第九十話 北への空路
ゴォォォォォ……
巨大な魔導飛行船は北の空を進んでいた。
王都を出発して半日。
眼下には果てしない森林が広がり、その向こうには連なる山脈が見える。
恒一は飛行甲板の手すりにもたれながら景色を眺めていた。
恒一
「飛んでるなぁ……」
エリシア
「飛行船だからね」
恒一
「いや、分かってるんだけどさ」
レオン
「相変わらず馬鹿だな」
恒一
「何でだよぉ?」
レオン
「飛んでいる船を見て飛んでると言ったからだ」
恒一
「ぐっ…正論が腹立つ…」
ルミナスは甲板の端から景色を眺めていた。
ルミナス
『不思議な気分ですわ』
エリシア
「何が?」
ルミナス
『私達飛行竜は空を飛ぶ側ですもの』
ルミナス
『空を飛ぶ乗り物に乗るという経験は初めてですわ』
恒一
「確かにな」
ルミナス
『便利なのは認めますが少し複雑ですわね』
エリシア
「飛行竜としてのプライド?」
ルミナス
『少しだけですわ』
レオン
「そのうち慣れる」
ルミナス
『慣れたくない気もしますわ』
その頃食堂では。
ミリア
「美味しい!!」
バルド
「流石ミリアちゃんです!!」
ミリア
「何が!?」
バルド
「この料理の素晴らしさを瞬時に見抜くとは!!」
フェルド
『誰でも分かると思うが』
バルド
「流石フェルド君!!」
フェルド
『何故私まで褒められた!?』
ミリア
「このスープも美味しい!」
バルド
「素晴らしい!!」
バルド
「味覚も一流です!!」
ミリア
「普通に美味しいって言っただけよ!?」
バルド
「その表現力が素晴らしいのです!!」
フェルド
『重症だな』
ミリア
「重症よ」
その隣ではレヴが幸せそうに肉を食べていた。
レヴ
『肉』
モグモグ。
レヴ
『肉追加』
モグモグ。
レヴ
『もう三枚、肉追加』
バルド
「お口に合いましたか?」
レヴ
『最高だ!!』
バルド
「ありがとうございます!」
レヴ
『この船好きだ』
バルド
「光栄です!」
ミリア
「レヴの評価基準、肉しかないじゃない」
レヴ
『重要だぞ』
フェルド
『否定はできん』
◇◇◇
船内通路。
ゼノス
「迷った!!」
グランヴァルド
『知っていた』
ゼノス
「おかしいだろ!!」
グランヴァルド
『三回目だ』
ゼノス
「広すぎるんだ!!」
グランヴァルド
『頭が悪いだけでは?』
ゼノス
「酷い!?」
通り掛かった船員が困った顔をする。
船員
「お客様」
ゼノス
「おう!」
船員
「食堂は反対方向です」
ゼノス
「やっぱりか!!」
グランヴァルド
『予想通りだ』
ゼノス
「何でだよ!?」
夕方。
食堂で大量の肉を平らげたレヴは、暇になったのか珍しく飛行甲板へ出ていた。
赤く染まる空。
吹き抜ける風。
恒一は手すりにもたれながら空を見ていた。
恒一
「お?」
レヴ
『む』
恒一
「珍しいな」
レヴ
『何がだ?』
恒一
「お前が甲板にいるの」
レヴ
『食糧庫を追い出された』
恒一
「何やったんだ」
レヴ
『肉を見ていた』
恒一
「何時間?」
レヴ
『二時間』
恒一
「はは、そりゃ〜追い出されるわ」
レヴは恒一の隣へ座った。
しばらく二人で空を眺める。
恒一
「……」
レヴ
『……』
珍しく沈黙だった。
レヴ
『空は広いな』
恒一
「そうだな」
レヴ
『ルミナスもフェルドも』
『いつもこんなのを見ているのか』
恒一
「多分な」
レヴ
『ふむ』
風が吹く。
遥か下を雲が流れていく。
レヴ
『飛ぶとどんな感じだ?』
恒一
「ん?」
レヴ
『楽しいのか?』
恒一は少しだけ笑った。
恒一
「それ本人達に聞けよ」
レヴ
『それもそうだな』
少しだけ。
本当に少しだけ。
レヴの視線は空へ向いていた。
夜。
魔導飛行船は静かに北の空を進んでいた。
展望甲板。
頭上には満天の星空が広がっている。
エリシア
「綺麗ね……」
ルミナス
『空の上から見る星空も悪くありませんわね』
ミリア
「こんなに星が見えるなんて」
フェルド
『地上とは違うからな』
恒一
「確かに凄いな」
レオン
「王都では見られん景色だ」
その時。
近くを通った船長へ恒一が声を掛けた。
恒一
「そういえば」
恒一
「竜の郷まであとどれくらいなんだ?」
船長
「順調に進んでおります」
船長
「このままなら竜の郷まではあと三日ほどですな」
恒一
「三日か」
エリシア
「思ったより遠いのね」
レオン
「竜の郷は北方禁域のさらに奥だからな」
ルミナス
『近い方ですわ』
恒一
「そうなのか?」
ルミナス
『普通に向かえば数週間掛かる距離ですもの』
恒一
「飛行船すげぇ……」
その時だった。
ゼノス
「長ぇぇぇぇぇ!!」
全員が振り返る。
ゼノス
「まだ三日もあるのか!?」
グランヴァルド
『近い方だ』
ゼノス
「暇だ!!」
グランヴァルド
『知っている』
ゼノス
「何かしようぜ!!」
グランヴァルド
『寝ろ』
ゼノス
「却下だ!!」
レオン
「元気だな」
エリシア
「元気過ぎるわね」
ミリア
「ちょっと分かる」
フェルド
『お前もか』
恒一は苦笑した。
目的地までは、まだ長い旅になりそうだった。
その頃。
遥か北。
人の国から遠く離れた禁域。
活火山群の中心にある巨大火口の奥で一頭の老竜が静かに目を開く。
エンシェントドラゴン
『……』
黄金の瞳が北の夜空を見上げる。
長老の視線は遥か彼方。
まだ見えぬ飛行船の方角へ向いていた。
エンシェントドラゴン
『来るか』
静かな声だった。
エンシェントドラゴン
『ようやくの』
誰に向けた言葉なのか。
その場に答えられる者はいない。
ただ長き時を生きた竜だけは知っていた。
運命が再び動き始めた事を。
巨大飛行船は満点の星空の下北へ進む。
――第九十話 終――




