第九十六話 飛ぶ為には根性論?
その日の夕方。
アルディウスとの話を終えた恒一とレヴは、ゼノスとグランヴァルドに連れられて竜の郷の外れへ向かっていた。
ゼノスはやたら機嫌が良い。
一方の恒一は嫌な予感しかしなかった。
恒一
「なあゼノス。さっきから聞こうと思ってたんだけど、本当に飛行訓練なんだよな?」
ゼノス
「もちろんだ! レヴを飛べるようにするんだからな!」
恒一
「それは分かる。でも何でこんな山奥まで来てるんだ?」
ゼノス
「見れば分かる!」
恒一
「その台詞で分かった試しがないんだよな……」
やがて目的地へ到着する。
そして恒一は絶句した。
目の前に広がっていたのは巨大な崖だった。
下が見えない。
というより途中から雲がかかっていて見えなくなっている。
落ちたら助からない。
それだけは分かった。
恒一
「……帰ろう」
ゼノス
「何でだ?」
恒一
「何でじゃないだろ!? 飛行訓練って聞いてたから来たのに何で崖なんだよ!」
ゼノス
「飛ぶからだ!」
恒一
「説明になってねぇ!」
グランヴァルドはいつものように落ち着いていた。
グランヴァルド
『飛行竜は本来飛び方を教わらん。身体が覚えているからな』
恒一
「いやいやいや、身体が覚えてるってそんな根性論みたいな話あるか?」
グランヴァルド
『ある』
ゼノス
「ある!」
恒一
「二人とも即答するな!」
レヴは崖の下を見下ろしていた。
風が吹き上がり黒い翼が揺れる。
レヴ
『つまりここから飛べばいいのか?』
グランヴァルド
『そうだ』
レヴ
『簡単に言うな』
ゼノス
「大丈夫だ! 落ちても俺達が拾う!」
恒一
「その言い方だと落ちる前提じゃねぇか!」
ゼノスは大笑いする。
だがグランヴァルドは真面目だった。
グランヴァルド
『レヴ。お前は飛べないのではない。飛び方を忘れているだけだ。ならば思い出せ』
レヴ
『……』
グランヴァルド
『何度失敗しても構わん。落ちる事を恐れるな』
しばらく沈黙が続く。
やがてレヴは小さく頷いた。
レヴ
『分かった』
恒一
「待て待て待て。本当にやるのか?」
レヴ
『飛べるようになるために来たんだろう』
恒一
「それはそうだけど!」
レヴ
『ならやるしかない』
そう言うとレヴは崖の先端へ歩いていく。
風が強い。
黒い翼が大きく広がる。
ゼノスが嬉しそうに叫んだ。
ゼノス
「行けぇぇぇぇ!!」
恒一
「うるせぇ!」
レヴは深く息を吐いた。
そして。
迷いを振り切るように前へ踏み出す。
次の瞬間黒い身体が崖の外へ消えた。
恒一
「レヴ!」
落ちる。
ただひたすら落ちる。
翼は開いている。
だが浮かない。
風を掴めない。
加速しながら地面へ向かっていく。
恒一
「飛んでないぞ!?」
ゼノス
「飛んでないな!」
恒一
「見れば分かるわ!!」
地面が迫る。
激突まであと数秒。
その瞬間だった。
グランヴァルドが崖から飛び出した。
銀色の巨体が凄まじい速度で急降下する。
そして落下するレヴを器用に掴み、そのまま大きく旋回して崖の上へ戻ってきた。
レヴ
『……』
グランヴァルド
『どうだった?』
レヴ
『死ぬかと思った........』
ゼノス
「いい感想だ!」
恒一
「良くねぇよ!」
そして二回目。
失敗。
三回目。
失敗。
四回目、五回目。
失敗。
何度飛び降りても結果は変わらなかった。
レヴはただ落ちる。
グランヴァルドが回収する。
また登る。
そして飛び降りる。
その繰り返しだった。
日が傾く頃にはゼノスまで腕を組んで考え込んでいた。
ゼノス
「何か思い出さないのか?」
レヴ
『何も思い出さん』
ゼノス
「飛んでた記憶とか」
レヴ
『無い』
ゼノス
「うーむ……」
恒一
「お前が悩む側なのかよ」
ゼノス
「悩むぞ! 思ったより飛ばない!」
恒一
「鳥みたいに言うな!」
やがて空が赤く染まり始める。
グランヴァルドは空を見上げた。
グランヴァルド
『今日はここまでだな』
ゼノス
「そうだな。暗くなると危ない」
恒一
「今さら危険を気にするんだな……」
レヴは崖の縁に座り込んだ。
肉体的な疲労はほとんど無い。
だが精神的な疲労は大きかった。
レヴ
『.........飛べる気がしない』
珍しく弱気な言葉だった。
恒一はその隣へ腰を下ろす。
恒一
「初日だろ。そんなもんじゃないのか?」
レヴ
『アルディウスは飛べると言った』
恒一
「言ったな」
レヴ
『だが何も分からん』
恒一
「俺だって最初は竜の背中に三秒しか乗れなかったぞ」
レヴ
『比較対象がおかしい』
恒一
「失礼な」
レヴ
『事実だ』
少しだけ。
ほんの少しだけ笑ったように見えた。
恒一も笑う。
恒一
「まあ焦るな。飛べなかったら明日また飛べばいい」
レヴ
『簡単に言う』
恒一
「俺は飛ばないからな」
レヴ
『卑怯だな』
恒一
「だろ?」
二人は夕焼け空を見上げた。
飛べなかった。
一度も飛べなかった。
だが不思議と絶望はしていない。
明日もある。
明後日もある。
新人戦まで時間は少ない。
それでも前へ進むしかなかった。
遠くからその様子を見ていたグランヴァルドは静かに目を細める。
そして誰にも聞こえない声で呟いた。
グランヴァルド
『……焦るな。お前は必ず飛ぶ』
その言葉だけが夕暮れの風に消えていった。
――第九十六話 終――




