豹変
今回は割とエグい場面が含まれます。。
ティルナが微かな殺気を感じて目を覚ますと、ドアを開けてナベリウスと二体の剣霊が入ってくるところだった。
リアラを起こすより早く、襲撃者が先手を取る。
詠唱は聞こえなかったが、炎の刃が三つ、窓を破って飛来する。
「『氷結』」
ティルナの詠唱と共に、その視界に入った炎の刃の内二つが凍りついて床に落ちた。
自分の方に向かってきた刃を、ナベリウスはポケットから取り出した長剣で斬りつける。魔力を込めた一撃に、炎刃は吹き消されるように消滅した。
敵の初手から数秒の間の攻防。それが終わると同時、窓とドア、二方向から踏み込んでくる者がいた。もちろん敵である。その数は九人。
ティルナが放った氷刃は彼らが抜いた剣で叩き落とされ、しかしその隙に完成させた魔法がリアラの眠るベッドを氷で覆う。
「『氷陣』」
刺客の一人と剣を打ち合わせたナベリウスは、崩れるような体運びで回りこむと、左手で別の刺客の剣腹を叩き、方向を逸らす。味方内で斬り合いそうになった一瞬の隙に、まとめてその胴を薙いだ。
彼女は自ずと吊り上がる口元にハッとしたように凍りつき、次の瞬間わざとらしく空笑いを響かせながら剣を振りかぶった。
「『氷陣』」
ティルナの二度目の詠唱に伴い、今度はティルナの足元が薄く凍結する。
その背後から迫っていた刺客は、そこから伸びた氷の槍に貫かれそうになって剣で受け流す。その隙を見逃さずティルナが抜き払った剣は、その肩口を袈裟懸けに深く切り裂いた。
命を奪った手応えに顔が強張るが、感情を押し殺して剣を構え直す。
ティルナは無表情に淡々と。ナベリウスは虚ろにケタケタと笑いながら。こうして刺客が一人ずつ殺されていく様を、途中で目覚めたリアラは氷の結界の中で見ていた。
魔法で生み出される氷は総じて透明度が高く、視界を遮ることはない。
殺し合いを目にするのは初めてではないが、目の前の光景に息が詰まり、強張った身体は意思に反して動かない。
クレスたちに依頼をした時点で覚悟はしていたつもりだったが、いざとなると罪悪感、無力感が押し寄せてくる。
そしてティルナの剣が最後の一人の心臓を貫き、戦闘は終了した。リアラを守っていた氷陣を解く。彼女らはクレスと合流すべく部屋を後にした。
「何……だと……?」
確かに少年の貫手は、クレスの心臓を貫くはずだった。
しかしその指先が背に触れた瞬間、押し返すように噴き出すように発生した焔が攻撃を阻む。
翼を広げるかの如く巨大化した焔から、少年は飛び退って距離を空ける。
「その姿……そうか、アンタが『正……』」
言葉を言い終わるより早く、クレスの焔翼が広がり、部屋を蹂躙する。
少しの逡巡の後、クレスは手元に焔を結晶化させた簡素な仮面を作り、自らの顔にあてがった。
その気配がはっきりと切り替わる。少年は目の前にいる男が先程まで戦っていた人間と入れ替わった別人ではないかとさえ感じた。……そしてその錯覚が、命取りとなった。
「なッ――!?」
形を変えた焔翼に腕が捕まり、瞬く間に全身が包まれる。
「……質問があります」
クレスが――仮面の男が口を開く。
「彼を知る者は全員死んだはず。なぜ貴方がその名を知っているのです?」
「その仮面、やっぱアンタはっ……グッ!」
翼の熱が高まり、肉が焼ける不快な臭いが立ち込める。
「さぁ、回答を。貴方は誰からその情報を得たんです? 冥王? 黒陽? 影? それとも他の誰か?」
それはもう死んだはずの者たちの名前だ。
「い……言えると……」
「言えますよ。今の貴方には」
つらつらと適当な台詞を吐きながら封印の術式をハッキング。
その回路に躊躇無く莫大な魔力を流し込む。
「グッ……ガァアア!」
力ずくで封印を破壊され、少年は獣の様な絶叫を上げる。それは炎に五体を焼かれる苦痛をも上回った。
「さあ、答えてください」
「言……エル、訳ガ……ァアアッ!」
少年の右脚が燃え尽きる。
「時間がないんです。早くしてください」
言葉と共に、ありったけの殺気をぶつける。
「……、あ……ァア……ッ」
身を焼かれて尚も口を割らなかった意思さえ、その圧倒的なプレッシャーに屈した。
「……た、ただの情報屋だと……名乗って、いた。背格好、風貌は――」
「…………」
紙のように顔を白くした少年の呟きを聞き取った彼は、話が終わると無感動に少年を握り潰した。
それがいっそ慈悲でさえあったように、少年は一瞬で消し炭と化す。彼はまず焔翼を消し、次に仮面を外すと床に投げ捨てる。
砕けた仮面は無数の火の粉に変じて霧散した。強張ったその表情からは、先程の気配は微塵も感じられない。
クレスは過去の多い主人公です。




