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第百九話 神竜の背中

魔力膜を習得してから数日。


恒一とレヴは相変わらず竜の郷で訓練漬けの日々を送っていた。


朝から夕方まで一日中飛ぶ。


気が付けば空を飛んでいる。


そんな毎日だった。


だが、その成果は確実に現れていた。


恒一とレヴが断崖の間を駆け抜ける。


急上昇。


急降下。


鋭い旋回。


空気の流れを読みながら岩柱の隙間を抜ける。


以前なら考えられなかった飛び方だ。


ミリア

「悔しいけど、本当に上手くなったわね。最初は飛び上がるだけで大騒ぎだったのに、今じゃ普通に飛行竜みたいに飛んでるじゃない」


エリシア

「普通の飛行竜ならあんな無茶しないわよ。あれ完全にレヴナントの影響でしょ。恒一まで感覚がおかしくなってる気がするわ」


恒一

「好きでおかしくなった訳じゃないんだけどな。毎日毎日崖から落ちそうになってたら嫌でも慣れるんだよ」


ゼノス

「はっはっはっ!! 良い事じゃねぇか! 飛行竜騎手なんて多少頭のネジが飛んでるくらいで丁度いいんだ!」


恒一

「その理論で生きてるのお前だけだからな?」


フェルド

『だが事実、成長速度は異常だ』


グランヴァルド

『空間把握も魔力膜も短期間で習得した』

『正直、ここまでとは思わなかったな』


恒一

「……それは俺も同意する」

(神眼の能力が上がったのと、多重並列思考なんてスキルが増えると思ってなかったよ)


レヴ

『もっと飛ぶ』


恒一

「お前は少し休め」


レヴ

『嫌だ』


恒一

「即答かよ」


周囲に笑いが広がる。


その時低く重厚な声が断崖へ響いた。


アルディウス

『随分と騒がしいの』


その瞬間空気が変わり全員が振り返った。


断崖の上から黄金の巨体が静かにこちらを見下ろしていた。


神竜アルディウス。


竜族の長。


ゼノス

「長老!」


グランヴァルド

『来られていたのですか』


アルディウス

『少し前から見ておった』


恒一

「それなら声くらい掛けてくださいよ。見られてる側は結構恥ずかしいんですけど」


アルディウス

『訓練中だったからの』


恒一

「理由になってるようでなってないんだよなぁ……」


アルディウスはゆっくりとレヴへ視線を向けた。


しばらく黙ったまま見つめる。


やがて静かに口を開いた。


アルディウス

『飛べぬ飛行竜と呼ばれておった頃が嘘のようじゃな。まだ粗削りではあるが、空を飛ぶ姿に迷いが無い』


レヴ

『まだ足りん』


アルディウス

『そうじゃろうな』


レヴ

『もっと飛べる』


アルディウス

『そうじゃろうな』


恒一

「会話成立してます?」


ゼノス

「はっはっはっ!! 成立してるんだよなこれが!」


ミリア

「私には全然分からないんだけど」


エリシア

「竜同士だからじゃない?」


アルディウスは僅かに目を細めた。


アルディウス

『飛べるようになっただけで満足しておらぬ。それで良い』

『封印とは力を封じるだけのものではない。飛ぶ感覚を取り戻した程度ではまだ足りぬのじゃ』

『本来のお主へ辿り着くには、もっと速く、もっと高く、もっと強くならねばならん』


恒一

「それは褒めてるって事でいいんですか?」


アルディウス

『儂なりにな』


恒一

「やっぱり分かりにくいなぁ……」


ゼノス

「長老に分かりやすさを求める方が間違いだぞ!」


グランヴァルド

『それは否定出来ん』


アルディウス

『お主ら好き勝手言い過ぎではないか?』


珍しく少しだけ不満そうな声だった。


思わず恒一は笑ってしまう。


だが次の瞬間アルディウスの雰囲気が変わった。


長い年月を生きた神竜としての威圧感。


それが静かに周囲へ広がる。


ゼノスですら笑うのをやめた。


アルディウス

『さて、そろそろ本題へ入ろうかの』


恒一

「本題?」


アルディウス

『うむ』


黄金の瞳が恒一とレヴを見据える。


アルディウス

『お前達は何故この郷へ来た』


恒一は少し考えた後、肩を竦めた。


「レヴの封印を解く方法を教えてもらうためでしたね。あとグランヴァルドが竜王因子と龍王因子について大変な事らしいから聞いておけって言ってたからですかね」


グランヴァルド

『間違ってはいない』


恒一

「正直、ここへ来た時は因子の方はよく分かってなかったんですよ。何か凄そうだなとは思いましたけど、それより飛べないレヴの方が問題だったんで」


レヴ

『うむ』


ミリア

「それはそうよね」


エリシア

「私でも同じだと思う」


アルディウス

『そうじゃろうな』


神竜は静かに頷いた。


アルディウス

『最初に伝えたように、封印は内側からしか解けぬ』

『その為には、レヴナント自身が飛ぶしか無かったからのぉ』

『そして、因子の事は空を知らぬ者に語っても意味は無い』

『飛行竜として空を駆け竜騎手として空を見る』

『そこまで辿り着いて初めて理解できるからのぉ』


恒一は黙り込んだ。


レヴも何も言わない。


ここへ来たばかりの頃なら分からなかった。


だが今なら少しだけ理解出来る。


アルディウス

『そして今、お前達はその入口へ立った』


静寂。


風だけが断崖を吹き抜ける。


アルディウス

『今なら話せる』


恒一

「竜王因子と龍王因子ですか」


アルディウス

『ああ』


レヴ

『聞かせろ』


アルディウス

『よかろう』


恒一達は思わず身を乗り出した。


次の瞬間アルディウスは翼を広げ、空を見上げた。


そして。


アルディウス

『儂に付いて来られたなら全て話してやろう』


恒一

「それって普通に付いて行けばいいんですよね?」


アルディウス

『誰がそんな事を言った』


恒一

「嫌な予感しかしない!」


アルディウスの口元が僅かに上がる。


次の瞬間黄金の巨体が空へ浮かぶ。


羽ばたきは無い。


風も起きない。


ただ自然に空へ溶け込むように上昇する。


そして。


ドン―――


空が揺れた。


本当に一瞬だった。


気付いた時には。


アルディウスの姿は遥か彼方。


山脈の向こう側へ消えていた。


恒一

「……は?」


ミリア

「……今の何?」


エリシア

「見えなかったんだけど」


フェルド

『速いという次元ではないな』


グランヴァルド

『だから神竜なのだ』


ゼノス

「はっはっはっ!! 久しぶりに見たなぁ!」


恒一

「笑ってる場合じゃねぇだろ!? あれ追い掛けるのか!?」


レヴは遥か彼方の空を見つめていた。


その瞳は楽しそうだった。


レヴ

『面白い』


恒一

「知ってたよ……」


レヴ

『行くぞ』


恒一

「まぁ、行くしかないか」


共鳴。


魔力膜。


準備は整っている。


ここまで積み重ねてきた訓練の成果を試す時だ。


レヴが翼を広げる。


目指すは神竜の背中。


そして竜王因子と龍王因子の真実。


レヴは断崖を蹴り、大空へ飛び立った。


――第百九話 終――

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