第六十六話 轍は裏切らない
ランキング戦まで残り二ヶ月。
王都西部にある轍竜舎。
まだ日も昇りきっていない早朝。
鉄でできた巨大な門が開く。
ボルグ
「起きろ」
アイアンシェル
『早い』
ボルグ
「いつもだ」
アイアンシェル
『知っている』
二人は並んで歩く。
朝の空気は冷たい。
だが。
竜舎は既に動き始めていた。
若い竜騎手達。
訓練中の竜達。
誰もが汗を流している。
その時。
一人の竜騎手が気付いた。
「あっ」
「ボルグ先輩だ!」
周囲が一斉に振り向く。
「ランキング一位!」
「アイアンシェル先輩!」
「レース見ました!」
「凄かったです!」
ボルグ
「朝から元気だな」
新人達
「先輩の方が元気です!」
アイアンシェル
『確かに』
ボルグ
「余計なことを言うな」
そんな時だった。
奥から低い声が響く。
???
「負けたそうだな」
空気が変わる。
新人達が慌てて道を空けた。
現れたのは一人の老人。
大柄。
筋骨隆々。
白髪。
顔には無数の傷。
轍竜舎の竜舎長。
ローガンだった。
ボルグ
「……ああ」
ローガン
「珍しいな」
ボルグ
「うるさい」
ローガン
「レヴナントか」
ボルグ
「ああ」
アイアンシェル
『完敗だったな』
ボルグ
「余計なことを言うな」
アイアンシェル
『事実だ』
ローガン
「だがランキングは一位だ」
ボルグ
「……」
ローガン
「納得していない顔だな」
ボルグ
「しているように見えるか?」
ローガン
「見えんな」
ボルグ
「なら聞くな」
順位は変わらなかった。
だが。
レースには負けた。
それだけは事実だった。
そして。
レオンの言葉も忘れられない。
――加速が遅い。
訓練場。
ローガンは腕を組んだ。
ローガン
「お前達は一歩遅い」
ボルグ
「俺達がか?」
ローガン
「そうだ」
アイアンシェル
『私だけではないのか?』
ローガン
「アイアンシェル」
アイアンシェル
『何だ?』
ローガン
「加速が遅い」
アイアンシェル
『否定できん』
ローガン
「ボルグ」
ボルグ
「何だ?」
ローガン
「判断が遅い」
ボルグ
「……」
ローガン
「指示も遅い」
ボルグ
「……...」
ローガン
「魔力伝達も雑だ」
ボルグ
「……......」
アイアンシェル
『全部事実だな』
ボルグ
「だから余計なことを言うな!!」
新人達が吹き出した。
ローガンは真顔だった。
ローガン
「笑い事ではない」
一瞬で空気が締まる。
ローガン
「お前達は強い」
ローガン
「だから見落としている」
ボルグ
「……」
ローガン
「トップ同士の勝負は脚力では決まらん」
アイアンシェル
『判断か』
ローガン
「そうだ」
午後。
ローガンは地面に一本の線を引いた。
ローガン
「ここから十歩」
ボルグ
「十歩?」
ローガン
「十歩だけで勝負しろ」
ボルグ
「何をだ?」
ローガン
「全てだ」
「判断」
「指示」
「加速」
ローガン
「全て十歩以内で終わらせろ」
ボルグ
「無茶だな」
ローガン
「だまって始めろ」
一回目。
ローガン
「スタート」
ボルグ
「今だ!」
アイアンシェル
『遅い』
ローガン
「失格」
ボルグ
「早過ぎるだろ!!」
ローガン
「だから負ける」
ボルグ
「……チッ」
二回目。
ボルグ
(今か)
(まだか)
(違う)
ローガン
「失格」
ボルグ
「まだ何もしていないぞ!?」
ローガン
「考えていた」
ボルグ
「当たり前だ!」
ローガン
「レース中に考える暇があるか」
ボルグ
「……」
アイアンシェル
『ないな』
ボルグ
「お前はどっちの味方だ...」
三回目。
四回目。
五回目。
何度も繰り返す。
汗が流れる。
息が荒くなる。
新人達もいつの間にか見守っていた。
誰も喋らない。
ただ見ている。
E級一位の訓練。
その重みを。
そして夕方。
ローガン
「最後だ」
ボルグ
「……ああ」
アイアンシェル
『行くぞ』
ローガン
「スタート」
その瞬間。
ボルグは考えなかった。
感じた。
魔力を流す。
最短で。
最速で。
ボルグ
(今だ!)
アイアンシェル
『応!!』
ドン!!
地面が弾ける。
今までより速い。
明らかに速い。
新人達が目を見開く。
ローガン
「……」
ボルグ
「どうだ!?」
ローガン
「六十点」
ボルグ
「......低いな」
アイアンシェル
『高い方だ』
ボルグ
「そうか?」
ローガン
「昨日なら三十点だ」
ボルグ
「半分か」
ローガン
「だから負けた」
ボルグ
「……ああ」
悔しい。
だが。
手応えもあった。
アイアンシェル
『悪くない』
ボルグ
「ああ」
アイアンシェル
『次は勝つ』
ボルグ
「ああ。次は勝つ」
夕日が千段坂を照らしていた。
ローガンは坂の先を見つめながら呟く。
ローガン
「才能は裏切る」
ボルグ
「縁起でもないな」
ローガン
「事実だ」
ローガン
「運も裏切る」
「仲間も裏切る」
アイアンシェル
『その通りだ』
ボルグ
「お前まで裏切るな!!」
新人達の笑い声が響いた。
ローガンは小さく笑う。
そして足元を見る。
無数の足跡。
無数の轍。
ローガン
「だが。轍は裏切らん」
アイアンシェル
『積み重ねたものは消えない』
ローガン
「そういうことだ」
派手な才能はない。
特別な血筋もない。
あるのは。
積み重ねだけ。
それでも。
いや、だからこそ。
ボルグとアイアンシェルはE級一位まで登り詰めた。
轍は裏切らない。
その言葉を証明するように。
二人は再び坂道へ向かって走り出した。
― 第六十六話 終 ―




