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ジェネシス・オブ・アイランドー天神七代記ー視えない私の神攻略  作者: 梵天丸(ぼんてんまる)
第壱ノ世界 コモリク 未だ天地開闢は起こらず

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好奇心と変態

 冒険者ギルドでの羞恥を振り払うように、私は重厚な扉を押し開き、新たな町ハツセへと歩みを進めた。外に向かう門へと続く道すがら、活気ある呼び込みの声、石畳を叩く多種多様な足音。冒険者ギルドの辺り一帯は、アスカの町の中でも、最も活気のある場所だ。

 

 ふと、前方から二人組のプレイヤーらしき話し声が耳に届いた。


「おい、次こそは回復忘れんじゃねえぞ! もうカバーしねえからな、マジで!」

「わかってるって、次はちゃんと補充しとくから……」


 やや苛立ったその声を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。脳裏をよぎるのは、あの真宵の竹林での出来事だ。HPが静かに、けれど確実に削られていく中、なす術もなく意識を失ったあの絶望感。運が悪ければ蓬莱の金剛竹ほうらいのこんごうちくさえ失っていた可能性があったと思うと、自分の脇の甘さに辟易(へきえき)してしまいそうになる。


 あの時、システムに「大事なことは早く言って」と毒づいたが、そもそも備えを怠っていたのは私自身だ。同じ(てつ)を踏むわけにはいかない。


「ねえ、回復に必要なものってここら辺で揃えられる?」


 虚空に向かって言葉を投げると、待ってましたと言わんばかりにシステムが反応する。

 

 《是。現在地から右前方3メートル、木製の樽が置かれている露店が雑貨販売所です。傷薬など最初に冒険するにあたって必要なアイテムが取り扱われています。本来であれば、真宵の竹林へ進む前に立ち寄るべき場所です》


 「あ・り・が・と」

 

 システムから必要な情報と余計なお小言を頂き、苦笑いしつつ案内に従い、わずかに足の向きを変えた。辿り着いた露店で、売られているアイテムを確認し、デスペナルティによって半分になったなけなしのゼニーで、必要と思われるものを限界まで買い揃えた。


 傷薬を10個、おむすびを1個、煙玉を1個買い、しめて830ゼニー。私の財布はすでにからっぽである。アイテムの中には、帰還のお札なるものがあったが、5000ゼニーと手が届かず泣く泣く諦めた。


「まあ、HPがゼロにならなければいいんだもんね!大丈夫!」


 誰にともなく呟き、私は今度こそアスカの門を目指して歩き出した。門を抜け、北方に向かうとやがて、緩やかな坂道に変わる。しばらく歩いていると、前方から騒がしい足音が近づいてきた。重い金属鎧をガシャガシャと鳴らし、必死に坂を駆け下りてくるような、切羽詰まったリズム。


「はぁ、はぁ……っ。おい、君! この先、行かない方がいいぞ!」


 すれ違いざま、先頭を走っていた一番体格の良い男性が、足を止めずに声を張り上げた。


「何かあったんですか?」


 私が足を止めると、後ろを走っていた二人――軽装の女性と杖を持った男性が、「もう無理!」と力尽きたようにその場にへたり込んだ。


「真宵で『()()』ないように走り回ってたら、竹暴鬼(たけぼうき)にエンカウントしまくって命からがら逃げてきたところでさ……」


 リーダー格の男性は膝をつき、苦しげに肺の空気を吐き出した。どうやら相当な距離を逃げ続けてきたらしい。


「竹暴鬼……。そんなにたくさんいるんですか?」


 私が問いかけると、『おむすび』を頬張っていた女性プレイヤーが、弾かれたように顔を上げた。


「……えっ? ちょっと待って」


 彼女は私の顔をじっと覗き込むような気配を見せた。


「どうかしました?」


 「いや、失礼だけど……もしかして君、視覚消失(ロスト)選んだりしてる?」


 その問いに、私は思わず自分の身体を見渡しそうになった。なんでこのゲームの人たちは、こうも容易く他人の設定を見抜けるのだろう。もしかして、またあの鈴と同じように、『私は目が見えません』なんて目印の装備でも強制されているんだろうか。


