第六話 金がないなら走ればいい
黒竜を買ってから一週間が過ぎた。
恒一の生活は思った以上に忙しかった。
朝は竜のしっぽ亭の掃除から始まり、昼は配膳や買い出し、夜は皿洗い。
閉店後になると流星竜舎へ向かい、黒竜の様子を見てから宿へ戻る。
そんな毎日だった。
昼時の竜のしっぽ亭は今日も賑わっている。
恒一が料理を運んでいると、常連客の一人が大声で手を振った。
常連A
「コウイチ! 今日も忙しそうだな! すっかり宿の人間になっちまったじゃねぇか!」
恒一
「なりたくてなった訳じゃないんですけどね。最初は皿洗いの話だったんですよ?」
ガロン
「皿洗いだろ」
恒一
「どこがだよ。掃除して、水汲んで、薪割って、買い出しして、配膳までしてるんだぞ?」
ガロン
「細けぇなぁ。全部まとめて皿洗いだ」
常連B
「ガロン、お前ぇそれは無理があるだろ!」
店内に笑いが広がる。
恒一も苦笑しながら肩を竦めた。
異世界へ来たばかりの頃は知り合いも金も無かった。
それが今では顔見知りが増え、冗談を言い合える相手までいる。
悪くない日々だった。
その夜。
仕事を終えた恒一は流星竜舎へ向かった。
いつもの竜房へ入ると、黒竜が干し草の上で寝転がっている。
赤い瞳が恒一を見た。
黒竜
『来たか。今日は少し遅かったな。皿洗いとやらはそんなに大変なのか?』
恒一
「皿洗いだけならそんなに大変じゃない。問題は皿洗い以外の仕事が多すぎることだ」
黒竜
『人間は大変だな』
恒一
「お前は訓練とかしてないのか?」
黒竜
『半分は食って寝ているだけだ』
恒一
「羨ましいな」
黒竜
『代わるか?』
恒一
「遠慮する」
黒竜は少しだけ喉を鳴らした。
笑っているらしい。
最初に会った頃と比べると、随分と表情が増えた気がする。
恒一は柵にもたれながら財布を取り出した。
中には銀貨が二枚。
黒竜も首を伸ばして覗き込む。
黒竜
『少ないな』
恒一
「増えたんだぞ。先週はゼロだった」
黒竜
『二枚だろう? 誤差ではないのか?』
恒一
「……酷いこと言うなよ」
恒一は大きくため息を吐いた。
恒一
「竜舎代とお前の餌代で月に銀貨五枚。俺の生活費もある。正直かなり厳しい」
黒竜
『つまり詰んでいるのか?』
恒一
「かなり詰んでる」
黒竜
『なるほど』
黒竜はしばらく考え込む。
そして真顔で言った。
黒竜
『では俺は野生に帰ろう』
恒一
「帰る場所あるのか?」
黒竜
『ない』
恒一
「却下だ」
黒竜
『そうか』
どこか残念そうだった。
竜舎から戻った恒一は、机に突っ伏していた。
ガロンは酒を飲みながらその姿を見て笑う。
ガロン
「コウイチなんだその顔は。まるで人生に絶望したヤツみたいだぞ」
恒一
「実際かなり絶望してるよ。竜舎代に生活費。働いても働いても金が残らないんだから」
ガロン
「それは最初から分かってた話だろ」
恒一
「分かってたはいたけど現実になると重いんだよ」
ガロンは酒を一口飲むと、少し考えるように天井を見上げた。
そして不意に口を開く。
ガロン
「だったら競竜に出ればいい」
恒一
「競竜?」
ガロン
「ああ。新人戦なら優勝賞金は銀貨三十枚だ」
恒一は勢いよく顔を上げた。
銀貨三十枚。
今の自分には夢のような金額だった。
恒一
「そんなにもらえるのか!? それだけあれば竜舎代もしばらく払えるし、生活も楽になるじゃないか!」
ガロン
「勝てばな」
その一言で現実に引き戻される。
恒一
「待って。騎手はどうするんだ? 俺に知り合いなんていないぞ」
ガロン
「雇うしかないな」
恒一
「騎手っていくら位で雇えるんだ?」
ガロン
「安くても銀貨十枚」
恒一
「無理だ」
ガロン
「無理だな」
二人同時にため息を吐いた。
翌朝。
黒竜は朝飯を食べていた。
朝から竜舎に来ていた恒一は腕を組みながら難しい顔をしている。
黒竜はそれを見て嫌そうな顔になった。
黒竜
『その顔は良くないな。ろくでもないことを考えている顔だ』
恒一
「失礼なやつだな」
黒竜
『事実だろう』
否定できなかった。
恒一は咳払いを一つする。
恒一
「なあ。新人戦に出ないか?」
黒竜は咀嚼を止めた。
黒竜
『賞金目的か』
恒一
「生活がかかってるからな」
黒竜
『正直で良い』
恒一
「だろ?」
黒竜
『だが騎手はどうする』
その言葉に恒一は黙り込んだ。
騎手。
最大の問題だった。
そしてその瞬間、神様から与えられた能力が恒一の頭をよぎる。
《魔獣使い》
魔獣との意思疎通。
信頼。
連携。
恒一はゆっくり顔を上げた。
黒竜は本能的に嫌な予感を覚える。
恒一
「そうだ! 騎手を雇う金がないなら俺が乗ればいいんじゃないか?」
黒竜
『……は? 正気か?』
恒一
「たぶん」
黒竜
『たぶんで命を懸けるな』
その時だった。
レオンは少し離れた場所から二人のやり取りを聞いていた。
レオン
「面白いことを言うな」
振り返るとレオンが立っていた。
いつから聞いていたのか分からない。
恒一
「レオン」
レオン
「新人戦に出るつもりなのか? 出るなら竜の乗り方を教えてやろう」
恒一
「本当ですか!? 出たいです!!」
レオンは恒一と黒竜を見比べる。
そして小さく笑った。
レオン
「ああ。ただし甘く見るな。競竜は遊びじゃないし、新人戦だからといって命の危険が無い訳でもない」
「新人戦まで残り二十日、その間に竜騎手としての基礎を叩き込む」
黒竜
『急にまともな話になったな』
恒一
「お願いします!」
レオン
「言っておくが訓練はきついぞ。途中で泣き言を言っても知らんからな」
黒竜
『今ならまだ逃げられるぞ?』
恒一
「逃げない」
レオン
「なら決まりだな」
こうして。
未来の竜王と呼ばれる男は。
人生で初めて竜騎手への一歩を踏み出した。
始まりは壮大な夢でも伝説でもない。
竜舎代を払うためだった。
――第六話 終――
内容を一部修正いたしました。




