第百十一話 神様も怒られる
雲海の上。
天を貫く孤峰の頂にアルディウスはいた。
まるで最初から二人が辿り着くことを分かっていたかのように。
レヴが着地し、恒一はその背から降りる。
息は上がっていない。
だが一言、言いたいことはあった。
恒一
「長老、あんな飛び方するなら先に言ってくださいよ。途中で何回見失うかと思いましたからね。追い付けたのだってレヴと共鳴して必死に空を読んだからなんですから」
アルディウス
『じゃが追い付いた。それが答えじゃろう。普通の竜騎手なら諦めておったかもしれんが、お主達はそうではなかった』
恒一
「それ褒めてます?」
アルディウス
『半分はな』
恒一は苦笑した。
アルディウスはそんな一人と一頭を見つめながら頷く。
アルディウス
『良い顔になったのぉ。初めて会った頃のお主達は空を知らなかった。飛べぬ飛行竜と、竜の事を何も知らぬ男じゃった』
『じゃが今は違う。お主は空を見て、レヴナントは空を駆ける。ようやく話せる段階まで来たという事じゃ』
恒一
「竜王因子と龍王因子の話ですね」
アルディウス
『うむ』
神竜は遥か彼方の空を見上げた。
アルディウス
『世界には一頭の竜王がおった。飛竜も地竜も海竜も古代竜も関係無い。全ての竜がその従った存在じゃ』
『そして竜王の隣には常に一人の人間がおった。その者こそ龍王。竜王が竜を導く王なら、龍王は人を導く王じゃ』
『竜王と龍王は契約し、誰よりも深く共鳴しておった。今のお主達も共鳴しておるが比較にもならぬ。あ奴らは文字通り一心同体。神話の時代そのものを支えた存在じゃった』
レヴ
『そんなに強かったのか?』
アルディウス
『強かった。じゃがそれ以上に偉大だった。世界の誰もが、あ奴らが居れば未来は続くと信じておった』
その時、何の前触れもなく空間が揺らぐと一人の老人が姿を現した。
神
「アル。ここにおったのか」
アルディウス
『なんじゃ、来たのか』
神
「何じゃその言い方は」
アルディウス
『数ヶ月ぶりに顔を出したと思えば突然現れおって』
神
「忙しかったんじゃ」
神はそこで初めて周囲を見回した。
そして恒一を見て目を丸くする。
神
「……む? コウイチ?何故お主がここにおる?」
恒一
「何故じゃないですよ!!」
神
「何がじゃ?」
恒一
「どこにいやがったんですかあんた!? いきなり訳の分からない世界に放り込まれて、無一文で、家も無くて、知り合いも居なくて! それで今まで一回も顔出さないってどういう事ですか!!」
神
「いやぁ、ちゃんと神眼を授けたじゃろ?」
恒一
「使い方の説明一切無かったじゃないですか!」
神
「神眼があれば十分じゃろう」
恒一
「十分な訳ないでしょう!」
神は困ったように頭を掻いた。
そこで初めてレヴへ視線を向ける。
神
「む? 黒竜か。なるほど、神眼で見付けたのじゃな。なんだかんだと言いながらもちゃんと竜主になれたのじゃろ?」
恒一
「なれてませんよ。今は竜騎手です」
神
「……は?」
さすがに予想外だったらしい。
神は恒一とレヴを何度も見比べた。
神
「待て待て待て。神眼を授けたのに何故竜騎手なんぞしておる? 競竜で大儲け出来たじゃろうに」
恒一
「出来る訳ないでしょう! 金も無い、家も無い、知り合いも居ない。まず生きるので精一杯だったんです!」
神
「おかしいのぉ……儂の予定では今頃、大商会の主くらいにはなっておるはずだったんじゃが……」
恒一
「そんな予定初めて聞きましたよ!」
だが、そのやり取りを聞いていたアルディウスの表情は笑っていなかった。
アルディウス
『待て』
その低い声に二人の会話が止まる。
アルディウス
『コウイチ。今、お主はこの世界に放り込まれたと言ったな』
恒一
「ええ、そうですけど」
アルディウス
『どういう意味じゃ』
恒一
「俺、この世界の人間じゃないんですよ。元々は別の世界で普通に働いてました。それを神様がこっちに連れて来たんです」
風が止まった気がした。
アルディウスの視線が神へ向く。
神は露骨に目を逸らした。
恒一
「あ、神眼もその時に貰いました」
アルディウス
『……』
神
「まぁ、そのくらいはの」
アルディウス
『コウイチが異世界の者だと今初めて知った。神眼まで与えておきながら何故黙っておった?』
神
「説明する機会が無くての……」
アルディウス
『数ヶ月あっただろうが』
神
「……正論はやめい」
アルディウス
『異世界から人間を連れて来た上に神眼まで授けて、それだけの事をしておきながら何の説明もせず放置したというのなら、お前の行動は流石に擁護出来んぞ』
神
「ぐっ……」
恒一
「怒られてる……」
神
「誰のせいじゃと思っておる」
恒一
「あんたですよ」
神
「……そうじゃった」
神は大きくため息を吐く。
そして。
アルディウス
『ジークよ』
神
「……」
恒一
「ちょっと待ってください」
神
「何じゃ」
恒一
「神様って名前あったんですか?」
神
「あるわ!」
恒一
「初めて知りましたよ……」
神
「お主は儂を何じゃと思っとるんじゃ!」
アルディウス
『誤魔化すな、ジーク』
神ジーク
「はい……」
恒一は思わず吹き出しそうになった。
神が素直に怒られている姿など想像した事もなかった。
だが次の瞬間アルディウスが話を戻した。
アルディウス
『まぁ、その話は後でじっくりと問い詰めるとしてまずは本題じゃ。レヴナントには竜王因子。コウイチには龍王因子が宿っておる』
神ジーク
「……何?」
空気が変わった。
先程までの軽い雰囲気が一瞬で消える。
神ジーク
「今、何と言った?」
アルディウス
『王立魔術研究院の検査で判明した。郷の者が確認しておる』
神ジーク
「本当か……?」
アルディウス
『嘘を言う理由が無い』
神ジークは黙った。
驚いている。
それが恒一にも分かった。
恒一
「ジーク様も知らなかったんですか?」
神ジーク
「因子の存在は知っておる。じゃが継承者が同じ時代に現れるとは思わなんだ」
アルディウス
『しかも契約済みじゃ』
神ジーク
「……なるほどの」
神ジークはゆっくりと二人を見る。
その目から先程までの軽さは消えていた。
神ジーク
「それならお主らには全て話さねばなるまい」
アルディウス
『うむ』
神ジーク
「コウイチ、レヴナント。お前達が持つ因子は神話時代の遺産じゃ。その始まりは初代竜王と初代龍王にある」
「そして一頭と一人は誰よりも深く共鳴し、神話の終わりに世界の理を超えた」
恒一は思わず息を呑む。
神ジーク
「そしてあ奴らは最後に、世界で唯一の真龍となった」
雲海の上に静寂が落ちた。
ついに全ての始まりが語られようとしていた。
――第百十一話 終――




