距離感
一通り説明を終えると、クレスはテントの反対方向へ歩き出した。
「えっと……クレスさんはどちらに?」
リアラとしては、またティルナと残るのは避けたかった。
最初の詰問で受けた気まずさもそうだが、無口かつ他人を寄せ付けない雰囲気が胃に痛いのだ。
実はそれでも話しかけるのが普段のリアラだが、今は弱気と引け目が生来の社交性を殺していた。
元々生真面目なところのあるリアラに、一人だけ先に眠るという選択肢はない。
そういう訳で、今度こそ失敗は許されなかった。
が、結論から言うとリアラの目論見はまたしても崩れ去ることになる。
「…………」
リアラの目の前に現れる掌サイズの氷の人形。
腕立てや素振り、走りこみと思しき動作を、氷とは思えない柔軟さで繰り返している。
(……ジェスチャー?)
思わず内心で呟きながらも、クレスは鍛錬に行くのだと朧げに理解したリアラ。 ティルナはその肩に手を置き、テントに連れて行こうとする。
それを振り払ってまで食い下がる度胸は、リアラには無かった。テントの中でがっくりと膝を付くリアラ。ティルナはどうでも良さそうに隅の方に座って本を読み始めた。
やがてどうにか復活したリアラが、少しでも関係を改善しようと意を決してティルナに声をかける。
「あ、あの、何を読んでるんですか?」
「…………」
「あの……」
「(スタスタ……)」
本を持ったままリアラから遠ざかり、腰を下ろすティルナ。
「あのー」
「(スタスタ……)」
明確な拒絶。リアラ、再び撃沈。
実を言うと、ティルナが読んでいたのはいわゆるライトノベル。内容もごく普通の、日常系の話だった。
とりあえず武勇伝があれば古今東西の古文書からライトノベルまで何でも読むクレスとは違い、ティルナは明るいほのぼのしたハッピーエンドの物語を好む。
リアラから逃げたのは、自分の趣味を明かす事が単純に照れくさかったのと、人との距離の取り方が分かっていなかったからである。
村人は皆顔見知りという生まれ育った環境が人見知りに拍車を掛けていた。
もちろん古文書館でのやり取りの気まずさをティルナも引きずっていたのも一因である。
最初は緊張し、最後は打ちひしがれていたリアラは、ティルナが少し顔を赤くしていたことには気付かなかった。
流石に悲壮感ただようその様子を見て、ティルナも小さく息を吸い込み、声をかける。
「……私は、貴女を嫌っている訳じゃない。古文書館でのことは、申し訳なく思っている」
「そう、なんですか? ……あそこでの事は、私も済みませんでした」
意外な言葉に、リアラの口からも素直に言葉が出た。
「私は、貴女個人は……まあ、良い人だと思っている。きっと何か事情があるとは思う。…………でも、隠し事がある分、疑う所は疑うから」
それはきっと、ティルナなりに最大限の気遣いだったのだろう。氷文字ではなく、直接口を開いたこともそれを示している。
その優しさに、自然と笑みが零れた。
「はい、分かりました。……お気遣い、ありがとうございます」
「っ! で、でも疑ってるのには変わりないから! あと、クレスにも妙なちょっかいかけないように! これ絶対!」
「あ、はい、えっと?」
「と……とにかく、私は寝るから、お休み!」
急に顔を真っ赤にしたティルナの剣幕に呆気に取られるリアラだが、ティルナはそのままさっさと横になってしまった。
用心深い彼女が本当に寝入ってしまったとは思えないが、今日はもう話してはくれないだろう。
彼女が最後に見せた素の表情に頬を緩ませながら、リアラもまた眠りに就いた。
この世界にもライトノベルはあります。




