第百八話 竜と竜騎手
午後。
断崖の訓練場。
恒一はレヴの背中へ跨りながら大きく息を吐いた。
恒一
「魔力膜の訓練って聞いてたのに、結局いつもの場所なんだな」
ゼノス
「そりゃ飛ぶための技術だからな! 地面で出来ても空で出来なきゃ意味ねぇだろ!」
ミリア
「今回はまだ飛ばないわよ」
エリシア
「まずは共鳴した状態で魔力膜を作るところからね」
ルミナス
『焦る必要はありませんわ』
レヴ
『飛ばないのか』
恒一
「お前は飛ぶ事しか考えてないな」
レヴ
『当然だ』
ルミナスは二人の前へ出た。
ルミナス
『まずは共鳴してください』
恒一
「それなら簡単だな」
レヴ
『うむ』
目を閉じて意識を重ねる。
何度も繰り返した感覚。
今では呼吸をするように自然だった。
そして――繋がる。
恒一
(よし)
レヴ
《繋がったな》
ルミナス
『そのままですわ』
恒一は意識をレヴへ向けた。
今回の目的は魔力膜。
だからこそ普段より深く相手の魔力へ意識を向ける。
すると。
恒一
(……なるほどな)
レヴ
《何だ》
恒一
(お前、こんな風に魔力流してたのか)
レヴ
《何が変だ》
恒一
(もっと雑だと思ってた)
レヴ
《雑だぞ》
恒一
(いや違うな。流れ自体は綺麗だ)
(ただ流す量が多過ぎる)
レヴ
《そうか?》
恒一
(そうだよ。これじゃ、川じゃなくて洪水だ)
レヴ
《なるほど》
今度はレヴが恒一の魔力へ意識を向ける。
しばらく沈黙。
そして。
レヴ
《お前の方が変だな》
恒一
(何がだよ?)
レヴ
《魔力は俺より遥かに多いのに流し方が違う》
恒一
(流し方?)
レヴ
《細い。必要な分だけ流している》
《だから暴れない》
恒一
(仕事でもそうだな。必要以上に力使うの好きじゃない)
レヴ
《俺には出来ん》
恒一
(逆にお前は全部全力なんだよ)
レヴ
《その方が速い》
恒一
(だから昨日みたいな要塞作るんだろ)
レヴ
《……なるほど》
恒一
(今理解したのかよ)
ミリア
「なんか二人とも変な顔してるんだけど」
エリシア
「共鳴中だからでしょ」
ゼノス
「はっはっはっ!!」
ルミナス
『良いですわ』
全員の視線が集まる。
ルミナス
『今感じている違いこそが答えです』
『コウイチが形を整えて、レヴナントは魔力を支える』
恒一
「なるほどな」
レヴ
『うむ』
ルミナス
『では始めますわよ。共鳴を維持したまま行ってください』
恒一
(やるぞ)
レヴ
《うむ》
レヴの魔力が流れ始める。
途端に恒一は顔をしかめた。
恒一
(多い多い多い!)
レヴ
《抑えている》
恒一
(全然抑えてねぇよ!)
レヴ
《これでもかなりだ》
暴れそうになる魔力。
それを恒一が必死に整える。
だが。
パリン。
魔力が砕け散った。
ミリア
「あっ」
エリシア
「失敗ね」
ゼノス
「一瞬だったな!」
ルミナス
『もう一度ですわ』
二回目。
失敗。
三回目。
また失敗。
恒一は整え過ぎるし、レヴは流し過ぎる。
全く噛み合わない。
ミリア
「やっぱり難しいんじゃない?」
フェルド
『当然だな』
グランヴァルド
『簡単なら誰でも出来る』
ゼノス
「はっはっはっ!!」
ルミナス
『ですが前進しております』
恒一
「そう見えねぇ……」
その時レヴから声が届いた。
レヴ
《違うな》
恒一
(何がだ?)
レヴ
《お前、整え過ぎだ》
恒一
(は?)
