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第九十二話 北方禁域

飛行船三日目。


巨大な魔導飛行船は今日も順調に北の空を進んでいた。


王都周辺の緑豊かな景色は既に遠い。


眼下に広がる大地は徐々に荒々しさを増し、森林は減り、黒い岩肌が目立つようになってきていた。


飛行甲板では恒一達が景色を眺めていた。


恒一

「本当に別の国みたいだな。三日しか飛んでないのに、王都の近くとは景色が全然違うじゃねぇか」


エリシア

「私もここまで北へ来たのは初めてよ。聞いてはいたけど、本当に人が住んでる気配が無いのね」


レオン

「ここから先は北方禁域の外縁部だ。魔物も増えるし環境も厳しくなる」

「普通の人間が好き好んで近付く場所じゃない」


ルミナス

『竜達の縄張りも増えてきますわ。人間の国と竜族の領域、その境目に近付いているという事です』


恒一

「なるほどなぁ……」


その時。


ゼノスが前方を見ながら腕を組んだ。


ゼノス

「景色は面白くなってきたな。昨日までは森ばっかりだったのに、ようやく禁域らしくなってきた」

「これなら少しは退屈しなくて済みそうだ」


グランヴァルド

『昨日散々騒いでおいてよく言う』


ゼノス

「仕方ないだろ。あんな空を見せられたら飛びたくなるんだから」


エリシア

「その結果、レースの途中から私を追い回し始めたのは誰だったかしら?」


ゼノス

「いやぁ、つい楽しくなってな!」


エリシア

「勝負になってなかったのよ!」


ミリア

「私は面白かったから良し!」


フェルド

『お前は本当に楽しそうだったな』


ミリア

「だって凄かったのよ!? グランヴァルドとルミナスが本気で飛び回るんだもの! 」

「あれ競技場でやったら満員になるわよ!」


バルド

「なるほど」


恒一

「考えるなよ」


バルド

「飛行竜模擬戦観覧事業……」


恒一

「だから考えるなって言ってるだろ!!」


親子は同時に首を傾げた。


恒一は頭を抱えた。


その頃。


食堂ではレヴが朝から幸せそうだった。


目の前には山盛りの肉。


レヴ

『素晴らしいな。この焼き加減は実に良い。表面は香ばしく、中は柔らかい』

『しかも塩加減まで完璧だ。飛行船というものは乗り心地だけでなく食事まで優秀なのか』


船員A

「今日も始まったな……」


船員B

「肉の時だけ別竜なんだよな」


レヴ

『別竜ではない。肉への敬意を語っているだけだ』


船員A

「その敬意が深すぎるんだよ」


レヴ

『安心しろ。まだ昼食と夕食の評価も残っている』


船員達

「「安心できない!!」」


その時。


見張り台から鐘の音が鳴り響いた。


カァン!!


カァン!!


船員

「前方に北方大山脈を確認!!」


食堂の空気が変わる。


レヴも肉を咥えたまま顔を上げた。


飛行甲板には既に全員が集まっていた。


恒一は前方を見て言葉を失う。


そこには巨大な山脈があった。


山。


という言葉では足りない。


まるで世界そのものを分断する壁だった。


果てしなく続く岩山。


天を突くような峰々。


その向こう側は雲に隠れて見えない。


恒一

「でかいとかそういうレベルじゃねぇな……」


レオン

「北方大山脈だ。王国最北端を守る天然の壁でもある」


エリシア

「こんなの越えようと思う人いるの?」


ゼノス

「普通はいないな」


グランヴァルド

『だからこそ禁域なのだ』


ルミナス

『あの向こうが竜族の領域ですわ』


ミリア

「何か冒険って感じがしてきたわね」


フェルド

『今さらか』


ミリア

「今さらよ!」


夕方。


気温はさらに下がっていた。


恒一は防寒具を羽織りながら甲板に立っていた。


隣には珍しくレヴがいる。


肉は持っていない。


ただ黙って山脈を見ていた。


恒一

「珍しいな。食堂じゃないのか?」


レヴ

『今日は十分食べた』


恒一

「十分で済む量じゃなかった気がするが」


レヴは答えない。


ただ前方を見つめていた。


恒一も同じ方向を見る。


巨大な山脈。


その先にある竜の郷。


しばらく沈黙が続いた。


やがてレヴが小さく呟く。


レヴ

『変だな』


恒一

「何がだ?」


レヴ

『初めて行く場所のはずだ。なのに懐かしい気がする』


恒一

「懐かしい?」


レヴ

『分からん』


短い返事だった。


だが、その視線はずっと山脈の向こうを見ていた。


恒一

「まぁ、行けば分かるさ」


レヴ

『そうだな』


それ以上の会話は無かった。


だがレヴが珍しく自分から景色を眺めている姿に、恒一は少しだけ違和感を覚えた。


その頃。


遥か北。


活火山群の中心部。


巨大火口の最深部。


一頭の古竜がゆっくりと目を開いた。


黄金の瞳。


長い年月を生きた竜族の長老。


エンシェントドラゴン。


その視線は遥か南。


近付きつつある飛行船の方角へ向いていた。


エンシェントドラゴン

『近いの……』


静かな声が火口に響く。


エンシェントドラゴン

『ようやくここまで来たか』


その表情はどこか懐かしそうだった。


そして。


少しだけ優しかった。


巨大な魔導飛行船は北へ進み続ける。


竜の郷まで――あと一日。


――第九十二話 終――

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