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第八話 飛べない竜

第八話 飛べない飛行竜


翌日から恒一の生活はさらに忙しくなった。


朝は竜のしっぽ亭で働き、昼は竜舎で訓練を受け、夜はまた宿へ戻って働く。


当然ながら楽ではない。


数日も経たないうちに身体中が筋肉痛になった。


恒一は朝から腕を回しながら顔をしかめる。


恒一

「筋肉痛が筋肉痛を呼んでるんだけど……。もうどこが痛いのか分からないぞ」


ガロン

「情けねぇな。若い頃はもっと動けただろうが」


恒一

「若くねぇんだよ。四十手前のおっさんに毎日これをやらせるな」


ガロン

「まだ三十八だろ」


恒一

「だからキツいんだって言ってるんだよ!」


ガロンは豪快に笑った。


恒一は不満そうにしながらも仕事を続ける。


疲れてはいる。


だが竜舎へ向かう時間だけは不思議と楽しみだった。


その日の昼。


恒一が竜房へ入ると、黒竜はいつものように干し草の上で寝転がっていた。


赤い瞳がこちらを見る。


黒竜

『来たか』


恒一

「来たぞ」


黒竜

『昨日は三秒だったが、今日は何秒だ?』


恒一

「秒数で数えるな」


恒一

「覚えてるのかよ。性格悪いなお前」


黒竜

『そうか?面白かったからな』


恒一

「そうだよ」


黒竜は鼻を鳴らした。


笑っているらしい。


最初に会った頃と比べると随分変わった。


少しずつだが、二人の距離は確実に近付いていた。


訓練場へ向かうとレオンが待っていた。


だが今日はいつもと様子が違う。


レオン

「今日は騎乗訓練はしない」


恒一

「助かった……と言いたいところですけど、絶対別の地獄が待ってますよね」


レオン

「よく分かってるじゃないか」


恒一

「最近学びました」


レオンは頷く。


そして黒竜を指差した。


レオン

「今日は観察だ」


恒一

「観察?」


レオン

「相棒を知らずに乗るな。竜騎手ならまず自分の竜を知れ」


そう言うとレオンは恒一を見る。


レオン

「この竜の長所は何だ?」


恒一は少し考えた。


恒一

「よく食う」


レオン

「短所は?」


恒一

「よく食う」


レオン

「帰れ」


恒一

「何でだよ!?」


黒竜

『事実ではある』


レオン

「竜まで認めるな」


恒一

「ほらコイツも言ってるじゃないですか!」


レオン

「それ以外を見ろ」


恒一

「はい……」


そこから恒一は真面目に観察を始めた。


食べ方。


歩き方。


呼吸。


視線。


寝方。


何気なく見ていた時には気付かなかった事が次々見えてくる。


その中で一つだけ気になる事があった。


黒竜は異常なほど疲れない。


若竜達が休憩している間も平然としている。


何周歩いても息が乱れない。


恒一

「レオンさん。この黒竜って他の竜より疲れにくくないですか?」


レオン

「気付いたか」


恒一

「やっぱりそうなんですね」


レオン

「異常だな。少なくとも普通じゃない」


恒一は神眼を発動してもう一度黒龍を見る。


【持久力:E】

【成長率:SSS】

【飛行適性:測定不能】


恒一

(またか……)


飛行適性だけが理解できない。


測定不能。


何度見てもその表示だけがおかしかった。


午後になるとレオンは恒一を訓練場の端へ連れて行った。


そこでは若い飛行竜達が飛行訓練を行っている。


翼を広げる。


助走する。


そして空へ舞い上がる。


恒一は思わず見入ってしまった。


恒一

「すげぇな……」


レオン

「D級から先は飛べなければ話にならん」


恒一

「そんなに重要なんですか?」


レオン

「重要だ。F級とE級は地上競走だが、D級からは飛行区間がある。飛べない竜は出走資格すらない」


恒一は隣を見る。


黒竜は黙って空を見上げていた。


若竜達が飛ぶ姿をただ静かに見つめている。


恒一

「飛びたいのか?」


黒竜

『分からん』


恒一

「分からない?」


黒竜

『飛んだ事がないからな。飛びたいのかどうかも分からん』


レオン

「一度もか?」


黒竜

『一度もだ』


レオンも少し驚いていた。


黒竜はしばらく空を見上げたまま呟く。


黒竜

『ただ見ていると気になる。何故かは分からん』


恒一は空を見上げた。


もしかすると飛べないのではない。


飛び方を知らないだけなのかもしれない。


その時、神眼の表示が一瞬だけ揺れる。



【飛行適性:測定不能】

【飛行適性:???】



ほんの一瞬。


だが恒一は確かに見た。


恒一

(お前……本当に何者なんだ)


黒竜は何も知らない。


ただ空を見ている。


まるで何かを思い出そうとしているようだった。


その横顔を見ながら恒一は小さく笑う。


恒一

「まあ飛べるかどうかは置いといて、まずは俺が落ちないようになるのが先だな」


黒竜

『確かに』


レオン

「その通りだ」


恒一

「否定してくれません?」


レオン

「事実だからな」


黒竜

『事実だ』


恒一

「味方がいない……」


レオンはそんな二人を見ながら腕を組んだ。


落ちこぼれの黒竜。


騎竜経験のない素人。


普通なら誰も期待しない組み合わせだった。


だがレオンには妙な予感があった。


根拠はない。


それでも確信だけは日に日に強くなっていく。


この一人と一頭は何かを起こす。


そんな気がしてならなかった。


――第八話 終――

内容を一部修正しました。

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