報い
まっすぐこちらへ向かってくる足音で目が覚めた。
時計を確認すると十五時。ナベリウスとの決闘が十二時過ぎだったので、存外眠りこけていたらしい。
目を開けると、やはりこちらに向かってきていたのはムラマサだった。手に持った袋には飲み物が入っているようだ。隣にはナベリウスもいる。
二時間以上も一体何をしていたのだろう。そこはかとない不安がよぎる。
とりあえずボトルを受け取るクレス。
「ん……」
隣でクレスに寄りかかって眠っていたリアラも目を覚ましたようだ。背中ではティルナも身じろぎしている。
「ムラマサたちに飲み物買ってきてもらったんだけど、飲むか?」
「あ、はい」
「(……スッ)」
新たに差し出された二つの手にも、ボトルが渡された。
というか手渡されたボトルの三つとも、ラベルを剥がした痕跡が不審極まりない。
ただ、リアラが普通に受け取った様子を見るに、毒の類ではなさそうだ。
一応クレスも自分の飲み物の臭いを確認すると、それは薬用飲料のようだった。なんとも微妙なチョイス。
ナベリウスの差し金もあるだろうが、やっぱりムラマサも少し怒っていたのだろうか。
後で謝っておこうと決めながら、一気に中身を飲み下すクレス。
「~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
突然、声にならない悲鳴と共に、ティルナが背中から転げ落ちた。
宙を舞うビンをキャッチし、もう我慢できないといった風に腹を抱えているのはナベリウス。
「一体何を飲ませたんだ!?」
「闇市印の特性ドリンク! 『マキシマム那由多』れすよ~! まさかティルナさんに当たるとは!」
何を飲ませたんだ。
「……ちなみに俺の薬みたいな奴は?」
「クスリ? …………」
ナベリウスの笑いが凍り付く。その頬に冷や汗が一筋。
「…………………………」
「いや、どうした? お前は何を買ってきたんだ!?」
「その~……買った覚えが無いなー、なんて……ハズレは辛子だけで、あとはフツーのラムネだったはずなんれすけど……ムラマサさんは何か知りまへんか?」
ナベリウスの問いに、ムラマサは珍しく口角を少し上げて一言。
「知らん」
「ダウト!」
突っ込んだクレスだが、その拍子に眩暈に襲われてふらつき、リアラに支えられる。
「…………と、とりあえず……リアラ、アンタは……無事なようで、良かっ、た……」
「ちょっと、クレスさん!? お気を確かに!!」
身体が熱くて意識が朦朧とする。無性に柔らかい感触に思考が沸騰しそうだ。
主な毒物は一通り判別でき、耐性もあるクレスだが、今回の症状は初めてだった。
(……いや、本当にそうか?)
何かがクレスの脳裏をよぎる。
「ムラマサ……ラ、ラベルを……」
「(……スッ)」
渋々ポケットからラベルを取り出すムラマサ。きちんと取ってある辺りが律儀だと思う。
「……『絶薬 黒マムシ・デスぺラートⅦ』?」
リアラが不審げな声で読み上げる。
黒地のビニールに、おどろおどろしい書体の紫と赤で書かれた文字、やけにリアルなマムシのイラスト。印象としては、百歩譲って劇薬。正直なところ毒にしか見えない。
「思い出した!」
そのラベルをきっかけに、クレスは飲み物の正体を思い出した。同時にこれまでの症状にも合点がいく。
「えっと……何だったんですか?」
「昔、北のほうを旅してた時にエレン……まあ、当時一緒に旅してた恩人だな、そいつに飲まされたことがある。気付け薬だったかな? その時はジェノサイドⅥだったけど。てか、新作出てたのか……」
ムラマサとナベリウスが、揃って嘆息するのが見えた。
妙にナベリウスの身体に引き付けられる視線を、あることを思い出してどうにか引き剥がす。見回した視界に、未だ悶絶するティルナの姿が映った。
「リアラ、そのラムネ少し貰って良いか?」
「えっ!? ……く、クレスさんがそう言うなら」
「……ん、サンキュ」
顔を赤らめたリアラから伝染したような動揺を必死に押し隠し、受け取ったラムネをティルナに渡す。
「ああ、そういうことですか……」
ムラマサ、ナベリウスに続き、リアラにまで嘆息されてしまった。
ラムネを飲んで少し落ち着いた様子のティルナが少し魔法を使ったのが分かる。
恐らく口内の暴虐を凍らせるか何かしたのだろう。ダメージの名残か潤んだ瞳と未だ上気した顔がやたらと艶めいて見える。
「……?」
見つめるクレスに小首を傾げるティルナ。その仕草に我知らず鼓動が早まる。
そうだった。前に薬を飲まされた時もエレンのやる事なす事にどぎまぎした覚えがある。
以前は極寒の環境やAAAの魔物の群れとの遭遇戦でうやむやにしたが、今回は……。
「あ、そうだ。ナベリウス、さっきの辛子ドリンクもらえるか?」
「え? まあ良いれすけど……」
必死で平静を繕うクレスに、ナベリウスがボトルを手渡す。
「待ってください! ナベさん渡しちゃ駄目です――!」
クレスの感情に何を視たか、ハッとした様子のリアラが叫ぶ。
ナベリウスの反応より早くクレスはボトルをひったくり、中身を一気に飲み干した。
「―――――――――――――――――――――ッ!!」
むしろ辛くなかった。口内に止まらず、食道を芯に全身が……痛い。内側から赤熱した数千の針に貫かれ、その傷に塩をすり込み鞭打たれるような激痛にも勝るだろう。
クレスの意識は激痛に赤く塗りつぶされていった……。




