第四十五話 アークライト竜舎
レオンが珍しく朝から外出の準備をしていた。
恒一は荷物をまとめるレオンを見て首を傾げる。
恒一
「また競竜協会か?」
レオン
「違う」
恒一
「じゃあどこだ?」
レオン
「アークライト竜舎だ」
レヴナント
『アークライトか』
恒一
「昨日の資料にあったやつだな。俺も行く」
レオン
「駄目だ。お前は訓練してろ」
恒一
「くっ……」
レヴナント
『働け』
恒一
「それガロンの台詞だろ」
レオンは小さく笑った。
そして一人で王都へ向かった。
王都。
アークライト竜舎はとてつもなく巨大だった。
流星竜舎とは比べものにならない。
広大な敷地に整備された訓練場。
美しい競走竜達。
まさに名門。
レオンは門の前へ進む。
やがて受付係が現れた。
受付係
「ご用件をお伺いします」
レオン
「昔の競走竜について聞きたい」
受付係
「どの競走竜でしょうか?」
レオン
「市場に流れた黒竜だ」
その瞬間受付係の表情が僅かに変わった。
本当に僅かだった。
だがレオンは見逃さない。
受付係
「申し訳ありません。その件についてはお答えできません」
レオン
「競走竜の情報が機密事項なのか?」
受付係
「はい。当竜舎の内部情報に関わりますので」
レオン
「飛行不能の理由もか?」
受付係
「お答えできません」
レオン
「魔力測定記録も?」
受付係
「申し訳ありません」
レオンは数秒だけ受付係を見つめた。
そして小さく息を吐く。
レオン
「そうか。ならいい」
それ以上は聞かなかった。
聞いても無駄だと分かったからだ。
レオンが立ち去った後。
受付係は慌てた様子で建物の奥へ消えていった。
アークライト竜舎地下。
一般職員すら存在を知らない場所。
巨大な鉄扉の先には広大な研究施設が広がっていた。
壁一面の魔法陣。
積み上げられた大量の魔石。
記録用の水晶。
無数の実験器具。
そして。
苦しそうに唸る若い飛行竜。
研究員
「魔力流入開始! 第一段階維持!」
竜が苦痛の悲鳴を上げる。
研究員
「第二段階へ移行! 魔力循環率を維持しろ!」
さらに魔石が投入された。
竜の身体が赤く発光する。
光は増していく。
そして――
ドォォン!!
魔力が暴走した。
研究設備が吹き飛び、研究員達が床へ転がる。
研究員
「失敗です!」
研究員
「制御不能! 魔力が暴走しました!」
研究施設の奥に一人の男が静かに立っていた。
グランベル公爵。
セルジオ・アークライト・フォン・グランベル。
アレクシスの父で王国屈指の大貴族だった。
研究員が慌てて頭を下げる。
研究員
「申し訳ありません。魔力流入量を増やしたのですが制御しきれませんでした」
グランベル公爵
「謝罪は不要だ。失敗したのなら次を試せばいい。貴様らの仕事は成功するまで繰り返す事だろう」
冷たい声だった。
研究員達は黙って頭を下げる。
グランベル公爵は壁に掛けられた古い絵へ視線を向けた。
そこには巨大な黒い竜が描かれていた。
普通の飛行竜ではない。
山のような体躯。
空を覆う翼。
兵士達を遥か下に見下ろす存在。
研究員
「真龍伝説ですか」
グランベル公爵
「ああ。かつて戦場を支配し、国家すら滅ぼしたと言われる存在だ」
研究員
「ですが伝説上の存在です」
グランベル公爵
「だからこそ価値がある」
公爵の目は狂気にも似ていた。
グランベル公爵
「私は競竜などに興味はない。競竜など所詮は見世物だ」
研究員達は黙る。
誰も反論できない。
グランベル公爵は真龍の絵を見上げたまま続けた。
グランベル公爵
「私が欲しいのは真龍だ。戦場を支配し、国家すら滅ぼす究極の存在。その力を再現できれば、この世界の勢力図すら塗り替えられる」
誰も口を開かない。
開けない。
その時一人の研究員が記録を見ながら思わず呟いた。
研究員
「まるで魔竜計画の時と同じです……」
その瞬間研究施設の空気が凍り付いた。
グランベル公爵
「その名を口にするな!!」
研究員
「……失礼しました」
グランベル公爵
「魔竜計画は失敗だ。二度とその名を私の前で口にするな」
研究員
「ですが被験体は生存しています」
数秒の沈黙。
グランベル公爵はゆっくりと研究員へ視線を向けた。
グランベル公爵
「だから失敗なのだ。私が欲しかったのは生き残る竜ではない」
公爵は再び真龍の絵を見上げる。
グランベル公爵
「真龍になれなかった時点で失敗作だ」
研究員はそれ以上何も言えなかった。
その頃流星竜舎の訓練場では、恒一が大の字になっていた。
恒一
「疲れた……。何で毎日こんな目に遭わなきゃならないんだ……」
レヴナント
『情けないな。新人戦で勝つと言っていたのは誰だ?』
恒一
「俺だけどさ……。もう少しこう、優しく育てるとか無いのか?」
レヴナント
『竜騎手になるのだろう?』
恒一
「ああ、竜騎手になってお前と一緒に勝つ!」
レヴナント
『なら立て』
恒一
「鬼かお前は」
レヴナント
『竜だ』
恒一
「知ってるよ……」
二人は知らない。
遠く離れた場所で。
自分達の知らない過去が語られている事を。
そしてレヴナントがかつて魔竜計画と呼ばれる禁忌の実験に関わっていた事を。
まだ誰も知らない。
――第四十五話 終――
内容を一部修正しました。




