第六十一話 蒼天竜ヴァルディス
二十五年前。
まだレオンが十五歳だった頃。
流星竜舎は今よりずっと小さかった。
王都の外れにある古びた竜舎。
設備も古い。
所属騎手も少ない。
強豪竜舎とは程遠い。
それでもレオンは毎日通っていた。
誰よりも早く。
誰よりも長く。
いつか竜騎手になるために。
朝焼けの中。
レオンは竜舎の扉を開く。
レオン
「おはようございます」
ガロン
「遅い」
レオン
「まだ日の出前だぞ」
ガロン
「俺は二時間前からいる」
レオン
「明日は俺の方が早く来る」
ガロン
「そんなに早く来ても空いてねぇよ」
レオン
「駄目じゃねぇか」
ガロン
「俺は竜舎係だ」
「ここに住み込んでるんだ」
レオン
「勝負にならん」
そんな会話をしながら竜房を見て回る。
その時だった。
ドォォォン!!
竜舎全体が揺れた。
レオン
「何だ!?」
ガロン
「あぁ……」
レオン
「その反応は何だ」
ガロン
「まただ」
レオン
「また?」
ガロン
「問題児」
ガロン
「昨日来た」
レオンは首を傾げた。
そして。
問題の竜房を覗き込む。
そこには一頭の蒼竜がいた。
蒼い鱗。
黄金の瞳。
大きな翼。
美しい。
そう思ったのは一瞬だった。
蒼竜は壁を壊していた。
レオン
「何してるんだ?」
蒼竜
『狭い』
レオン
「壁壊してるぞ」
蒼竜
『狭い』
レオン
「会話にならねぇな」
ガロン
「だろ?」
蒼竜はこちらを見る。
黄金の瞳。
まるで値踏みするような視線だった。
しばらく見つめ合う。
そして。
蒼竜
『弱そうだな』
レオン
「は?」
蒼竜
『小さい』
レオン
「お前に言われたくない」
蒼竜
『ほぅ?喧嘩するか?』
レオン
「竜と人間だぞ?」
蒼竜
『言い訳か』
レオン
「性格悪いな」
ガロン
「昨日からずっとこんな感じだ」
蒼竜
『事実だ』
ガロン
「黙れ」
レオンは吹き出した。
蒼竜も少しだけ笑った。
それが。
レオンとヴァルディスの出会いだった。
その日の夕方。
レオンは再び竜房を訪れていた。
ヴァルディスは窓から空を眺めている。
レオン
「名前は?」
ガロン
「ヴァルディス」
レオン
「へぇ」
ガロン
「誰も乗れない」
レオン
「そうなのか」
ガロン
「三人振り落とした」
レオン
「危ないな」
ガロン
「一人目は泣いた」
レオン
「それは騎手としてどうなんだ」
ガロン
「二人目は辞めた」
レオン
「人間向き不向きがあるからな」
ガロン
「三人目は今も病院だ」
レオン
「終わってる」
ヴァルディス
『軟弱だった』
ガロン
「お前が言うな」
レオンは竜房の柵にもたれた。
ヴァルディスもこちらを見る。
レオン
「乗ってみるか」
ガロン
「は?」
レオン
「面白そうだ」
ガロン
「正気か?」
レオン
「たぶん」
ガロン
「たぶんで命を懸けるな」
ヴァルディス
『面白い』
ガロン
「お前も乗るな!」
翌日。
流星竜舎は朝から大騒ぎだった。
ガロン
「レオン!!」
レオン
「何だ!?」
ガロン
「ヴァルディスがいない!!」
レオン
「またか!?」
ガロン
「まただ!!」
ヴァルディスは脱走していた。
しかも。
竜舎から五キロ離れた丘で昼寝していた。
ガロン
「何してるんだ!!」
ヴァルディス
『風が気持ちいい』
ガロン
「帰れ!!」
ヴァルディス
『嫌だ』
ガロン
「帰れ!!」
ヴァルディス
『嫌だ』
レオン
「仲良いな」
ガロン
「良くねぇ!!」
そんな毎日だった。
喧嘩。
脱走。
説教。
また脱走。
誰もが問題児だと言った。
誰もが扱えないと言った。
それでも。
レオンだけは違った。
レオン
「飛ぶぞ」
ヴァルディス
『落ちるなよ』
レオン
「お前こそ」
ヴァルディス
『俺は落ちん』
レオン
「自信満々だな」
ヴァルディス
『当然だ』
初飛行。
初訓練。
初レース。
失敗も多かった。
怒鳴り合いもした。
殴りたくなった事もあった。
だが。
いつの間にか。
レオンとヴァルディスは誰よりも息が合うようになっていた。
そんなある日。
ガロンは訓練場の端で空を見上げていた。
隣には竜舎主がいる。
空高く。
蒼い竜が飛んでいる。
その背にはレオン。
誰より高く。
誰より速く。
誰より楽しそうに。
竜舎主
「面白いな」
ガロン
「何がです?」
竜舎主
「あいつらだ」
ガロンは空を見上げる。
竜舎主
「いつか」
竜舎主
「とんでもない所まで行くぞ」
ガロン
「そうですかね」
竜舎主
「間違いない」
蒼い空。
蒼い竜。
その背で笑うレオン。
まだ十五歳。
まだE級ですらない。
ただの少年だった。
だが。
その背中は誰よりも楽しそうだった。
ガロンは苦笑する。
ガロン
「まさかS級に行くとか言いませんよね?」
その時のガロンは。
まだ知らなかった。
この少年が。
後に【蒼天のレオン】と呼ばれる事を。
流星竜舎史上最高の竜騎手になる事を。
そして。
蒼天竜ヴァルディスが。
王都中にその名を轟かせる伝説の竜になる事を。
― 第六十一話 終 ―




