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レガリア英雄記  作者: 27サグマル
邂逅~「蒼神」再起~
34/213

死の森の終焉

 森にクレスの絶叫が響くと同時、意識が吹き飛ばされそうになるほど莫大な力が迸った。

 ティルナが弾かれたように振り向く。そこには、真珠色の輝きを放つ焔に包まれたクレスの姿があった。

 クレスが力任せに左腕を振るう。放たれた焔は竜を象り、大きく旋回したそれは先ほどの結界に数倍する範囲を蒸発させる。

 クレスの元に戻った焔竜は分裂し、ティルナたちの周囲に流星のように降り注ぐ。焔は地面に衝突して弾け、それぞれの周囲に残っていた植物を一掃した。


 クレスの背後に忍び寄っていた妖狼たちが一斉に飛び掛かり、濃黒のガスを吐き出す。

 彼はそちらを見向きもしない。ただ、背から二対の焔翼が顕現する。ガスはその余波だけで消滅し、妖狼たちは一瞬で消し飛ばされた。

 それらとは別に腰から伸びた焔は龍尾さながらに、木々に隠れる妖狼たちを的確に貫く。雪崩れる木々はその肩口から伸びた第三、第四の巨大な焔手に握り潰されて燃え落ちる。


 その後の経過は一方的だった。癇癪を起こした子どもの様に、慟哭するクレスが焔を振るうたびに森が消滅していく。『死の森』は自身以上の災厄を前に、自らが死を迎えようとしていた。


 ……しかし、クレスの身体も焔に呑まれつつあった。

 この力がかつてクレス自身を死の淵に追いやったことをティルナは知っている。

 以前の暴走の時は姉や父を筆頭に優秀なエルフたちが揃っていた。しかし今ここにいるのは自分だけだ。

 小さく震える手でティルナが腕輪を外すと、その身に膨大な魔力が満ちた。クレスを止めるには少しの魔力さえ無駄には出来ない。ティルナはすぐにも溢れそうな魔力を抑え込む。

 それとほぼ同期して、ティルナの外見にも変化が現れる。耳が尖り、銀髪は碧がかった蒼に染まり、エルフ本来の姿を取り戻す。クレスの身に着けている首飾りと魔力を繋ぎ、そこを基点に魔法をかける。

「『絶対零度アブソリュート』ッ……!」

 姉から受け継いだ、氷魔法の最高峰。温度低下に全てのポテンシャルを注ぎ込んだ、クレスのための魔法。

 この時の為にティルナは氷魔法を専門に使ってきた。レイラの最期の絶対零度より強力だという自負があった。クレスの周囲の温度が急速に低下し、焔の勢いが眼に見えて弱まる。


 ――だが、足りない。

「嘘、何で……!?」

 焔は既に輝きを失い、その力も体積も激減してなお森とクレスを燃やし続ける。

 弱気の影がさした精神は魔法に影響し、冷気を弱める。

 押し返される魔法の手応えを受け、ティルナの脳裏にギルの、ラディウスの、レイラの姿が浮かぶ。彼等ならクレスを止めてくれたはず。けれど彼等はもう何処にもいない。

(だれか……!)

 魔法が、弾かれそうになる。

(だれか、クレスを助けて……!)

