第七十一話 拠り所
恒一
「ウオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
深夜の竜のしっぽ亭に絶叫が響き渡った。
数秒後。
ドンドンドンドンドン!!
ガロン
「うるせぇぇぇぇぇぇぇ!!」
恒一
「ガロン!!」
ガロン
「何だ今のは!?」
恒一
「すり鉢貸せ!!」
ガロン
「は?」
恒一
「すりこ木も!!」
ガロン
「何言ってんだお前?」
恒一
「頼む!!」
ガロン
「だからそんなもん何に使うんだよ!?」
恒一
「説明してる暇が無い!!」
ガロン
「今何時だと思ってやがる!!」
恒一
「知らん!!」
ガロン
「夜中だ!!」
恒一
「そんな事どうでもいい!!」
ガロン
「良くねぇよ!!」
十分後。
恒一の部屋。
テーブルの上には麻袋。
すり鉢には籾付きの米。
それを恒一はすりこ木でする。
ゴリゴリ。
ゴリゴリ。
ゴリゴリ。
籾殻が削られていく。
少しずつ。
殻が削れ玄米が出てくる。
ゴリゴリ。
ゴリゴリ。
ゴリゴリ。
恒一はひたすら同じ作業を繰り返していた。
気付けば窓の外は白み始めていた。
翌朝。
流星竜舎。
レヴ
『恒一』
恒一
「おう!レヴ!おはよう!!」
レヴ
『肉は?』
恒一
「……」
レヴ
『忘れたな』
恒一
「悪い悪い!忘れてたよ〜!」
レヴ
『昨日言った』
恒一
「そうだよな!ごめんな!」
レヴ
『忘れた』
恒一
「うん、すっかり忘れてた!」
レヴ
『最低だな』
恒一
「返す言葉もない、俺が悪いよな〜!ごめんな!」
ニコニコとレヴに謝る恒一。
エリシア
「珍しく素直ね」
ルミナス
『いつもなら言い訳しますのに』
レヴ
『妙に機嫌が良いな』
エリシア
「確かに」
ルミナス
『昨日まで死にそうな顔でしたのに』
恒一
「そうか?」
レヴ
『気持ち悪い』
恒一
「酷くない?」
レオン
「訓練だ」
恒一
「おう!今日もやるぞ!!」
レオン
「今日は元気だな」
恒一
「いつも通りだろ!」
レオン
「気持ち悪い」
訓練終了後。
恒一は全力で竜のしっぽ亭へ戻った。
ガロン
「おい」
恒一
「後だ!!」
ガロン
「聞けよ!!」
恒一
「後だって!!」
厨房へ飛び込む。
昨夜作った玄米。
量は少ないが今の恒一には十分だった。
恒一
「よし」
木桶へ玄米を入れる。
水を注ぐ。
透明だった水が少しずつ濁る。
恒一は指先で優しくかき混ぜた。
懐かしい。
昔は面倒だった。
だが今は違う。
その薄ら濁った水すら懐かしかった。
一度水を捨てる。
もう一度水を入れる。
また混ぜる。
そして捨てる。
何度も、何度も。
やがて濁りが少なくなった。
恒一
「こんなもんか」
玄米を小鍋へ移す。
水を加えて蓋を閉める。
火をつけると小さな炎が鍋底を舐めた。
後は待つだけ。
なのだが。
恒一は落ち着かなかった。
座る。
立つ。
鍋を見る。
また座る。
数秒後。
また立つ。
ガロン
「なんなんだ?少しは落ち着け」
恒一
「無理だ」
ガロン
「飼料で何作ろうってんだよ?」
恒一
「飯だ」
ガロン
「飯だ?レヴの飯でも作ってやろうってのか?」
恒一
「違う!俺の飯だ!」
ガロン
「恒一、お前頭大丈夫?こりゃ家畜用の飼料だぞ?」
「訓練のし過ぎてついにイカれちまったか?」
コンコン。
ミリア
「ガロンいる?」
ガロン
「おう、ミリアか入れ」
ミリアが部屋へ入ってくる。
ミリア
「あら?恒一もいるじゃない?」
「って、あんた何してんのよ?」
ガロン
「それがよぉ。恒一のやつ家畜用の飼料を食おうとしてんだよ」
ミリア
「はあ?あんたそんなにお金が無いなら貸すわよ?」
恒一
「そうじゃねぇよ!!」
「いいから黙って見てろよ」
ガロンとミリアは呆れた顔で恒一を見る。
やがて。
鍋の中から小さな音が聞こえ始める。
コトコト。
コトコト。
恒一の表情が変わった。
恒一
「……」
ミリア
「何?どうしたのよ?」
恒一
「始まった」
ガロン
「何が始まったんだぁ?」
恒一
「炊飯」
ガロン・ミリア
「???」
湯気が立ち始める。
