なところこの偽名には慣れていないクレスだが、どうせ相手にはどんな
名を名乗ろうと大差ない。
ちょうど名を告げたあたりで少年の気配が僅かに緊張を帯びた気がしたが、大したことではないだろう。
「ふぅん……? そうなんだ。ボクはマリス・ペルーラン。狙撃手をメインにランクAAの傭兵をやってる。ラヴル領主の指名で五日後から始まる祭りの余興の依頼を請けて来た」
不信感と戸惑いが混ざった様子で自己紹介するマリス。そこで不安そうな表情になり、辺りを見渡す。
「弓ならそこに掛けてありますよ」
「ああ、ありがとう」
クレスがマリスの後ろの壁を指差す。ほっとした様子のマリスは、思い直したように居住まいを正した。
「ところで……さっき助けてくれたのって、キミだよね?」
「はい、僭越ながら」
「助けてくれたことには感謝してる。でも……キミはあまりボクと関わり合いにならない方が良い。それじゃ」
洞窟を去ろうとするマリスを、クレスは追いかける。
「待ってください! ……私も、双頭竜には用があるんです」
マリスは弾かれたように振り返る。
「用がある、だって!? やめておけ、君は奴らが仕留めた一番デカい首を知ってるかい? ランクSの傭兵、『飛爪』だ。個人で敵う相手じゃない」
「彼らは銃を大量に所持していましたよね?」
「えっ? ……ああ、確かに」
「私の友人……を自称する人間の役に立つかもしれない。赤咳の治療法に繋がる秘宝の手がかりもあるかもしれない。ならば私は絶対に双頭竜にそれを訊かないといけません。そのために、何か情報があれば何でも良いので教えて頂けませんか?」
それを聞いたマリスは眦を吊り上げた。
「だったら尚更! キミの友人は、銃なんかのためにキミが死ぬことを喜ぶとでも思うのかい!?」
「……友人というのは、あちらが勝手に自称しているだけです。私の目的は二つ目、赤咳の治療法です」
苦々しい表情で、二つ目の目的を押し出すクレス。
退く意思の欠片も無いその表情に、マリスも呆れたように溜息をついた。
「……仕方が無いな。でも、何かの役に立つようなことでもないんだ」
「と言いますと?」
「十字騎士団には双頭竜と内通している者がいる。偶然その密会を聞いてしまったのを見つかってボクは命を狙われている。それも、立ち会っていた騎士は三番隊の隊長グレゴだ」
騎士団の、それも団長格の人間のスキャンダル。俄かに信じがたい情報であり、大衆に伝われば大陸全土で騎士の信頼を揺るがすことだろう。
尤も、確かにマリスが前置きしたように、調査に直接役立つ情報ではなかった。だが、本題は別にある。
「そういえば……貴方は狙撃手、でしたね? 狙撃手には優れた五感を持っている方が多いと窺っていますが、貴方は如何ですか?」
急に質問の方向性が変わり、少し面食らうマリス。
「えっと……うん、それなりには。万全の状態だったら、だけどね」
「では、提案があります。察するに貴方は強襲、近距離戦は苦手なようだ。十字騎士団の総団長に訴えるまでの間、私が貴方を護衛します。その代わりに一週間、私の薬草探しを手伝ってください」
「ああ、キミの言う通りなんだけど……本当に良いのかい?」
「はい……私でも銃弾くらいは斬れますから」
双剣を抜き払って軽く振ってみせると、マリスは素直に感嘆の声を上げた。
「わぁ……凄いね。じゃあ、そろそろ行こうか」
「ええ、そうしましょう」
そして十字騎士団本部。ラヴル領中心部にある、一際大きい純白の建物だ。
「マリス・ペルーラン。総団長に面会をお願いしたいんだけど」
「同伴者のホルス・ライアスです」
「……はい、承りました。御二人の面会は三日後の十九時になります」
「すいません、その時間に領主殿の同席も願えますか?」
「少々お待ちください……はい、大丈夫です」
「ありがとうございます」
本部を出て、マリスはクレスに話しかけた。
「何で領主の同席も頼んだの?」
「念には念を入れて、ということですよ。それでなくても貴女は依頼について何か話すことがあるでしょうから」
「おお、考えてるねー」
「というか、本来の依頼の方は忘れてたんですか……?」
話しながら、二人は医学研究家のトニーの下へ向かった。
幸い、トニーにはすぐ会うことができた。
「突然の訪問すいません、赤咳の治療法について何か手がかりがあれば窺わせてください。どんな些細な情報でも構いません。ちなみに今はここで黒根ユリ、斑水仙、赤針草を探しています」
クレスの質問に腕を組む銀髪の研究者。
「赤咳の治療法……ですか。とりあえず、残念ですが黒根ユリと赤針草は効き目が無いと思われます。他に赤咳の治療及び症状の緩和に効果のある可能性がある薬草を後日まとめておきます。そうですね……また明後日の昼頃にいらしてください」
少なくとも表面上は全うな医学者に見えるトニーに、クレスは内心で安堵の息を吐く。
そもそも医学者はその数が少ない上、どんな些細な情報でも縋っているので仕方ないことだが狂人やペテン師に当たることも多いからだ。
「分かりました。私の水晶に登録して頂けますか?」
「研究所公用の番号でよろしければ」
「分かりました、ありがとうございます」
水晶を取り出すクレス。トニーが側にあった自分の水晶を差し出す。
水晶同士を押し付けると、やがて水晶が黄色く点滅して登録が終わったことを示した。
一礼すると、クレスたちは研究所を後にする。
「……じゃあ、どうする?」
問いかけるマリスに、クレスは即答する。
「もちろんすぐに斑水仙を探しにいきたいのですが……貴方は何か予定がありますか?」
「ううん、特にないよ。ただ、どこに行くの? ……言いにくいんだけどさ、実はボク、狭い所は苦手なんだよね」
「それは狭い所以外は得意、と受け取って良いですね?」
「えっ!? ……ま、まあ人並みには」
特に冗談の気配もないクレスに少し慌てるマリス。
構わずクレスは説明を続ける。
「斑水仙は湿地・沼地に咲く花。目印は純白の花弁と斑に黒い斑点の浮き出た澱緑色の葉、引き抜くと極端に浅い根の三点です。貴方と最初に出会った林の北に小さな湿原がありました。またトニー殿のところに窺うまでは、そこで斑水仙を探し続けます。注意点は、斑水仙は魔力に反応して変質しやすいこと。あちらでは魔法の使用は控えてください」
完全に意識が沼地探索に向いているクレスに、マリスは控えめに提案する。
「あのさ、その方向に行くんだったら先に宿を取ってからにしない?」
「ん……はい、そうですね」
案の定引き返した後の計画まで考えが働いていなかったらしく、クレスは虚を突かれたように同意した。
まあ、自己紹介でわざわざ性別まで告げることは少ないですね。。