レヴ
《壊れないようにし過ぎている。だから固い》
恒一は少し考えた。
確かに崩れないように、失敗しないように。
慎重になり過ぎていたかもしれない。
ルミナス
『その通りですわ』
恒一
「聞こえてたのか?」
ルミナス
『表情で分かります』
恒一
「便利だな……」
ルミナス
『コウイチは少し大胆にレヴナントは少し繊細に』
『その中間を探してください』
恒一
(中間か)
レヴ
《やってみるぞ》
恒一
(ああ)
再び魔力を流す。
レヴは少しだけ力を抑える。
恒一も少しだけ肩の力を抜く。
今まで交わらなかった二つの流れ。
豪快な流れと繊細な流れ。
それが少しずつ重なっていく。
そして。
ふわり。
二人の周囲に薄い膜が現れた。
ミリア
「えっ」
エリシア
「出来た?」
フェルド
『ほう』
グランヴァルド
『なるほど』
ゼノス
「おおっ!?」
今度は壊れない。
静かに二人を包んでいる。
恒一
(……出来てる)
レヴ
《出来ているな》
恒一
(俺が形を整えて)
レヴ
《俺が支える》
恒一
(だから維持出来るのか)
レヴ
《一人では無理だったな》
恒一
(だな)
ルミナスは満足そうに頷いた。
ルミナス
『成功ですわ』
ミリア
「本当に出来た……」
エリシア
「思ったより早かったわね」
ゼノス
「はっはっはっ!! やれば出来るじゃねぇか!」
恒一は思わず笑った。
昨日まで弾けて終わりだった。
レヴは爆発して終わりだった。
だが今は違うレヴと一緒だから出来た。
これが、本当の竜と竜騎手。
その時だった。
レヴ
《飛ぶぞ》
恒一
(は?)
レヴ
《試したい》
恒一
(待て!)
レヴ
《大丈夫だ》
恒一
(その台詞が一番信用ならねぇんだよ!)
次の瞬間レヴは断崖を蹴った。
ドンッ!!
ミリア
「ちょっと!?」
エリシア
「レヴナント!?」
ゼノス
「行ったぁ!!」
黒い身体が空へ舞い上がる。
恒一は慌ててレヴの首へしがみ付いた。
恒一
「お前なぁ!?」
レヴ
『問題ない』
恒一
「問題あるから言ってるんだよ!」
だが数秒後。
恒一は目を見開いた。
恒一
「……あれ?」
風が痛くない。
頬も引っ張られない。
息も苦しくない。
レヴ
『どうだ』
恒一
「すげぇ……本当に効いてる」
レヴ
『当然だ』
恒一
「これなら空気の層を蹴っても――」
レヴ
『そうだな』
恒一
「いや、待て!」
レヴ
『試そう』
恒一
「待てって!」
レヴ
『大丈夫だ』
恒一
「だから待てぇぇぇぇぇ!!」
次の瞬間。
ドォォォォォォォォン!!
空気が爆ぜた。
レヴが空気の層を蹴る。
景色が一瞬で流れ去る。
だが今回は違う。
恒一は耐えていた。
恒一
(おぉっ!?)
レヴ
《どうだ》
恒一
(いける!?)
レヴ
《いけるな》
その時だった。
ピシッ。
恒一
「……ん?」
ピシッ。
ピキッ。
ピキピキピキッ――
恒一
(レヴ)
レヴ
《なんだ》
恒一
(嫌な音がした)
レヴ
《気のせいだ》
恒一
(絶対違う!!)
バリンッ!!
魔力膜が砕け散った。
恒一
「ぶべらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
一瞬で顔面が風圧に潰れる。
涙が飛ぶ。
鼻水が飛ぶ。
髪が後ろへ吹き飛ぶ。
ミリア
「壊れたぁぁぁぁぁ!!」
エリシア
「だから言ったのにぃぃぃ!!」
ゼノス
「はっはっはっはっはっ!!」
フェルド
『予想通りだ』
グランヴァルド
『予想通りだな』
ルミナス
『予想通りですわ』
レヴ
《……壊れたな》
恒一
「お前のせいだろぉぉぉぉぉぉ!!」
空に悲鳴と笑い声が響く。
だが確かに前進していた。
魔力膜は完成した。
次は飛行中の維持。
そして高速飛行への対応。
飛行竜騎手への道はまだ続く。
恒一
「ぶべぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
レヴ
『次はもっと長く維持するぞ』
恒一
「ぶべらぁぁぁぁぁ!!」
レヴ
『やる気らしいな』
恒一
(違うぅぅぅぅぅ!!)
――第百八話 終――




