第百十二話 真龍戦争
雲海の上。
風だけが静かに吹いていた。
恒一はしばらく言葉を失っていた。
竜王因子と龍王因子。
そして真龍。
聞いたこともない話ばかりだ。
レヴも珍しく黙っている。
やがて恒一が口を開いた。
恒一
「真龍って何なんです?」
神ジークは少しだけ目を細めた。
神ジーク
「神話時代に一度だけ生まれた存在じゃ。竜王と龍王、一人と一頭が共鳴し過ぎた果てに生まれた存在じゃな」
恒一
「共鳴し過ぎた果て……」
神ジーク
「最初は英雄じゃった。竜王は全ての竜を導き、龍王は全ての人を導いた。誰もが彼奴らを信頼しておったし、儂らですら世界の未来を託しておった」
アルディウス
『あの頃は誰も疑わなかった。竜王と龍王がいる限り世界は続くとな』
神ジーク
「じゃが共鳴は深くなり過ぎた。魂の境界すら曖昧になるほどにな」
恒一は無意識にレヴを見る。
レヴもまたこちらを見ていた。
神ジーク
「最初は誰も問題にせなんだ。人と竜の理想の関係だと思われておったからの。じゃが世界を救い続けるうち、彼奴らは思うようになった」
恒一
「何をです?」
神ジーク
「人も竜も救いたい。その思いは本物だった。じゃが力を持ち過ぎた。救える命が増えるほど、自分達なら神より上手く世界を導けると思うようになったのじゃ」
風が吹く。
神ジーク
「創造神アルディア様が定めた理ではなく、自分達の理で世界を導こうとしたのじゃ」
アルディウス
『その頃には既に竜王でも龍王でもなかった』
神ジーク
「共鳴し過ぎた一人と一頭は、肉体も魂も混ざり合い一つの存在となっておった」
恒一
「それが真龍……」
神ジーク
「そうじゃ」
神の表情が重くなる。
神ジーク
「真龍は神々へ反旗を翻した。そして創造神アルディア様へ戦争を仕掛けた」
恒一
「勝てると思ったんですか?」
神ジーク
「思ったのではない。実際に強かったのじゃ」
静寂。
神ジーク
「神々でも止められん。神竜達でも勝てん。神話時代最強の存在じゃった」
アルディウス
『故に世界は滅びかけた』
神ジーク
「大陸は砕け、海は荒れ、空は裂けた。人も竜も死んだ」
アルディウス
『戦争が終わる頃には人も竜も三分の一まで減っておった』
恒一は息を呑んだ。
神話という言葉では軽過ぎる。
世界そのものが壊れかけていたのだ。
神ジーク
「そこで創造神アルディア様が立ち上がられた。そして神衛騎士団も総力を挙げて参戦した」
恒一
「神衛騎士団?」
神ジーク
「創造神アルディア様直属の騎士団じゃ。神々と神竜達で構成されておった」
恒一
「そんな騎士団があったんですか」
神ジーク
「ちなみに儂も所属しておった」
恒一
「ジーク様が?」
神ジーク
「うむ。当時儂は竜騎士じゃった」
恒一
「へぇ……」
神ジーク
「アルは儂の騎竜じゃ」
恒一
「……は?ちょっと待ってください。ジーク様が長老に乗ってたんですか?」
神ジーク
「そうじゃ」
恒一
「全然想像できないんですけど。俺の中じゃジーク様って面白そうだからって理由で人の事を異世界に飛ばしたギャンブル好きの爺さんですよ?」
アルディウス
『概ね間違っておらん』
神ジーク
「何故そこだけ意見が一致するんじゃ!」
恒一は思わず吹き出した。
だが神ジークはすぐ真顔に戻る。
神ジーク
「ともかく最後の戦いで儂とアルも真龍と相対した」
アルディウス
『死闘じゃった』
神ジーク
「何度も死にかけた末、創造神アルディア様と神衛騎士団は真龍を討ったのじゃ」
風が吹く。
神ジーク
「その瞬間を儂らは見た」
アルディウス
『真龍の身体が崩れた時じゃ』
神ジーク
「真龍の中から二つの魂が現れた。竜王の魂と龍王の魂じゃ」
アルディウス
『そして二つの魂は砕けた』
神ジーク
「無数の欠片となって世界へ散った」
恒一
「それが……」
神ジーク
「竜王因子と龍王因子じゃ」
恒一は胸の奥が熱くなるのを感じた。
自分の中にある龍王因子とレヴの中にある竜王因子。
その正体だった。
神ジーク
「戦争の後、創造神アルディア様は決断された。二度と同じ悲劇を起こさぬためにな」
アルディウス
『神界と地上を隔てられた』
神ジーク
「神々も神竜達も神界へ移り住んだ」
恒一
「じゃあ何故長老は竜の郷にいるんですか?」
アルディウス
『監視役じゃ』
恒一
「監視?」
アルディウス
『真龍のな』
雲海を見つめたままアルディウスは続ける。
アルディウス
『因子は消えなんだ。ならば誰かが見張らねばならん。再び竜王因子と龍王因子が現れた時、再び真龍となる可能性を持つ者が現れた時、それを見極める者が必要だった』
神ジーク
「故にアルは神界へ戻らず地上へ残った」
アルディウス
『儂は数千年、地上を見続けてきた。竜王因子と龍王因子が再び揃わぬ事を願いながらな』
静寂。
そしてアルディウスは恒一とレヴを見る。
アルディウス
『じゃが皮肉なものじゃ。数千年待った末に見付けたのが、お主らだった』
神ジーク
「龍王因子を持つ人間」
アルディウス
『竜王因子を持つ竜』
神ジーク
「しかも契約済みじゃ」
風が吹く。
神ジークは真っ直ぐ二人を見る。
神ジーク
「コウイチ。お主には龍王因子がある」
アルディウス
『レヴナントには竜王因子がある』
神ジーク
「つまりお主らは龍王と竜王になる可能性を秘めておる」
恒一は黙って聞いていた。
神ジーク
「そして」
神の声がさらに低くなる。
神ジーク
「真龍になる可能性もまた存在する」
雲海の上に静寂が落ちる。
神ジーク
「無論、なると言っておる訳ではない。むしろなってもらっては困る」
アルディウス
『儂も同意見じゃ』
神ジーク
「じゃが可能性はある」
アルディウス
『だから儂らは見届ける』
神ジーク
「お主らがどこへ辿り着くのかをな」
恒一がレヴを見るとレヴもまた恒一を見ていた。
竜王。
龍王。
真龍。
あまりにも別世界の話しすぎた。
だがその道が自分達の前に続いている事だけは分かった。
まるで遠い神話の時代が、今再び動き始めたかのように。
――第百十二話 終――




