第四話 銀貨三枚の約束
異世界へ来て二日目。
恒一の一日は朝早かった。
まだ日も昇り切らない時間から掃除を始め、開店準備を手伝う。
最初は皿洗いだけだと思っていた。
だが現実は違った。
掃除。
配膳。
買い出し。
薪割り。
水汲み。
皿磨き。
気付けば宿屋の雑務全般を任されている。
恒一
「これ皿洗いじゃないですよね?」
薪を抱えながら文句を言う。
ガロン
「皿洗いだ」
恒一
「どこがです?」
ガロン
「細けぇなぁ。全部だよ」
意味が分からない。
だがガロンは本気だった。
昼。
竜のしっぽ亭は常連客で賑わっていた。
恒一が料理を運んでいると、常連の一人が競竜新聞を広げる。
常連A
「兄ちゃん! 今日の雷鳴杯どう思う?」
恒一
「またですか?」
常連A
「いいから見てくれよ」
半ば強引に新聞を渡される。
恒一は苦笑しながら受け取った。
そこには出走する競走竜の一覧が載っていた。
恒一は周囲に気付かれないよう神眼を発動する。
名称:サンダークロウ
種族:飛竜種
属性:風
年齢:8歳
健康状態:良好
能力:C 速度:B 持久力:C 魔力:D
総魔力量:1,250
別の競走竜を見る。
名称:ライトニング
種族:飛竜種
属性:風
年齢:7歳
健康状態:軽度疲労
能力:B 速度:A 持久力:D 魔力:C
総魔力量:1,900
まだ神眼の見方は完全には分からない。
だが健康状態や能力差くらいなら何となく理解できる。
しばらく見比べた後、一頭を指差した。
恒一
「俺ならこれかな」
常連A
「本当か?」
恒一
「知りませんよ。勘だし」
結果。
その日の競竜で、その競走竜が勝った。
翌日。
常連Aが店へ飛び込んできた。
常連A
「兄ちゃん!!」
恒一
「なんです?」
常連A
「当たったぞ!!」
常連B
「俺も兄ちゃんの予想に乗ったら当たった!!」
常連C
「酒代が増えた!!」
なぜか宿中が盛り上がりガロンは呆れた顔をしていた。
ガロン
「なんで分かるんだ?」
恒一
「勘です」
ガロン
「絶対嘘だろ」
正解だった。
そんな日々を過ごし。
異世界へ来て四日目。
夕方。
竜のしっぽ亭は今日も賑わっていた。
配膳を終えた恒一へ、ガロンが小さな袋を放ってくる。
ガロン
「ほらよ」
恒一は慌てて受け取り中を覗く。
袋の中には銀貨が三枚入っていた。
恒一は目を見開く。
ガロン
「三日分の給料だ」
異世界で初めて稼いだ金だった。
そして約束を果たせる金だった。
ガロン
「嬉しそうだな」
恒一は袋を握り締める。
恒一
「買いたい竜がいるんです」
ガロン
「竜?」
恒一
「ええ」
ガロン
「どんなやつだ?」
恒一
「黒竜です」
数秒。
沈黙。
そしてガロンが盛大に吹き出した。
ガロン
「待て待て待て!! まさか市場の隅にいるあの黒竜か!?」
恒一
「知ってるんですか?」
ガロン
「王都で知らない奴はいねぇよ!!」
店内もざわついた。
常連A
「飛べない飛竜だろ?」
常連B
「競竜どころか荷運びも無理だぞ」
常連C
「まだ生きてたのかあいつ」
散々な評価だった。
だが恒一は真顔だった。
恒一
「俺は買う」
その一言で店内が静かになる。
ガロンも笑うのをやめた。
ガロン
「本気か?」
恒一
「ええ」
ガロン
「なんでだ?」
神眼の事は言えない。
だから少しだけ本音を話した。
恒一
「目ですよ」
ガロン
「目?」
恒一
「あいつの目です。あれは全部諦めた奴の目じゃなかった」
市場で見た赤い瞳を思い出す。
誰からも期待されない。
誰にも必要とされない。
それでも。
どこかで諦めきれていない目だった。
恒一
「走れない竜の目には見えなかった」
ガロンは黙って聞いていた。
しばらくして大きく息を吐く。
ガロン
「変なやつだなお前」
恒一
「よく言われます」
ガロンは苦笑した。
そして酒を一口飲む。
ガロン
「分かった。明日俺も行く」
恒一
「市場にですか?」
ガロン
「ああ。その見る目とやらを見せてもらおうじゃねぇか」
恒一は笑った。
恒一
「後悔しますよ」
ガロン
「それはこっちの台詞だ。どうせ止める事になる気がするからな」
店内から笑い声が上がる。
常連A
「そうだそうだ!」
常連B
「銀貨三枚捨てるようなもんだ!」
常連C
「せめて飛べる竜を買え!」
恒一は肩を竦めた。
だが気持ちは変わらない。
閉店後。
部屋へ戻った恒一はベッドへ倒れ込んだ。
手の中には銀貨三枚。
市場で交わした約束を思い出す。
『今は金がないだけだ。必ず迎えに来る』
あの時の黒竜は何も答えなかった。
信じていなかったのだろう。
それでもいい。
明日、迎えに行く。
銀貨三枚。
黒竜を買うための金額は。
ようやく揃った。
明日。
全てが始まる。
――第四話 終――
内容を一部修正しました。