鍋の隙間から白い蒸気が漏れた。
ふわりと香りが広がる。
ミリア
「あら?いい匂い」
ガロン
「……飼料の匂いじゃねぇな」
恒一
「ふふふ、お前ら腰抜かすぞ」
火を弱める。
さらに待つ。
長い。
とても長く感じた。
やがて。
恒一は火を止めた。
ミリア
「終わったの?」
恒一
「まだだ、蒸らす」
ガロン
「面倒臭ぇ食い物だな」
恒一
「美味い物は大体面倒なんだよ」
さらに待つ。
そして。
恒一はゆっくり蓋へ手を掛けた。
恒一
「……」
少しだけ緊張する。
レース前みたいだった。
ゆっくり。
蓋を開ける。
ふわり。
白い湯気が立ち上る。
炊き上がった玄米が姿を見せた。
恒一
「……できた」
誰にも聞こえないくらい小さな声だった。
ミリア
「これが本当に食べられるの?」
恒一
「ああ食べる」
木の匙で米を掬う。
湯気とともに香りが厨房に漂う。
少しだけ手が震えた。
そして、口へ運ぶ。
二人が見守る。
静寂。
恒一
「……」
もう一口。
さらにもう一口。
ガロン
「ほら見ろ美味かねぇんだろ?」
恒一
「……美味い」
ミリア
「そんなに?」
恒一
「そんなに」
ガロン
「変な奴だな」
恒一
「かもな」
ミリア
「そんなに美味しいなら少し食べさせなさいよ」
恒一
「まぁ、待て。もっと美味く食べられるようにするから」
「ガロン、塩取ってくれよ」
ガロン
「あ?塩だけでいいのか?」
恒一
「ああ、塩だけで十分だ」
そう言うと、恒一は手に水をつけて炊きあがった玄米を
木匙ですくって手に乗せた。
恒一
「あちちち!」
ミリア
「あんた、そんなの熱いに決まってるじゃないの」
「火傷するわよ」
恒一
「まぁ、見てろって」
恒一はガロンから受け取った塩を少し手につけて
玄米を握り始めた。
恒一
「俺の故郷の料理でおにぎりって言うんだ」
「ほら食べてみろよ」
ミリア
「おにぎり?」
ガロン
「なんだ?ただ塩つけて丸めただけじゃねぇか」
恒一
「いいから、黙って食ってみろよ」
そう言うと恒一は二人の前におにぎりを差し出した。
ミリア
「見た目は貧相ね」
ガロン
「塩つけた家畜の餌だろこれ?」
そんな文句を言いながらも一口。
ガロン・ミリア
「「!!!!!」」
ミリア
「なにこれ!?ほんのり甘くて美味しい!」
ガロン
「なんだこりゃ!?本当にあの家畜の餌か!?」
恒一
「本当はもっと磨くと白くなって更に美味いんだけどな」
二人の反応を見て恒一は少しだけ笑って
おにぎりを口に運ぶ。
異世界に来てから初めて食べる。
懐かしい味だった。
夜。
小さな包みを持って恒一は竜舎に来ていた。
包みからおにぎりを取り出すとレヴの前に差し出す。
レヴ
『何だ?』
恒一
「朝は肉忘れて悪かったな。これ食ってみろよ」
レヴ
『肉か?』
恒一
「違う」
レヴ
『興味ないな』
恒一
「一つ食ってみろって」
レヴ
『仕方ない』
レヴは大きな口でおにぎりを一つ食べる。
モグモグ。
モグモグ。
数秒後。
レヴ
『肉ではないな』
恒一
「おにぎりって言うんだ」
レヴ
『肉の方が美味い』
恒一
「こっちのも食ってみろよ」
恒一は残ったおにぎりを指差す。
レヴ
『今食べただろ』
恒一
「いいから」
レヴは仕方なくもう一つのおにぎりを口にする。
レヴ
『!!!』
『美味い!肉が中に入って肉汁が周りに染み込んで』
『もっと無いのか!?』
恒一が用意したおにぎりは塩おにぎりと肉入りの二つだった。
恒一
「口にあってよかったよ」
「俺の故郷の味だ」
レヴ
『そうか』
『明日はもっと持ってこい』
恒一
「調子に乗るな」
恒一は穏やかな笑顔でレヴの背中を撫でた。
その瞬間レヴの脳裏に見たこともない景色が浮かんで
小さな男の子が笑顔でおにぎりを食べているシーンが流れた。
レヴ
『恒一これ....』
恒一
「ん?どうした?」
レヴ
『いや、なんでもない』
レヴはそれ以上何も言わず恒一の隣で目を閉じた。
ランキング戦まで残り一ヶ月。
共鳴はまだ完成しない。
不安も消えない。
だが。
恒一は少しだけ元気が戻った気がした。
――第七十一話 終――




