第五話 銀貨三枚の相棒
翌朝、恒一は開店前の竜のしっぽ亭を飛び出した。
ポケットには銀貨三枚。
異世界へ来て初めて自分で稼いだ金だった。
そして黒竜を迎えに行くための金だった。
ガロン
「慌てるな」
後ろから声が飛んでくる。
振り返るとガロンが歩いてきていた。
恒一
「慌てるだろ。売れたら終わりなんだぞ!」
ガロン
「その黒竜が売れると思うか?」
恒一
「……思わない」
ガロン
「だろうなぁ」
二人は顔を見合わせて笑った。
王都竜市場。
朝だというのに大勢の人で賑わっていた。
恒一は迷わず市場の隅へ向かう。
そこには変わらず檻があった。
そして黒竜もいた。
小さな体。
艶の少ない黒い鱗。
細い首。
頼りない翼。
周囲の竜達が次々と売れていく中で、ずっとそこに残されていたのだろう。
黒竜が顔を上げると赤い瞳が恒一を捉えた。
しばらく見つめ合う。
そして。
黒竜
『……本当に来たのか』
恒一
「約束したからな」
黒竜は何も言わない。
だが昨日より少しだけ目が柔らかかった。
恒一は改めて神眼を発動する。
名称:未登録
種族:飛竜種
属性:闇
年齢:2歳
健康状態:栄養失調
能力:E 速度:E 持久力:E 魔力:E
総魔力量:100
【隠し情報】
成長率:SSS
能力上限:EX 速度上限:EX
持久力上限:EX 魔力上限:EX
忠誠心:測定不能
特殊能力《竜王因子》
発現率:0.1%
総魔力量:1,000,000
使用可能魔力量:100
状態:封印中
恒一は心の中で唸った。
表面上は最弱。
だが隠された能力だけ見れば化け物だった。
こんな竜が銀貨三枚。
どう考えてもおかしい。
恒一
(競馬なら誰も気付いてない超大穴だな)
ますます欲しくなった。
老人
「おう兄ちゃん。また来たのか」
恒一
「来るって言っただろ」
恒一は銀貨を取り出した。
チャリン。
銀貨三枚。
老人は目を丸くする。
老人
「本当に買うのか?」
恒一
「買う」
老人
「後悔するぞ」
恒一
「その時はその時だ」
老人は呆れたように笑った。
老人
「変わり者め」
銀貨を受け取る。
そして。
ギィ……
檻の扉が開いた。
自由になった黒竜は動かなかった。
ただ静かに座っている。
恒一が近付く。
黒竜が見上げた。
黒竜
『……そうか。ついに売れたか』
恒一は首を傾げる。
黒竜
『食われるのか?』
恒一
「は?」
黒竜
『仕方ない。弱いからな。肉になった方が役に立つ』
恒一は言葉を失った。
売れ残り。
欠陥竜。
失敗作。
そんな言葉を何度聞いてきたのだろう。
だから、買われる理由が分からない。
生かされる理由も分からない。
黒竜
『最後くらいは暴れない。迷惑もかけない』
恒一は頭を掻いた。
恒一
「お前さ。誰が食うって言った?」
黒竜が固まる。
黒竜
『……違うのか? 肉屋ではない? 料理人でもない?』
恒一
「違う」
黒竜
『では何だ?』
恒一は笑った。
恒一
「お前の相棒だ」
黒竜
『……は?』
完全に固まった。
ガロンが盛大に吹き出す。
ガロン
「お前いきなり何言ってんだ!」
恒一
「思ったまま言っただけだ」
ガロン
「普通はもっと考えるだろ!」
市場の人間達も笑い始める。
黒竜だけが理解できていなかった。
市場を出ると恒一の後ろを黒竜は歩いていた。
時々。
本当に食われないのか確認するようにチラチラ見てくる。
恒一
「なんだよ?」
黒竜
『いや……変な人間だと思って』
恒一
「よく言われる」
後ろでガロンが頷いた。
ガロン
「それは間違いない」
しばらく歩いたところでガロンが立ち止まった。
ガロン
「で? どこへ連れて行くんだ?」
恒一
「宿だ」
ガロン
「この黒竜は?」
恒一
「一緒に泊まる」
沈黙。
ガロンが額を押さえた。
ガロン
「お前なぁ……竜が人間用の部屋に入れると思ってんのか?竜舎は? 飼育設備は? 餌代はどうする?」
恒一
「……」
ガロン
「おい」
恒一
「……何も考えてなかった」
黒竜も気付いたらしい。
黒竜
『何も考えてないのか?』
恒一
「お前も言うな」
黒竜
『……不安になってきた』
恒一
「俺もだ…」
ガロンは深いため息を吐いた。
ガロン
「しょうがねぇな。竜舎に知り合いがいるから頼みに行ってみるか」
恒一
「妙に詳しいんだな」
ガロン
「競竜好きだからな。昔から世話になってる奴がいるんだよ」
連れて行かれたのは王都の外れだった。
《流星竜舎》
年季の入った看板が揺れている。
竜舎主が出てきてガロンを見る。
竜舎主
「久しぶりだな」
ガロン
「相変わらず生きてたか」
どうやら本当に知り合いらしい。
事情を説明すると話はすぐにまとまった。
竜舎主
「預かるのは構わん」
恒一
「本当か!」
竜舎主は頷く。
だが次の言葉で空気が変わった。
竜舎主
「ただし月銀貨五枚だ」
恒一の笑顔が消える。
恒一
「……は?」
竜舎主
「餌代込みなら安い方だぞ」
黒竜も固まった。
黒竜
『……高いな』
恒一
「だよなぁ?」
黒竜
『高い』
恒一
「だよな」
ガロン
「意気投合してる場合か!」
恒一は財布を開く。
残金、ゼロ。
黒竜も財布を覗き込む。
黒竜
『終わってないか?』
恒一
「詰んでるな。見事なくらい詰んでる」
ガロン
「感心してる場合か!!」
ガロンの怒鳴り声が響いた。
黒竜はしばらく恒一を見つめていたが、やがて小さく呟いた。
黒竜
『……お前、本当に大丈夫なのか?』
恒一
「………多分な」
黒竜
『不安しかない』
こうして恒一は黒竜という相棒を手に入れた。
そしてわずか数時間後。
再び無一文になった。
――第五話 終――
内容を一部修正しました。




