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第七話 名前のない竜

翌日、恒一はガロンに事情を説明して早朝から竜舎を訪れていた。


朝の空気は冷たく、竜舎の周囲には既に何頭もの竜の鳴き声が響いている。


その中で、レオンは竜舎の前に立っていた。


腕を組み、こちらを見ている。


まるで最初から待っていたかのようだった。


レオン

「来たか。逃げなかったのは褒めてやる」


恒一

「来ますよ。逃げる理由がないですから」


黒竜

『俺は少し期待していた』


恒一

「何をだよ?」


黒竜

『お前が逃げれば昼寝の時間が増える』


恒一

「ひどい相棒だな」


レオンは小さく鼻を鳴らした。


笑ったのかもしれない。


レオン

「ついて来い」


恒一と黒竜は後を追った。


歩きながらレオンが話し始める。


レオン

「まず勘違いするな。競竜は遊びじゃない」

「新人戦は地上戦だ。空を飛ぶ必要はない。だがだからといって安全という訳でもない」


恒一はレオンの言葉にうなづき真面目な顔になる。


レオン

「転倒すれば骨くらい簡単に折れる。竜同士がぶつかれば大怪我もする。油断していい世界じゃない」


恒一

「分かりました!」


レオン

「分かった顔じゃないな」


恒一

「いや、思ったより危険なんだなって」


レオン

「危険だから面白いんだ」


その言葉には妙な説得力があった。


やがて訓練場へ到着する。


流星竜舎の訓練場は広かった。


何頭もの竜が走り回り、調教師達が怒鳴り声を上げている。


恒一は思わず感嘆の声を漏らした。


恒一

「すげぇ……」


レオン

「見惚れてる暇はない」


そう言ってレオンは一枚の書類を差し出した。


恒一

「これは?」


レオン

「新人戦の登録書だ」


恒一は受け取る。


そこには竜主名、騎手名、所属竜舎などが記載されていた。


そして。


竜名。


恒一

「あ」


レオン

「どうした?」


恒一

「名前の欄があります」


レオン

「当然だ。それがどうかしたのか?」


恒一

「……」


レオン

「……まさか」


恒一

「……」


レオン

「付けてないのか?」


恒一

「………実は……まだです」


レオンは深いため息を吐いた。


レオン

「買って一週間だぞ」


恒一

「なんか違う気がして」


黒竜

『タイミングが無かった』


レオン

「竜まで言い訳するのか」


恒一

「いや、本当に何か違うんですよ。思いつきで付けたくなくて」


レオンは少し考えた後、頷いた。


レオン

「まあいい。登録までまだ時間はある」


黒竜

『別に急がなくてもいい』


レオン

「駄目だ」


黒竜

『即答だな』


レオン

「レースに出る以上、名前は必要だ」


恒一

「考えておきます」


レオン

「そうしろ」


話はそこで終わりレオンは黒竜を指差す。


レオン

「さて。乗れ」


恒一

「え?説明は?」


レオン

「乗れ」


恒一

「……あの、コツとか」


レオン

「いいから乗れ」


恒一

「…………いや、心の準備とか」


レオン

「さっさと乗れ」


黒竜

『諦めろ』


恒一は大きくため息を吐いた。


そして黒竜の横へ向かう。


黒竜

『落ちるなよ』


恒一

「不吉なこと言うな」


何とか鱗を掴み、背中によじ登る。


思ったより高い。


それでも苦労しながら跨ることに成功した。


恒一

「おお……乗れた」


黒竜

『乗れたな』


レオン

「思ったよりマシだ」


その瞬間黒竜が立ち上がった。


視界が一気に高くなる。


恒一

「高っ!」


黒竜はゆっくり歩き始めた。


一歩。


二歩。


三歩。


そのたびに恒一の体が左右へ揺れる。


恒一

「待て待て待て待て!」


黒竜

『歩いているだけだ』


恒一

「めちゃくちゃ揺れて怖いんだよ!」


レオン

「腹を脚で挟め」


恒一

「無理だろ!」


レオン

「なぜだ?」


恒一

「見ろよこの胴体! 人間の脚の長さで挟めるサイズじゃない!」


黒竜

『失礼だな』


レオン

「気合いで挟め」


恒一

「脳筋か!!」


さらに数歩進む。


恒一は必死にしがみつく。


黒竜

『少し速くするぞ』


恒一

「待っ――」


トッ。


黒竜が軽く駆け出した。


その瞬間恒一の体が後ろへ吹っ飛ぶ。


レオン

「脚の力を抜くな」


恒一

「無理だろぉぉぉぉ!!」


ドォォォン!!


見事な放物線を描き、恒一は地面へ突き刺さった。


土煙が舞い上がる。


しばらくして。


煙の中から声が聞こえた。


恒一

「生きてる……」


レオン

「頑丈だな」


恒一

「褒めてます?」


レオン

「褒めてない」


その時、訓練場の柵の向こうから豪快な笑い声が響く。


ガロン

「ぶはははは!!」


恒一

「!?ガロン!!いたのかよ!」


ガロン

「おう!面白そうだから見に来た!」


黒竜

『予想以上に早かったな』


恒一

「お前まで言うな!」


レオン

「過去最速かもしれんな」


恒一

「そんな記録いらないんですが!」


全員が笑った。


恒一は仰向けになりながら空を見る。


全身が痛い、腕も足も背中も痛い。


だが不思議と嫌ではなかった。


レオン

「よし、今日のところはこれで終わりだ。明日も来いよ」


恒一

「もちろん!」


レオン

「まずは十秒間乗っていられるようになることだな」


恒一

「目標が低くないですか!?」


ガロン

「いや今のコウイチなら十分高い目標だろ」


黒竜

『十分だな』


恒一

「味方がいない……」


訓練場から竜房までの帰り道。


朝より少しだけ黒竜との距離が縮まった気がした。


恒一は隣を歩く黒竜を見ながら呟く。


恒一

「名前かぁ……」


黒竜

『無理に付けなくてもいい』


恒一

「そういう訳にもいかないだろ。レースに出るなら必要らしいし」


黒竜

『変な名前だけはやめろよ』


ガロン

「コウイチに名付けのセンスがあると思えねぇなぁ」


恒一

「失礼な」


黒竜

『お前は付けそうだ』


恒一

「否定できないな」


黒竜

『………不安になってきた』


恒一は苦笑した。


名前。


それは竜主として最初に贈るもの。


だからこそ適当には決めたくなかった。


この時はまだその名前が後に王国中へ轟くことになるとは、誰も知らなかった。


ガロン

「コウイチ、身体は大丈夫か?」


恒一

「たぶん」


ガロン

「なら問題ねぇな。さっさと帰って昼の仕込みだ」


恒一

「鬼かお前は!」


ガロン

「はははは!飯を食いたきゃ働け!!」


恒一

「この脳筋がぁぁぁぁぁ!!」


ガロンの笑い声が響く。


黒竜もどこか楽しそうに鼻を鳴らした。


こうして。


未来の竜王とその相棒はまだ名前も無いまま少しずつ前へ進み始めていた。


――第七話 終――

内容を一部修正しました。

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