第五十九話 拾った男
ランキング戦まで残り三ヶ月。
今日は流星竜舎の大掃除の日だった。
竜房の清掃。
設備点検。
餌倉庫の整理。
竜達は全員外へ出されている。
当然レヴも追い出された。
そして当然のように。
竜のしっぽ亭のテラス席を占領していた。
レヴ
『肉』
ガロン
「まだ昼前だ」
レヴ
『肉』
ガロン
「聞け」
レヴ
『肉』
ガロン
「帰れ」
レヴ
『竜舎が使えん』
ガロン
「だからって何でここに来る」
レヴ
『客だからだ』
ガロン
「そうだったな」
恒一
「認めるのかよ」
ガロン
「金払ってるからな」
レヴ
『当然だ』
恒一
「俺の金だろそれ!」
レヴ
『客だからな』
ガロン
「その通りだ」
恒一
「俺の言葉が通じねぇな」
テラス席は広い。
竜が三頭いても余裕がある。
レヴは日向で寝転がりながら尻尾を揺らしていた。
完全にくつろいでいる。
まるで自分の家のようだった。
昼営業が終わる。
客達が帰り、店内には恒一とガロンだけが残った。
レヴはテラス席で丸くなり、目を細めている。
風が通る。
酒場の熱気が抜けた後の店内は静かだった。
恒一
「平和だな」
ガロン
「そうか?」
恒一
「レースもない」
「請求書もない」
ガロン
「そのうち来る」
恒一
「現実見せるのやめろ」
ガロン
「現実から逃げるな」
恒一
「逃げたい時もあるんだよ」
ガロンは酒を注ぎながら笑った。
そして。
ふと恒一を見た。
ガロン
「しかしなぁ」
恒一
「何だよ?」
ガロン
「人生分からんもんだ」
恒一
「急だな」
ガロン
「お前がな」
恒一
「俺?」
ガロン
「初めて見た時は、三日で消えると思ってた」
恒一
「失礼だな」
ガロン
「事実だ」
ガロン
「ひょろっちいし」
ガロン
「金は無いし」
「服は変だし」
恒一
「おい...悪口しかないな」
ガロン
「褒める所が無かった」
恒一
「酷ぇ」
ガロンは酒を一口飲んだ。
少しだけ懐かしそうに。
そして、少しだけ嬉しそうに笑う。
ガロン
「しかも自分で異世界人だとか言い出すしな」
恒一
「あー……」
ガロン
「あれは笑った」
恒一
「笑うなよ」
ガロン
「無理だ」
その言葉で。
恒一もあの日を思い出した。
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異世界へ来て二日目。
竜のしっぽ亭。
閉店後。
客は全員帰っていた。
昼間の喧騒が嘘のように静かで、厨房の奥から残り火の小さな音だけが聞こえていた。
恒一は夕食を食べ終えていた。
だが席を立てなかった。
二階に寝床を用意してもらった。
食事ももらった。
仕事も与えられた。
それでも。
胸の奥に引っかかっているものがあった。
この世界に自分がいる理由。
帰れるかも分からない不安。
そして。
自分が何者なのかを、誰にも言えていない怖さ。
ガロンはカウンターで酒を飲んでいた。
やがて、黙ったままの恒一を見て声をかける。
ガロン
「どうした」
恒一
「いや……」
ガロン
「飯が足りなかったか?」
恒一
「違う」
ガロン
「寝床なら二階だ」
恒一
「そうじゃなくて」
ガロン
「なら何だ」
恒一は答えられなかった。
ガロンは急かさない。
ただ酒を一口飲み、静かに待っていた。
その沈黙が、妙にありがたかった。
少しして、ガロンが先に口を開く。
ガロン
「そういや、お前どこの国から来た」
恒一
「……」
ガロン
「王国じゃないな」
恒一
「違う」
ガロン
「帝国でもない」
恒一
「違う」
ガロン
「じゃあどこだ」
恒一は息を吐いた。
言えば笑われる。
頭がおかしいと思われる。
この場所も失うかもしれない。
そう思った。
だが。
この男になら、少しだけ話してもいい気がした。
恒一
「信じないぞ」
ガロン
「聞いてから決める」
恒一
「笑うなよ」
ガロン
「内容による」
恒一
「そんなのばっかだな」
ガロン
「取り柄だからな」
恒一は苦笑した。
そして、意を決して口を開く。
恒一
「俺......」
「異世界から来た」
ガロン
「……」
恒一
「……」
ガロン
「異世界?」
恒一
「そう」
ガロン
「異国じゃなくて?」
恒一
「違う」
ガロン
「海の向こうでもなく?」
恒一
「違う」
ガロン
「大陸の外でもなく?」
恒一
「違う」
ガロン
「面倒くさいな」
恒一
「だから言いたくなかったんだよ」
ガロン
「分かるように説明しろ」
恒一
「俺だって分からないんだよ」
そこから恒一は話した。
競馬場のこと。
会社のこと。
スマホのこと。
車。
電車。
空を飛ぶ竜がいない世界。
魔法も存在しない世界。
そして。
神様に会ったこと。
気付いたらこの世界にいたこと。
ガロンは最初こそ怪訝な顔をしていたが、途中から茶化さなくなった。
ただ黙って聞いていた。
恒一
「金も無い」
「知り合いもいない」
「帰れるかも分からない」
「正直」
「かなり不安だった」
店内が静かになる。
ガロンはしばらく黙っていた。
沈黙が重い。
恒一は苦笑する。
恒一
「やっぱ変な話だよな」
ガロン
「そうだな」
