襲撃
日課の鍛錬を終えて寝ていたクレスは、突然滑り込んできた殺気に目を覚ました。
「宿に夜襲……定番なのか?」
既視感に思わずぼやきながら跳ね起きる。
しかしその時、宿の窓側から壁が吹き飛ばされた。咄嗟に炎の結界を張って身を守ったクレスの目に映った人影は十。
さらにその向こう側の木立にも同じだけの人数が控えている。
――また、それだけではなかった。
先頭に進み出た刺客の腕の中には、気絶していると思しき少年が一人。
「人質のつもりか?」
「そうだ。無関係な一般人の命が惜しければ、おとなしく死……」
「お前らがな」
クレスが台詞を遮ると、話していた刺客の足元から闇が伸びる。
その牙は刺客の首を落とし、直後に人質の少年をくわえると、ゆっくり崩れ落ちる骸をすり抜けてクレスの方へ飛んでくる。
それは少年をクレスの背後に落とすと、そのまま床に溶けるように消えた。
人質を無視すれば敵の一人も殺さないくらいには手加減できただろう。だが、民間人と暗殺者を比べて前者を切り捨てるような天秤をクレスは持ち合わせていない。
クレスが虚空を掴み、何かを振り抜くような動作をすると、身の丈ほどの長さの炎鎌が現れた。出方を窺う刺客たちを前に、ゆらりと独特の構えを取る。
「悪ぃな……『鮮紅散華』」
その謝罪は何に向けたものか。
眼にも止まらぬ連斬が、室内を蹂躙する。
隙を突くどころか防御さえもままならず、かつて大陸全土を震え上がらせた怨霊たちは瞬く間に焼き斬られた。
速度、手数、鋭さを追求したクレスの技の一つ。熟練の賊による包囲も数秒でズタズタにする。
それを見て、援護をする間もなかった屋外の刺客が逃れようとした。
「逃がすかよッ……! 『烈炎』!」
クレスの投擲した大鎌は、逃げる刺客たちにあっという間に追いつき、爆発した。さらに、荒れ狂う爆炎はもう一度内側へその向きを変え、収束。二度目の爆発を起こす。
一般の爆発系火魔法にクレスがアレンジを加え、投擲と駄目押しの二発目を可能にしたものだ。
この騒ぎの中、隣の部屋から誰も来ないのはおかしい。向こうにも襲撃があったことを察し、クレスは隣の部屋へ向かおうとした。
しかしドアノブに手をかけたクレスの背後で、僅かな風切音。咄嗟に右へ飛び退くと、顔のすぐ横をナイフが飛んでいった。
「お前、化け物か? 俺たちは怨霊だぞ?」
「――ハッ。怨霊? こんな雑魚共が怨霊を騙るかッ」
クレスが捉えた襲撃者は、人質だったはずの少年だった。ポケットから取り出した長剣を構える顔に余裕はない。
――力差を把握して退かないなら、その裏には企みがある。
「それにしても、この状況で人質を完全放置とは。ずいぶん冷たいじゃあないか」
「言ってろ!」
長引かせる訳にはいかない。手元に炎で片手剣を生み出して斬りかかる。
――ギイィン! バチバチッ!!
少年の剣がクレスの刃を受け止め、鍔迫り合いの様相を呈する。
クレスが魔力を高めると、剣の間で小爆発が起こり少年が吹き飛んだ。
魔剣に宿った風魔法でどうにか拮抗するも、このままでは防御が抜かれると踏んで自ら下がったのだ。
「中々の魔剣じゃねぇか……そっか、秘宝は支部にもあるよな、そりゃ」
「お前、本当に何者だ!?」
こちらの呟きを聞き逃さなかった少年が怒鳴る。
その隙を突いて影から奇襲を仕掛けるが、読んでいた少年は床を転がって回避。顎は空しく宙を咬む。
クレスが炎剣を巨大化させ、横に振り抜く。掻い潜って来たら今度こそ影で仕留める腹だったが、少年は後ろに下がってさらに回避。
「かかったな! 『烈炎』!」
しかしクレスは、会心の手応えと共に再び得物を投擲。
対する少年は魔剣が崩壊する程の魔力を注いで防御。果たして、持てる魔力と体力を総動員して耐え切った。
その手の中で、剣が音を立てて砕け散る。組織に残った数少ない名剣だったが、その対価は大きかった。
先程からの大技の連発が体力を奪い、初めてクレスの動きが止まる。
「かかったのは、お前だっ……くたばれ! 『反射空刃』!」
辺りに倒れる骸に仕込まれていた魔方陣が一斉に起動。ランダムな軌道を描きつつ、一斉にクレスへ襲い掛かる。
「ちッ!」
結界を張る間もない。舌打ちと共に回避するクレスだが、床や壁に乱反射して一向に止まない斬撃をかわしきれず、二の腕と右脚を深く斬られる。
「死ねぇええッ!」
息も整えず飛び出した少年は、クレスの背後から全霊の貫手を放った。
怨霊の襲撃はまだ続きます。




