ナベリウスの実力
「じゃあ、闘るか」
「うい」
所変わって、町外れの空き地。
ティルナとリアラが見守る中、クレスとナベリウスは四メートルほどの距離を取って対峙していた。
審判役のティルナが硬貨を弾く。それが地面に落ちた瞬間、二人は動いていた。
クレスは両手に結晶化した炎で双剣を生み出し、ナベリウスはポケットから片手剣を取り出して右手に提げる。
ジャージのポケットに入るには大きすぎる得物だが、おそらくクレスの袋と同種の、異空間を内包した『虫食い』系の秘宝なのだろう。
そんな思考を置き去りにダンッ!! と強く踏み込み、クレスは袈裟懸けに右の剣を一閃させる。ナベリウスは闇魔法を片手剣に纏わせた後、太刀筋に合わせて逸らした。
直後のV字に切り上げる反撃を、クレスは勢いに逆らわず身体を回転させて回避。
「なッ――」
驚愕はクレスのもの。
眼前に迫る刃。上体を後ろへ傾けたナベリウスが片手剣を振り抜いていた。
どうにか受けると、速さだけで重くも何とも無い一撃は後方へ流れる。ナベリウスは地に着いた左手を支点に宙返りを切って距離を取った。
僅かな空隙にクレスは相手の戦力を分析する。主武器は右の片手剣、おそらくフリーにしている左手が曲者。型は極めて不規則なテクニッ
「ヘイ!」
「ッ!」
中途半端な間を空けて真正面から切り込んできたナベリウスの一撃を受け止めた瞬間、握りこんだ左手が霞んだ。
咄嗟に目を硬く閉じ、強く踏み込み飛び込んで右へ回避。左顔面に当たる砂礫の威力に顔を顰めながら短く呪文を唱える。
「『昇』!」
「のわっ!?」
ナベリウスが飛び退く気配。
踏み込みの際に靴のスパイクで仕込んだ簡易の魔方陣を起動し、結晶化した光の弾丸を放ったのだ。簡易故に魔方陣一つにつき一回限りの小技だが、不意打ちと補助には十分。
「『衛星』」
ナベリウスの目が少しでも眩んだ隙に、炎剣を変化させた昇と同種の光弾を複数、上空へ打ち上げる。
魔力を感知されれば不意打ちにはならないが、それでも牽制にはなる。
互いに最初と同程度の距離で相対する。
改めて炎双剣を生み出し、今度はクレスが先手を取った。
「――『閃爪』」
「おっと!」
上半身を左に捻った体勢から居合いの要領で放たれた一閃――いや二閃を、ナベリウスは長剣で受け流そうとする。
刃が交錯する瞬間、嘘のように重さが消えたクレスの双剣が予定調和の勢いで翻る。
「『連爪』」
「っと――!」
どうにかこれも凌ぐが、しかし一連の技は布石に過ぎない。
この連撃に、不用意な防御は悪手。
振り抜いたクレスの体勢にそれを察し、ナベリウスの顔を冷や汗が伝う。
「止めだッ……『終爪』!!」
「くっ……!」
クレスの双剣が霞む。大きく後ろに飛び下がるナベリウスを叩き落とすような追撃。受け止めたナベリウスは一瞬眼を閉じる。
次に眼を開いた時、その瞳孔は獣のように細められていた。
格段に上がった反応速度で、必殺と思われたクレスの連撃を受けきる。無数の裂傷が壮絶な血化粧を施しているが、その動きは鈍らない。
最後の一撃に耐え切ったナベリウスは再び踏み込み、しかし力尽きたようにふらりとその身を倒す。直後、その空間を炎刃が一閃した。
「『余爪』――見切られたか」
「わらしに騙し討ちなんて通用しないれすよ~」
「おっと――そう言われると、不意打ちで決めたくなるな!」
台詞の途中の突進を弾いたクレスの剣が、勢い余ってナベリウスの影に当たり地を削る。
ハッと何かに勘付いたようなナベリウスが身を捻った瞬間、その肩口から鮮血が散った。
……飛来した影と同色の魔力刃は、確かに避けたはず。
「……今のは、一体?」
そのまま距離を置くナベリウスが、訝しげに問う。
「『影縫』――影への攻撃によるダメージの還元と、影を利用した魔力刃の反射を組み合わせた技だ」
あっさり種を明かした理由は簡単、不意打ち技のストックはいくらでもあるからだ。それを察したナベリウスも若干の呆れ口調になる。
