第二十一話 黒竜計画
新人戦まで残り二十日。
グランベル家。
王都でも有数の大貴族の屋敷。
その書斎で。
アレクシスは窓の外を見ていた。
執事
「坊ちゃま」
アレクシス
「何だ」
執事
「流星竜舎の件ですが」
アレクシス
「ああ」
執事
「間違いありません」
執事
「黒竜は生存しています」
アレクシスは静かに目を閉じた。
やはり。
見間違いではなかった。
レヴナント。
市場へ送られたはずの黒竜。
失敗作と呼ばれた竜。
その姿が脳裏に浮かぶ。
アレクシス
「飛んだか?」
執事
「まだ飛んではおりません」
執事
「ですが浮上には成功したとの報告です」
アレクシス
「そうか……」
執事
「旦那様へ報告しますか?」
アレクシス
「いや」
アレクシス
「まだだ」
執事
「しかし」
アレクシス
「まだだ」
執事は口を閉じた。
しばらく沈黙。
そしてアレクシスは遠い昔を思い出す。
まだ十歳の頃だった。
グランベル家地下研究施設。
そこは誰にも知られていない場所だった。
巨大な魔法陣。
山のように積まれた魔石。
研究者達。
慌ただしく動く使用人。
幼いアレクシスは父に連れられてそこへ来ていた。
グランベル公爵
「見ておけ」
アレクシス
「何をですか」
グランベル公爵
「未来だ」
研究員の声が響く。
研究員
「魔石融合開始」
研究員
「魔力循環率上昇」
研究員
「飛行適性強化」
研究員
「身体能力向上」
次々と魔石が光る。
莫大な魔力が流れ込む。
そして。
巨大な黒い卵が現れた。
研究員達が歓声を上げる。
研究員
「成功です!」
研究員
「最高傑作です!」
グランベル公爵
「当然だ」
公爵は笑った。
研究員
「最強の競走竜になります」
研究員
「神級競走制覇も夢ではありません」
アレクシスはその卵を見つめていた。
数か月後。
卵は孵った。
黒い竜だった。
美しい黒曜石のような鱗。
大きな翼。
圧倒的な魔力量。
研究員達は歓喜した。
だが。
飛ばなかった。
何度訓練しても。
何度試しても。
飛ばなかった。
研究員
「魔力が循環しません」
研究員
「原因不明です」
研究員
「飛行不能」
歓喜は失望へ変わる。
グランベル公爵
「失敗作か」
研究員
「申し訳ありません」
そして。
あの日。
アレクシスは聞いてしまった。
研究員
「封印を施します」
研究員
「能力を抑制します」
研究員
「危険ですので」
グランベル公爵
「構わん」
グランベル公爵
「市場へ流せ」
グランベル公爵
「価値はない」
アレクシスは何も言えなかった。
ただ。
黒竜の瞳だけを覚えていた。
あの時。
確かに生きていた。
そして現在。
アレクシスは窓の外を見上げる。
アレクシス
「失敗作……か」
もし本当に失敗作なら。
浮くことなど出来ない。
アレクシス
「なあ」
執事
「はい」
アレクシス
「もしあいつが飛んだらどう思う?」
執事
「大騒ぎになるでしょう」
アレクシスは少しだけ笑った。
アレクシス
「そうだろうな」
執事
「旦那様には」
アレクシス
「まだ報告するな」
執事
「理由を伺っても?」
アレクシス
「簡単だ」
アレクシスは立ち上がる。
そして静かに言った。
アレクシス
「面白いからだ」
流星竜舎。
売れ残りの黒竜。
失敗作。
そう呼ばれた存在。
だが。
もし違ったなら。
新人戦まで残り二十日。
誰も知らない物語が動き始めていた。
― 第二十一話 終 ―




