看病
そして数十分後。
沐浴を終えたティルナがテントに帰ると、クレスの姿が無かった。
「クレスは?」
入り口に立っていたマサムネに尋ねる。
「狩りに行ってる。すぐ戻ってくるんじゃねぇか?」
若干ひねくれたような物言い、少年らしい高い声。
実は初めて聞いたマサムネの声だが、やはり昔のクレスの声に似ている。
「ん? どうかしたか?」
「……別に。もう少し休んでる」
怪訝そうに聞いてくるマサムネに返事を返し、ティルナはテントの中に入った。
「ただいま」
そうするうちにクレスが帰ってきた。視線をリアラの方に向ける。
「にしても、全然起きないな」
「(コクリ)」
寝息を立てるリアラを見て、ティルナは自分が僅かに不機嫌になったのを自覚する。一体コイツはどこまで足を引っ張るのか、と。
決してクレスがリアラを気にかけているからではない。
(……そう、決して)
内心での呟きだったが、大事なことなので繰り返す。
「流石に目ぇ覚ませよ、リアラ。おい、起きろー。もう昼だぞー」
「ん……あと、もう少し……」
今度は反応があった。寝ぼけているようだ。
今までよりも僅かに幼い感じの声だった。
「――仕方ない、か。もう少し休んでよう」
声と共にクレスが立ち上がろうとする。
「待って……置いてかないで」
未だに寝ぼけた様子のリアラが、縋るようにクレスのズボンの裾を掴む。
「な、何だ?」
クレスは戸惑っていたが、ため息を一つついてその場に座り込んだ。
ティルナの不機嫌度が増す。
その感情を敢えて言葉にするなら「甘えるなこの野郎」といったところか。
実際に口にはしないが。
もちろん嫉妬などでは(……以下略)自分で思考を打ち切る。
ただ、リアラに掛かっていた毛布と衣服が少しはだけたのが原因の一つではある。
ティルナは悲しいほどに滑らかな胸元に視線を落とす。
……やはり彼女が持たざる者と相容れることはないようだ。
リアラの体調はもう安定しているように見える。顔色は良いし呼吸も正常、熱も引いている。
「……起こせば?」
率直な感想を口にする。
「んー……。弱ってるみたいだし、十分に寝かせとこうぜ」
クレスの返事は、まあ一般的なものだ。
別段、間違ったことは言っていないので反論の余地もない。リアラに無理をさせたくないという考えは自分も同じだ。
だが、なんだか釈然としないものが残る。テント内の椅子に腰掛け、足をぶらつかせるティルナ。
「う……ん」
リアラが小さく声を上げた。
そしておもむろに頭を上げると、あぐらをかいていたクレスの膝に乗せる。
――カチン。
ティルナの中で、何かのメーターが振り切れた。
「頭を冷やしてくる!」
「突然どうした!?」
ティルナは勢いよく立ち上がり、クレスの驚く声を背に、手近な桶を引っ掴むとテントを飛び出した。
「やっぱリアラなんて嫌いだー!」などと叫ばなかったのは引っ込み思案の賜物だろう。心の中では存分に叫んだが。ティルナの頭の中に「膝枕」の二文字の形をとって邪念が渦巻く。
ティルナは手に魔力を集中させると桶に水を精製。さらに水魔法の派生である氷魔法で冷やす。魔力の制御が粗くなり、桶の一部が凍結するが気にしない。
一気に頭から被った。壮絶に冷たい。
そこであることに気づいて、ぎこちない動きでテントの入り口へ視線をやる。
一部始終を見ていたマサムネとムラマサが、同時に目を逸らした。
……見なかったことにしてテントに戻る。
「いやホントどうした!?」
ティルナを見たクレスが、ギョッとした様子で言う。
銀に煌めく前髪から水滴が滴った。
(――フッ。後始末を忘れるとは、迂闊だった)
内心で、もう誰なのか分からない口調になって呟くティルナ。
本当なら乾かしてこないといけないが、なんだか疲れた。
今の状態だと、何かすればするほど裏目に出そうだ。そう、藻掻けば藻掻くほど沈んでいく底なし沼のように。
渋い微笑を浮かべると、テントの端で壁を向いて横たわる。クレスもかける言葉がない。
すると一瞬、背後から熱風が吹きつけた。それだけで水分が蒸発する。
流石クレスだなーと思いながらティルナは眠りに落ちていった。
ちなみにクレスにとって、服が濡れてその下が若干透けているティルナは恐怖の対象だった。
以前とある女騎士の悪戯によって男湯と女湯を間違えた時、盛大に吐血した経験がある。ついでに何故か古傷も開いて、冗談ではなく死にかけた。
ティルナは今もそれを根に持っているらしく、その女騎士――エレンを毛嫌いしている節がある。
治療した医師によると、どうも突発的に血圧が急上昇したのが原因なんだとか。 これまでに症状が見られたタイミングを考えるに、体質的なものだろうと思っている。
テントに戻ってきたティルナを見たときも、かなり危なかった。
そんなクレスの思いもよそに、そのまま眠りについたティルナ。
「おーい、ティルナ? ……二人とも寝ちまったけど、俺、どうしよう」
その後しばらくクレスが途方に暮れていたことなど、知る由も無かった。
そろそろ眠り姫が目を覚まします。