恒一
「だろ?」
ガロン
「頭のおかしい話だ」
恒一
「ほらな」
ガロン
「だが」
恒一
「?」
ガロン
「お前は嘘が下手そうだ」
恒一
「褒めてる?」
ガロン
「褒めてない」
恒一
「だろうな」
ガロン
「それに」
ガロン
「そんな話を作れるほど賢そうにも見えん」
恒一
「毎回失礼だな!?」
ガロン
「事実だ」
ガロンは立ち上がった。
そして、恒一の前まで歩いて来る。
大きな手が、恒一の前に置かれた空の皿を雑に持ち上げる。
ガロン
「兄ちゃん」
恒一
「ん?」
ガロン
「異世界だろうが何だろうが、今いるのはここだ」
恒一
「……」
ガロン
「飯は出す」
「寝床もある」
「働け」
恒一
「最後だけ現実的だな」
ガロン
「生きるってのはそういうもんだ」
恒一
「信じるのか?」
ガロン
「半分くらいはな」
恒一
「半分かよ」
ガロン
「残り半分は、腹減り過ぎて頭がおかしくなったと思ってた」
恒一
「酷ぇな!」
ガロン
「だから飯食わせた」
恒一
「良い話っぽく言うな」
ガロン
「良い話だろ」
そこで初めて。
恒一は笑った。
この世界に来てから。
初めて少しだけ安心した瞬間だった。
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昼下がりの店内。
恒一はカウンターの椅子に座り、あの日と同じようにガロンを見ていた。
恒一
「あの時よく信じたよな」
ガロン
「信じちゃいねぇ」
恒一
「は?」
ガロン
「今でも半信半疑だ」
恒一
「おい」
ガロン
「だがな」
ガロン
「異世界人だろうが何だろうが、今のお前は恒一だ」
恒一
「……」
ガロン
「うちの従業員で」
ガロン
「金欠で」
ガロン
「問題児だ」
恒一
「後半がひどい」
ガロン
「事実だ」
その時。
店の扉が開いた。
入って来たのはレオンだった。
レオン
「いるか」
ガロン
「いるぞ」
恒一
「どうしたんですか?」
レオン
「竜舎の清掃が終わった。夕方には戻れる」
恒一
「助かります」
ガロン
「聞いたか、レヴ。夕方には帰れ」
テラス席から、眠そうな声が返ってくる。
レヴ
『断る』
ガロン
「断るな」
レオンはテラス席のレヴを見る。
それから、恒一を見る。
レオン
「相変わらず妙な組み合わせだな」
ガロン
「今さらだろ」
「無一文の異世界人と、売れ残りの黒竜と、宿屋の親父.....」
恒一
「おい!ガロン待て!」
ガロン
「あ」
恒一
「あ、じゃねぇ!」
レオンがわずかに眉を動かす。
レオン
「異世界人?」
恒一
「今の聞かなかった事にぃ...」
レオン
「無理だな」
恒一
「ですよねぇぇぇ」
レオンは少し考える。
驚いた様子はなかった。
ただ、これまで見てきた恒一の行動を一つずつ思い返すように目を細める。
レオン
「なるほどな」
恒一
「何その反応?」
レオン
「竜競走の基礎を知らなかった」
「竜の飼い方も知らなかった」
「金の価値もよく分かっていなかった」
「常識も無い」
恒一
「最後だけ悪口じゃないですか?」
レオン
「事実だ」
ガロン
「だよな?」
恒一
「そこで合うな」
レオン
「だが納得した」
恒一
「信じるんですか?」
レオン
「半分くらいはな」
恒一
「お前ら同じ反応かよ」
レオン
「残り半分は、頭を打った可能性だ」
恒一
「酷さも同じだな!」
レヴがテラス席から顔を上げる。
レヴ
『俺は最初から変な人間だと思っていた』
恒一
「お前まで言うな」
レヴ
『事実だ』
恒一
「今日の事実は痛いなぁ」
レオンはそんな三人を見た。
文句を言う恒一。
雑に笑うガロン。
当然のようにテラスでくつろぐレヴ。
他人同士。
種族も違う。
生まれた世界も違う。
それでも、同じ場所にいることが不思議なくらい自然だった。
レオン
「変な連中だな」
ガロン
「今さらだ」
レオン
「だが」
レオンは少しだけ目を伏せる。
レオン
「家族みたいだ」
店内が静かになる。
恒一
「家族?」
ガロン
「馬鹿言え」
レヴ
『俺は客だ』
恒一
「またそれかよ」
ガロン
「そうだ。こいつは客で、お前は従業員だ」
恒一
「雑に片付けたな」
レオン
「血は繋がっていない」
「だが十分だろ」
ガロンは何も言わなかった。
レヴも何も言わない。
恒一だけが、少し困ったように笑った。
その沈黙を破ったのはレヴだった。
レヴ
『肉』
恒一
「台無しだよ」
ガロン
「昼はもう終わった」
レヴ
『客だ』
ガロン
「しつこい客だな」
レヴ
『常連だ』
ガロン
「なら仕方ねぇ」
恒一
「仕方なくねぇ!俺の金だろそれぇぇ!!」
レオン
「甘いな」
ガロン
「うるせぇ」
そう言いながら。
ガロンは厨房へ向かった。
その背中を見て、恒一は小さく笑う。
ランキング戦まで残り三ヶ月。
束の間の平穏。
けれど。
この場所はもう、ただの宿屋ではなかった。
異世界で拾われた男と。
誰にも選ばれなかった黒竜と。
それを放っておけなかった宿屋の親父。
騒がしくて。
面倒で。
少しだけ温かい。
そんな日常が、そこにあった。
― 第五十九話 終 ―




