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第九十九話 旋回の壁

翌朝、恒一達は再び断崖の訓練場へ集まっていた。


昨日、レヴは初めて空を飛んだ。


だが飛べた事と自由に飛べる事は別だ。


その事を本人が一番理解している。


崖の先で空を見上げるレヴに恒一が声を掛けた。


恒一

「今日は妙に静かだな。昨日は飛べるようになったってドヤ顔してたのに」


レヴ

『昨日の事は忘れろ』


恒一

「根に持ってるじゃねぇか」


レヴ

『飛べたと思ったら飛べていなかったんだ。忘れたいに決まっている』


恒一は思わず笑った。


そこへゼノスが現れる。


ゼノス

「よし! 今日は旋回だ!」


恒一

「やっぱりそこか」


ゼノス

「当たり前だろ。真っ直ぐ飛ぶだけなら落石でも出来る」


恒一

「落石は飛ばねぇよ」


ミリア

「でも昨日のレヴは飛ぶ岩みたいだったわよ?」


エリシア

「否定できないのが困るのよね……」


レヴ

『お前達、好き勝手言ってないか?』


フェルド

『否定は出来ない』


ルミナス

『出来ませんわね』


周囲から笑いが起こる。


グランヴァルドが静かに前へ出た。


グランヴァルド

『レヴ、お前は昨日どうやって曲がろうとした?』


レヴ

『翼で無理やり方向を変えようとした』


グランヴァルド

『だから失敗した。空は地面ではない。身体を傾けろ。風に曲げてもらうのだ』


レヴ

『風に曲げてもらう……』


ゼノス

「実際に見た方が早いな!」


グランヴァルドは崖を蹴った。


銀色の巨体が一気に空へ舞い上がる。


高く。


速く。


そして自然だった。


身体を少し傾けただけで大きな弧を描く。


力で曲がるのではなく、風に乗って曲がっている。


恒一

「おぉ……」


レヴ

『確かに無理やり曲がってはいないな』


フェルドも続いて飛び立った。


今度は急旋回。


だが全くブレない。


フェルド

『翼だけで飛ぶな。尾も使え。空では尾が舵になる』


ルミナス

『視線も重要ですわ。曲がりたい方向を見なさい。身体は自然とそちらへ向きます』


ミリア

「あとレヴは力みすぎ! フェルドも昔は似たような感じだったけど、今のレヴほど酷くなかったわよ?」


フェルド

『否定は出来ないが、そこまでではなかったな』


レヴ

『そんなに酷いのか』


ミリア

「うん、かなり」


即答だった。


恒一が吹き出した。


恒一

「言われてるぞ」


レヴ

『覚えておこう』


ゼノスが大笑いする。


ゼノス

「よし! とりあえず飛べ!」


恒一

「結局それかよ」


ゼノス

「身体で覚えるのが一番早い!」


レヴは崖を蹴った。


黒い身体が空へ躍り出る。


昨日より明らかに安定している。


恒一も背中の上で周囲を見る余裕があった。


恒一

「よし、少しだけ右へ傾けろ」


レヴ

『分かっている。昨日の俺とは違う』


恒一

「その台詞が怖いんだって……」


レヴは慎重に身体を傾けた。


ほんの少しだけ。


すると黒い身体がゆっくり右へ流れる。


恒一

「おっ!」


レヴ

『曲がった』


恒一

「曲がったぞ!」


レヴ

『なるほど。こういう――』


グルンッ!!


恒一

「うおぉぉぉぉぉぉ!?」


レヴ

『おおおおおっ!?』


身体が横回転した。


恒一

「だから極端なんだよぉぉぉ!!」


レヴ

『加減が分からん!!』


ミリアは腹を抱えて笑っていた。


ミリア

「だから言ったじゃない! 力みすぎなのよ!」


エリシア

「本人達は真面目なのよ!?」


ゼノスも大笑いする。


ゼノス

「でも今のは良かったぞ! 初めて自分の意思で曲がった!」


失敗だった。


だが昨日とは違う。


確かに曲がった。


その後も何度も飛んだ、何度も失敗した。


それでも少しずつ、本当に少しずつだが身体が風に馴染み始める。


夕方。


訓練を終えた一行は竜の郷の大食堂へやって来ていた。


巨大な肉料理が並び、人間用の食事も用意されている。


レヴは山のような肉を前に満足そうだった。


恒一

「お前、本当に肉好きだな」


レヴ

『飛んだ後だからな』


恒一

「関係あるのか?」


レヴ

『ある』


ミリア

「今日のレヴは結構良かったわよ。昨日よりちゃんと飛竜っぽかったし」


レヴ

『昨日は飛竜ではなかったのか?』


ミリア

「昨日は飛ぶ岩」


恒一

「またそれか」


フェルド

『否定は出来ない』


レヴ

『お前まで言うのか』


再び笑いが起きる。


そこへ少し遅れてレオンが食堂へ入って来た。


恒一

「お、レオンさん」


レオン

「訓練は終わったのか」


ゼノス

「終わったぞ!」


レオンは席へ着くと恒一を見る。


レオン

「聞いたぞ。旋回を覚え始めたらしいな」


レヴ

『まだ少しだ』


レオン

「飛べなかった奴が三日でそこまで行けば十分だ。まだ下手だが昨日よりはマシになった」


恒一

「それ褒めてます?」


レオン

「褒めている」


恒一

「分かりづらいんだよなぁ……」


エリシアが苦笑する。


ルミナスも小さく笑った。


そんな賑やかな空気の中、レヴは黙って肉を食べていた。


しばらくしてレヴがぽつりと呟く。


レヴ

『……悪くないな』


恒一

「何がだ?」


レヴ

『訓練もそうだが、こういうのも悪くない』


食堂が一瞬だけ静かになる。


ミリア

「今のレヴが言うの珍しくない?」


エリシア

「かなり珍しいわね」


レヴ

『うるさい』


恒一は思わず笑った。


飛べなかった黒竜。


孤独だった黒竜。


そのレヴが今は仲間達と同じ食卓を囲んでいる。


それだけで十分な変化だった。


レヴは窓の外に見える夕焼け空を見上げる。


明日はもっと飛べる。


そんな気がしていた。


――第九十九話 終――

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