「怨霊」
翌日の昼過ぎ。草原を抜けた一行は、山岳地帯の比較的広い道を進んでいた。
クレスの後ろを歩いていたリアラが、ふと何かに気付いたように立ち止まる。すぐまた歩き出すが、乱れた歩調が動揺を如実に表している。
「リアラ、どうかしたのか?」
ためらいがちに口ごもったリアラだが、意を決したように口を開いた。
「あまり上手くは言えないのですが……何かに狙われています」
ただの気のせいだと一蹴することもできたが、クレスはとりあえず安心させるために索敵を発動する。
感知した気配を一つ一つ確かめていくと、前方に異質なものを捉えた。
――自然の一部であるにも関わらず、正体が分からないのは隠行の特徴だ。隠行とは魔法ではなく、自らの気配を周囲に同化させて識別を妨げる高等技術。
魔力探知で見破れないことから、主に奇襲に利用される。
一度気付くと、ごく僅かに漏れ出る明らかな殺気も伝わってきた。
間違いなくこちらに向けて発せられている。
「二人とも、そのまま進んでくれ。前に十五人待ち伏せている。まず敵だ、とりあえず俺が先手を取る」
素知らぬ顔で歩きながら、風魔法の派生、音魔法で二人だけに聞こえるように情報を伝える。
「『風網』!」
クレスが弾丸系風魔法を捕獲用にアレンジしたものを放ち、すぐ近くにいた二人をそれで捕らえる。紙一重でかわした一人も、追尾するように範囲を広げた網に捕らわれた。
だが、それだけ。酒場でのギム一味が相手なら一網打尽にできたような魔法なのに、だ。……比べる対象がおかしいかもしれないが。
よぎった思考など知る由も無く、残る十二人はこちらに向かってくる。
「マサムネ、ムラマサ! 『気弾』!」
二体の剣霊を実体化させてティルナと共にリアラの護衛に回すと同時、木立の中を駆けて回り込もうとしていた四人を圧縮した空気の弾丸で撃って気絶させる。
魔法自体は初歩も初歩だが、改良しているため速度・威力がともに桁違いだ。呪文を裏切る性能の弾丸を避けることは出来なかった。
あっという間に敵の半数を仕留めたクレスを見て、正面から向かってきていた八人の内三人が踵を返し逃走に移った。
追跡を妨げるように残った五人が立ち塞がる。
「邪魔だ! 『空砲』!」
クレスが翳した手から、先ほど撃った気弾の数十倍の威力を誇る衝撃波が放たれる。通常は全方位に広がる轟風を前方のみに圧縮して威力を高めた一撃を、しかし刺客たちはタイミングを完全に合わせた同時斬撃で相殺。反撃に転じるべく駆け出す。
その隙にクレスの手に渦巻いた炎が大鎌を象る。
「上等だッ……! 『獅王烈波』!!」
斬撃と共に放たれた衝撃波が刺客の突進を止める。
続く連斬に反応した刺客は剣で受け止め――火花を散らした剣ごと吹き飛ばされ、岩に罅が入るほどの勢いで激突する。
返す神速の斬撃は刺客たちを容易く斬り裂く。寸前で実体を消した刃はその身を裂くことはなく、ただ流し込んだ魔力で拘束する。
残る三人が逃げた方を見るクレスだが、そこにはもう誰もいなかった。
その逃げ足の速さにため息を吐きながら振り返ると、背後では地中から奇襲に飛び出した一人がティルナに凍らされたところだった。
土魔法で用意した鎖で襲撃者たちを縛り上げて転がす。クレスはその中から一人、最初に捕らえた襲撃者を選んで少し離れたところに連れて行く。
後ろからティルナと、恐る恐るといった様子のリアラも付いてきた。
顔を覆っていた仮面を外すと、三十代ほどの男の額には封印の紋章があった。これは暗殺者や密偵が絶対に情報を漏らさないようにするための魔法がかかっていることを表している。
左手の手袋を外し、その中指と小指の付け根に爪を立て一定のリズムで魔力を流し込むクレス。
その魔力に反応し、髑髏を貫く剣を模した刺青が浮かび上がった。
「おい、『怨霊』」
「!」
軽く呼びかけると、ピクリと反応を示した刺客以上にクレスの後ろのリアラが動揺を見せた。
それもそうだろう。「怨霊」とは、かつて大陸全土に其の名を轟かせた暗殺組織の名なのだから。現場に残す独特の紋章は、一国の王や三大国の主要貴族さえ手にかける実力を伴って人々を震え上がらせた。
五年前に本部が壊滅、上層部たる「死神」が全滅してからはその活動も下火だったが、依然としてその名は人々の記憶に強く焼きついている。
「さて、アンタには訊きたいことがあるんだが……言える範囲内で話してもらおうか」
必要ないとは思うが、一応の脅しとして手に炎を発生させてみる。
「……所属は怨霊、依頼者は秘匿。標的は……そこにいるルナリア皇族の生き残り、リアラ・パンディエラ・ルナリスだ。優先度はSSS。それ以上の情報は、与えられていない。命が惜しければ、見捨てることを……勧める」
至極妥当な提案ではあった。天下の暗殺組織に最優先で狙われるなど、AAAの傭兵とはいえ命がいくつあっても足りない事態だ。腕利きの刺客たちに削り殺されるのは明白。標的を一人放り出す程度で逃れられるなら、十人中十人がそうするだろう。
だからクレスは言い放つ。
「まあ俺は一度請けた依頼は棄てない主義なんでね。ひとまず、ご苦労さん」
刺客の眉間を弾いて気絶させる。与えられた情報には少なからず驚かされたが表には出さない。クレスは後ろのリアラが困惑しているのを察し、短く告げる。
「……大丈夫、きちんと依頼は果たすさ。とりあえず移動するぞ。訊きたい事はあるが、こんな山ん中ですることじゃない」
「でも、今回は事情が……」
「大差ないさ。今の怨霊は名前ほど強くない」
ティルナの言葉を強引に遮る。
ある種の無責任な発言なのは自覚しているが、少なくとも今日は怨霊の襲撃を警戒することはないとクレスは読んでいた。
「……分かった」
ティルナも、リアラを見捨てるつもりはない。クレスの言葉に小さく頷いた。