「魔法剣といい、その剣技といい……そういうのチートっていうんれすよ」
「――ハッ。チート? 本当のチートってのは、もっと巫山戯たもんだぜ」
何かを思い出すように笑ったクレスは、炎双剣を消すと軽く踏み出す。
発せられた凄まじいプレッシャーに思わず一歩下がったナベリウスは、二人の距離が全く縮まっていない――寧ろ広がっていることに気付いた。
進み出るように見せかけて後退する、文献由来の古い歩法だ。
嫌な予感に魔力を探ると、付近の魔力が凄まじい勢いでクレスに掌握されていくのが分かった。
「か、勘弁してくらはいよ……」
もはや諦めの濃い声を洩らすナベリウスだが、それでも意識を集中して周囲の魔力をかき集める。奪い合いとなると勝ち目がないので、自身の魔力も解放しながら少しずつ、対抗するだけの力を溜めていく。
「んじゃ、いくか――」
待機していた衛星が起動。飛来した魔力弾に、ナベリウスは反射的に対処する。
「『黒盾』! ……あ」
咄嗟の防御が僅かな隙を生む。ミスを悟ったナベリウスの表情が強張った。
「『輝河』!」
クレスの呪文に応じ、仕込まれていた魔力が魔法として起動。
ナベリウスの周囲は、瞬く間に光球で埋め尽くされた。
眩い奔流に視界を潰される前にナベリウスは眼を瞑り、確保していた魔力を一気に解放する。
「――『虚殻』!」
呪文の詠唱と同時、闇がナベリウスを包んだ。
殺到した光球に結界が震える。どうせその場しのぎだ、結界自体は一、二秒も持たない。
右手の長剣をポケットに突っ込み、代わりに取り出したのは半ばで刀身の折れた大剣。
ナベリウスが構えたのに反応するようにして、その刀身を漆黒が這った。
結界が破れるより一瞬早く、内側から漆黒の刃が閃く。
振り回された刃は、膨大な魔力を込めた光球群を数秒で消し去った。
「うわ、何だよその魔剣――『炎壁』!」
「低い!」
炎の壁を飛び越えたナベリウスの、上空からの斬撃。
正面から壁に斬りつければ爆発する罠が不発に終わったことに舌打ちしながら、クレスは再生成した炎双剣で迎え撃つ。
「――『翠刃天裂』!」
無数の斬線が空中に煌めく。
身を捻って回避したナベリウスは勢いのまま突っ切ろうとして、不意に思い止まったように空中で闇剣を振り回す。実体を残していた斬線が全て弾かれ、今度こそ消滅する。
「はぁ……この斬撃まで見切るか」
「騙し討ちは効かないと、言ったはずれすよ……もっとも、今のは勘れすが」
剣戟を交わしながら、それを聞いたクレスは不敵に言い放つ。
「その言葉、すぐに撤回させてやるさ――マサムネ、ムラマサ!」
「ちょ、それは流石に――」
顔色を変えて飛び下がるナベリウス。しかし何も起こらない。
「ブラフ――!」
唇を噛むナベリウスの背後には、先ほど跳び越えた炎の壁。宙返りで飛び越えようと試みるがもう遅い。
「『炎人』!」
先程からずっと残っていた炎壁が、再び起動する。
それは炎の巨人に形を変え、背後からナベリウスを拘束した。
ちなみに手加減はしているので焼かれるようなことはない。
「ほら、効いただろ? 騙し討ち」
得意げなクレスに、ナベリウスは声のトーンを下げて応じる。
「そうれすね~。降参、降参。下ろしてくらはい」
「ん」
降参と口にする割に、ナベリウスは闇剣を手放そうとしない。
クレスが炎人を消した瞬間、案の定ナベリウスの闇剣が霞んだ。
どう考えても射程外の一撃。しかしナベリウスの視線の先、クレスの背後から剣の先端が突き出す。
刃が届く直前、地表と上空から魔力弾が殺到した。直撃を受けた刃は虚空に消える。
「あっちゃ~……」
苦笑しながら、今度こそ剣を収めるナベリウス。
「審判! そろそろ勝敗決定で良いだろ?」
「(コクリ)」
「と言う訳で、俺の勝ち。少し休んだら仕事だ」
(……多分、ティルナより強いな)
ナベリウスの人柄は大体分かった。……やはり、掴み所の無い人物だということが。