 思わずきつく眼を瞑ったティルナの両手を、暖かいものが包み込んだ。

 同時に流れ込んでくるのは、肌が粟立つほどの膨大な魔力。

「! 姉、さん……!?」

 眼を見張るティルナ。幻はすぐに消え去り、リアラの姿に変わる。

 ティルナに反応する余裕も無く魔法を維持する彼女の横顔に我に返り、ティルナも改めて絶対零度に魔力を注ぎ込む。


 魔力の同調はランクA以上の一流魔術師に許される高度な技術で、高い難易度と危険度を誇る。リアラがそれを成し得たのは、その才能ゆえか。

 格段に強くなった冷気は、遂に焔を消し去った。

 くずおれるクレスを受け止めるティルナ。飛び掛かってきたツタはその一睨みだけで凍りつく。

「『氷嵐ブリザード』」

 最短の詠唱が引き起こしたのは極寒の嵐。

 まだ蠢いていた木々は凍結し、そして粉々に砕け散る。

 かつて森があった場所には一面の草原とクレーター跡を埋める森の骸だけが残された。


 ……だが、まだ終わっていない。ティルナは即座にクレスの治療に移る。

 クレスの身体は酷い有様だった。全身に負った重度の火傷もさることながら、焔と同化していた上腕の肉は完全に失われている。

 身体の震えを押し殺し、治療に移るティルナ。


 ――その時、血溜りから声が発せられた。

「ん……結局どウなッたんだ?」

「誰?」

 足元に簡易の氷陣を展開しながらティルナが問う。

 向き直った先には、胡坐をかき座り込むナベリウスの姿。躊躇なく放たれた氷槍を、僅かに首を傾けるだけで躱してみせる。

「……随分と御挨拶じャないカ」

 不機嫌そうに眇めた双眸から漏れ出すのは紛れも無い殺気。瞳に宿るのは理解し難い狂気。目の前にいるのは敵だと本能が訴える。

「偽者。さっき死んだはず。何より、お前はナベじゃない」

「……!?」

 それを聞いたナベリウスの瞳に理性が宿り、その姿にラグが走る。

 慌てたように懐から出した紐で髪を左側に括り直すナベリウス。

 焦らす様なぎこちない動きが終わると、そこにはもう先程確かに存在した何かの影は無く、ただ短いながらも旅路を共にしたナベリウスがいた。

「はい、これで元通りれす」

「信じろと?」

 眼前で起こったこととはいえ、余りに嘘臭い。クレスの治療を急ぎたいティルナは、続けて氷槍を飛ばす。

「……今は詳しいコトは話せないれすけど、それよりも今は優先することがあるんじゃないれすか!? そんなに警戒しないれくらはい、わらしは敵じゃないれす!」

「うるさい、黙って消えろッ……!」

 急激にナベリウスへ迫ろうとする氷陣の前に飛び出したのはリアラ。

「待ってください、ナベさんの言ってることは本当です! それより早くクレスさんの手当てを!」

「敵の目の前でッ!?」

 治療中は完全に無防備になる。剣霊たちも刀に戻った今、一人ではナベリウス(?)が敵だった場合に守りきれない。そんなティルナの思考を読んだか、ナベリウスは自分から数歩の距離をおいた。

「『氷陣アイスハーツ』」

 ナベリウスを囲うように氷の檻が発生する。

「妙な動きをしたら……今度こそ、排除する」

 今できる最大限の譲歩に、ナベリウスは視線だけで了承の意を示した。


 ティルナは向き直ってクレスの治療を始める。手に宿った光が覆った部分の肉が再生し、火傷が癒えていく。

 永遠にも感じられる作業が終わった時には、太陽が西に沈もうとしていた。


 治療を終えたティルナが息をつくのと前後するように、クレスの瞼が小さく震えた。

「……俺は、一体?」

 弱々しくもはっきりした声。

 反射的に力が抜けたティルナは、弱々しくその頬を叩く。

 その胸中で無茶をしたことへの怒り、クレスを喪いかけた恐怖、無事に意識が戻ったことの安堵、その他にも言葉にまとめきれない感情が荒れ狂う。

「…………クレス……っ!!」

 ティルナは自分でも気付かないうちにクレスの首元にしがみついていた。後ろに回されたクレスの手が、その背中を優しく叩く。


 どれ程の間そうしていただろうか。

「……流石に、もう良いんじゃないですか?」

 どこか不機嫌そうなリアラの声に、ティルナが不承不承といった体でクレスから離れる。

 それと入れ替わりに駆け寄るリアラはティルナが突き出した脚に引っ掛かって転び、クレスに受け止められて顔を赤くする。

 目測を誤ったことに気付き、しまったという顔をするティルナ。 

 数々の妨害に気を削がれ、落ち着きを取り戻してしまったリアラは少し不満げにティルナを睨んでから立ち上がった。

 ふと辺りを見回したクレスの目に、氷の檻の中で船を漕ぐナベリウスの姿が映る。

「……俺の意識が飛んでから何があったか、説明してもらえるか?」

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