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第九十一話 空の王者達

飛行船二日目。


巨大な魔導飛行船は今日も順調に北の空を進んでいた。


空は青く、風は穏やかで、旅そのものは驚くほど快適だった。


――少なくとも普通の人間にとっては。


飛行甲板の手すりにもたれながら、ゼノスは大きなため息を吐いた。


ゼノス

「暇だなぁ……。」

「昨日は飛行船に乗っただけで楽しかったんだが、流石に二日目になると飽きてきたぞ。

 景色は綺麗だし船も立派だ。でもなぁ、飛行竜乗りとしては何かが足りないんだよ」


恒一

「何だよその飛行竜乗り特有の理論は」


ゼノス

「だって見ろよ。空だぞ? 」

「こんなに広い空が目の前にあるのに、飛ばずに船の上でじっとしてろって方が無理だろ」


レオン

「お前の場合、地上でもじっとしていないだろう」


グランヴァルド

『むしろ今の方が静かなくらいだな』


エリシア

「でも少しだけ分かる気もするわ。飛行船は便利だけど、自分で飛ぶのとは全然違うもの」


ルミナス

『その意見には同意しますわ。空を飛んでいるのに翼を使わないというのは少し不思議な感覚ですもの』


ゼノスの目が輝いた。


恒一はそれを見て嫌な予感しかしなかった。


ゼノス

「よし決めた!せっかく飛行竜が三頭もいるんだからこのまま目的地まで大人しくしているのは勿体ない。」

「勝負しようぜ!!!」


エリシア

「嫌よ」


即答だった。


ゼノス

「何でだよ!? まだ内容も聞いてないだろ!?」


エリシア

「どうせ飛んで競争しようとかそんな話でしょう? あなたが考えそうな事なんて大体予想できるわ」


恒一

「正論だな」


レオン

「正論だ」


グランヴァルド

『正論だ』


ゼノス

「味方が一人もいないんだが!?」


その時だった。


ミリアが勢いよく立ち上がる。


ミリア

「それよ!! さっきから何か足りないと思ってたのよ!! 」

「こんな広い空があって飛行竜までいるのに、みんな景色見ながらお茶飲んでるだけなんだもの。

 飛行竜同士の本気の勝負なんて競技場でも滅多に見られないのよ!? やらないなんて勿体ないじゃない!!」


フェルド

『お前は本当に面白そうな事が好きだな』


ミリア

「好きよ? 面白い事を見逃したら人生損じゃない」


ゼノス

「話が分かるじゃないか!!」


恒一

「お前ら本当に意気投合するな……」


その頃。


食堂ではレヴが山盛りの肉を前に幸せそうな顔をしていた。


レヴ

『肉は素晴らしい。焼いて良し、煮て良し、そのままでも良し』

『やはり肉こそ世界を支える偉大な存在だ』


船員A

「何か哲学みたいになってるぞ……」


船員B

「朝から何皿目だっけ?」


レヴ

『安心しろ。まだ本気ではない』


船員達

「「その言葉が一番怖い!!」」


その時、上の甲板からゼノスの大声が響いた。


ゼノス

「勝負だぁぁぁぁぁ!!」


レヴ

『……また始まったな』


船員A

「何でしょうね?」


レヴ

『どうせゼノスだ』


船員達は深く納得した。


十分後。


飛行船上空。


グランヴァルドとルミナスが向かい合っていた。


ゼノス

「久しぶりだな!! こういうのはやっぱり血が騒ぐ!! 手加減なしで行くぞ!!」


エリシア

「望むところよ。後で負けた言い訳だけは聞かないから」


ルミナス

『私も久しぶりに全力で飛ばせていただきますわ』


一方のミリアは当然のようにフェルドの背中によじ登っていた。


フェルド

『何故乗る?』


ミリア

「近くで見たいからに決まってるじゃない!! こんなの飛行船の上から見るだけじゃ勿体ないわよ!!」


フェルド

『知っていた』


開始と同時にグランヴァルドが加速した。


黒い巨体が風を裂く。


続いてルミナスが白銀の翼を広げ、一気に空へ舞い上がった。


空を駆ける二頭の飛行竜。


急上昇。


急降下。


鋭い旋回。


どちらも一歩も譲らない。


飛行船の甲板では歓声が上がっていた。


ミリア

「行けぇぇぇ!! ルミナス負けるな!! そこだ!! 今なら抜ける!!」


フェルド

『まだ並んでいる』


ミリア

「応援は気持ちが大事なのよ!!」


レオンは腕を組みながら静かに空を見上げていた。


恒一

「レオン、楽しそうだな」


レオン

「そう見えるか?」


恒一

「少なくとも普段よりはな」


レオンは少しだけ目を細める。


レオン

「昔を思い出しただけだ」


それ以上は語らなかった。


恒一も聞かなかった。


しばらくして食事を終えたレヴが甲板へやって来た。


レヴ

『何をしている?』


恒一

「見りゃ分かるだろ。レースだよ」


レヴは空を見上げた。


白銀のルミナス。


黒きグランヴァルド。


二頭はまるで空そのものと遊んでいるようだった。


レヴ

『速いな』


恒一

「まぁ飛行竜だからな」


レヴはしばらく何も言わなかった。


ただ黙って空を見ている。


恒一は少し不思議に思った。


いつものレヴなら「肉」と言って終わるはずだったからだ。


恒一

「どうした?」


レヴ

『……羨ましい』


恒一

「え?」


レヴ

『あいつらだ』

『ルミナスもフェルドもグランヴァルドも好きな時に飛べる。好きな場所へ行ける』

『ああいうのを見ると少し羨ましい』


恒一は少し驚いた。


今までのレヴなら絶対に口にしない言葉だった。


レヴ

『飛行竜なのに飛べないというのは格好悪いだろう』


恒一

「そんな事ねぇよ」


レヴ

『ある』


即答だった。


レヴは空を見上げたまま続ける。


レヴ

『D級へ行きたい。恒一と走りたい。ルミナス達みたいに空を飛びたい』

『だから……少し焦る』


その言葉は真っ直ぐだった。


恒一は少しだけ笑う。


恒一

「だったら飛べるようになるしかないな。だから俺達は竜の郷へ向かってるんだろ?」


レヴ

『そうだな』


恒一

「方法は見つかるさ」


レヴ

『見つかるといい』


少しだけ沈黙が流れる。


そして。


レヴ

『見つかったら肉も増える』


恒一

「最後で全部台無しだよ!!」


思わず笑いが漏れた。


勝負は最後まで決着が付かなかった。


決着がつかなかったというよりも、途中からゼノスの悪い癖が出て

ひたすらルミナスを追いかけ回してレースにならなかったのだ。


それでもエリシアもゼノスも満足そうな顔をしている。


ミリア

「最高だったわ!! 次はもっと近くで見たい!!」


フェルド

『まだ近付くのか』


ゼノス

「やっぱり空は最高だな!!」


ルミナス

『久しぶりに気持ちよく飛べましたわ』


賑やかな笑い声が響く。


その輪を少し離れた場所から見ながら、レヴはもう一度空を見上げた。


先程までルミナス達が駆けていた青空。


レヴ

『待っていろ』


誰にも聞こえないほど小さな声だった。


レヴ

『俺も飛ぶ』


巨大な魔導飛行船は北へ進み続ける。


目的地までは、あと二日。


――第九十一話 終――

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