第九十五話 封印を解く鍵
その日の夕方。
恒一とレヴはゼノスとグランヴァルドに案内され、再び火口湖を見下ろす岩山へ向かっていた。
ゼノスは上機嫌だった。
ゼノス
「長老に呼ばれるなんて久しぶりだな!」
恒一
「そんなに珍しいのか?」
ゼノス
「珍しいぞ! 基本的に長老は自分から誰かを呼んだりしないからな!」
グランヴァルド
『竜族でも数えるほどしか例がない』
恒一
「......聞けば聞くほど行きたくなくなってきたんだけど」
ゼノス
「安心しろ!」
恒一
「何がだよ?」
ゼノス
「俺も何言われるか分からん!」
恒一
「全然安心できねぇよ!」
グランヴァルド
『いつも通りだな』
そんなやり取りをしながら洞窟へ到着する。
巨大な洞窟の最奥で黄金の巨竜は静かに待っていた。
アルディウス
『来たか』
恒一
「呼ばれましたので」
アルディウス
『うむ』
しばらくの沈黙。
やがて黄金の長老は静かに口を開いた。
アルディウス
『まずは名乗っておこうかの』
恒一達は顔を上げる。
アルディウス
『儂の名はアルディウス』
『最後の神竜種にして、竜族の長じゃ』
恒一
「神竜種……」
アルディウス
『人間達からは神竜やエンシェントドラゴンなどと呼ばれておるな』
恒一
「そりゃそう呼ばれますよ……」
本気で山にしか見えない。
別の呼び方が思い浮かばなかった。
ゼノス
「だろ!」
恒一
「何でお前が誇らしげなんだよ」
ゼノス
「細かい事は気にするな!」
レヴはアルディウスを見上げていた。
だが今回は自分の過去を聞くために来たわけではない。
今、一番知りたい事がある。
レヴ
『長老』
アルディウス
『何じゃ?』
レヴ
『俺は飛べるようになるのか?』
洞窟の空気が変わった。
恒一も無意識に息を呑む。
アルディウスはしばらくレヴを見つめていたが、やがて静かに頷いた。
アルディウス
『飛べる』
恒一
「本当ですか!?」
レヴも目を見開いた。
アルディウス
『本来のお主は飛べぬ存在ではない。飛行竜が飛べぬ方がおかしいのだ』
恒一
「じゃあ何で今まで飛べなかったんです?」
アルディウス
『封印されておるからだのぉ』
レヴ
『封印……』
アルディウス
『お主の飛行能力も魔力も本来持つ力の大半を封じられておる』
恒一
「ほぼ全部じゃないですか」
アルディウス
『だから飛べぬ』
レヴは黙り込む。
どこか予想していた答えだった。
だが実際に言われると重みが違う。
レヴ
『封印を解くことはできるのか?』
アルディウス
『できるとも言えるし、できないとも言えるのぉ』
恒一
「......結局どっちなんですか?」
アルディウス
『儂にはできぬということじゃよ』
恒一
「どういう事ですか?」
ゼノスが吹き出した。
ゼノス
「ははははは!! 長老は昔からこうなんだよな!」
恒一
「笑い事じゃないんだが!?」
アルディウスは全く動じない。
アルディウス
『レヴナントにかけられた封印は外からは壊せぬ。じゃから内側から破るのじゃよ』
レヴ
『.....どうすればいい?』
アルディウス
『飛べ』
恒一
「いやいやいや! 飛べないからここまで来たんですよ!? それが出来るなら苦労してません!」
ゼノス
「確かに!」
アルディウス
『だから飛ぶのじゃよ』
恒一
「説明が雑すぎません!?」
グランヴァルドが小さくため息を吐く。
グランヴァルド
『長老の説明は昔からこうだ』
恒一
「誰か翻訳してくれ.....」
アルディウス
『要するに、お主は飛べない竜ではないという事だ』
レヴ
『……』
アルディウス
『飛べないのではなく、飛ぶ事を忘れておる』
レヴ
『忘れている?』
アルディウス
『その通りじゃ』
黄金の瞳がレヴを見つめる。
アルディウス
『封印は力だけを封じるものではない、同時に記憶も封じる』
レヴ
『記憶……』
アルディウス
『お主は飛び方を忘れておるのじゃよ』
洞窟が静まり返った。
恒一も息を呑む。
レヴは生まれてから一度も飛んだ事がないと思っていた。
だが違う。覚えていないだけなのだ。
アルディウス
『飛ぶ感覚を思い出すんじゃ。それが封印を破る第一歩となる』
恒一
「つまり飛行訓練を続ければ……」
アルディウス
『封印は少しずつ揺らぐ』
レヴ
『……飛べるようになるんだな』
アルディウス
『なる』
今度の返答には迷いが無かった。
レヴは空を見上げる。
ずっと諦めていた。
飛べない飛行竜。
そう呼ばれてきた。
だが、飛べる。
その可能性がある。
それだけで胸の奥が熱くなった。
アルディウス
『ゼノス』
ゼノス
「おう!」
アルディウス
『グランヴァルド』
グランヴァルド
『承知した』
アルディウス
『お主たちに任せる』
ゼノスが満面の笑みを浮かべた。
ゼノス
「任せろ!!」
グランヴァルド
『飛べるようになるまで付き合おう』
恒一
「助かる」
レヴ
『頼む』
するとゼノスがニヤリと笑った。
嫌な予感しかしない笑顔だった。
ゼノス
「よし! じゃあ早速始めるか!」
恒一
「明日からか?」
ゼノス
「何で明日なんだ?」
恒一
「え?」
ゼノス
「今からだ!!」
恒一
「今から!?」
レヴ
『今からなのか』
グランヴァルド
『そういう男だ』
ゼノス
「新人戦まで時間が無いんだろ? だったら一刻も無駄にできない!」
恒一
「それはそうだけど!」
ゼノス
「行くぞレヴ!」
レヴ
『分かった』
アルディウスは静かにその様子を見守っていた。
長い時を経て帰ってきた黒竜。
止まっていた運命。
封じられた力。
そして空。
レヴは洞窟の外に広がる夕焼け空を見上げる。
飛べる。
今はまだ信じ切れない。
それでも、初めてその言葉を信じてみたいと思った。
――第九十五話 終――