「はい、そうですけど……。よく分かりましたね」


 私が認めると、おむすびを手に持っていた女性が「やっぱり!」と声を弾ませた。隣にいたリーダー格の男性も、得心がいったように大きく頷いている。


「いや、確信はなかったんだけどさ。その『薙刀』に、腰の『琴鈴(ことすず)』……条件が揃いすぎていてね。今、攻略サイトの掲示板でちょっとした有名人なんだよ。初心者エリアで、視覚を完全に捨てて音だけで立ち回る『盲目の吟遊詩人』がいるってさ」


「……掲示板、ですか?」


 思わぬ単語に、私は戸惑った。私が知らないところで、私のことが語られ、噂になっている。


「そう。最初は『ネタプレイの変態だ』なんて言われてたけど、レアエネミーに何もさせずに完封した武道の達人だって話が出てからは、一気に注目されてるよ」


「変態」という響きに、私は思わず頬を引きつらせた。……褒められている、と思っていいんだろうか、一応。たとえ、褒められているとしても、全く嬉しくはない賛辞だけど。それに、金竹暴鬼(きんたけぼうき)とはまさにギリギリの闘いだったのだ。決して、完封して勝ったなどと言える内容ではない。

 

「ねえねえ、本当に何も見えてないの?怖くない?ほら、私の指、何本か分かる?」


 屈託のない、好奇心に満ちた声。その言葉が耳に届いた瞬間、胸の奥がチリリと微かな拒絶反応を示した。


 ――あぁ、これだ。現実もゲームの中も、変わらない。他者の欠損や障がいを珍しい見世物のように扱い、土足でずけずけと踏み込んでくる人たちはどこにでもいる。悪気のない無邪気な質問ほど、こちらの柔らかい部分を無遠慮に突き刺していることを、彼女らは知らない。


(……落ち着け。この人たちは、私が現実でも視覚を失っているなんて知るはずがないんだ)


 あくまでこれはゲーム内の「風変わりなプレイスタイル」に対する興味。私が自分で選んだ『視覚消失』という設定への純粋な疑問に過ぎない。現実の私を同情しているわけでも、ましてや蔑んでいるわけでもないのだ。私が勝手に、過去の記憶と重ねて過剰に反応しているだけ。深呼吸をして、私は引きつりそうになった口角を無理やり平らな笑みに戻した。


 「分かりませんよ。見えませんから」

 

 目の前にまざまざと立てられた2本の指を、あえて見えないふりをし、事実とは僅かに異なる返答を返す。彼女らを嫌いなわけではないが、こちらの情報が全て筒抜けになっているのは正直いい気分がしない。エコーロケーションのことを黙っておくぐらい罰は当たらないだろう。


「はー、すっごいねえ!よくそれで戦えるよねえ。スキル構成とか、センスアロケーションはどんな感じなの?」


 さらに土足で踏み荒らしてくる彼女に、リーダー格の男が耐えかねたのか口を挟んでくる。


「ポン酢、そこら辺にしておけって。スキルやアロケーションは詮索しないのがマナーだろう。GOIはアカウントを再作成できないんだから、自分の情報は隠すのが基本だ」


 『ポン酢』というのは彼女のプレイヤーネームだろうか。そうか、馬鹿正直に本名にしてるのは私ぐらいなのか。リーダーの注意に、ハッとした彼女は慌てて謝罪の言葉を口にする。


「ごめんなさい!今話題の人が目の前に現れたもので、つい……」


 頭を下げられたら、それ以上責めることもできないので、気にしていないと返す。


「それはそうと、君。その腰の『琴鈴の根付(ことすずのねつけ)』、外しておいた方がいいっすよ」


 これまで傍観に努めていた最後の一人が口を開いた。

 

「え、なんでですか? 職人さんに証だって言われたんですけど」


「それはNPC相手の話。プレイヤー間じゃ、その鈴は『自分のサブランクはこれです!』って宣伝してるようなもんっす。変な連中に絡まれたくないなら、ストレージにしまっておいた方がいいっすよ」


 辺な連中って何!?と思ったが、私の心の声を嗅ぎとったのかリーダー格の男性が続く。


「セブンの言う通りだ。最近はPK(プレイヤーキル)も増えてきてるらしいから、自分の情報はできるだけ隠しておいた方が身のためってこと」


 そんな忠告をくれるなら、掲示板とやらの噂をやめて欲しいものだけど、それはこの人たちに言っても仕方のないことだろう。でも、吟遊詩人はお母さんを唯一感じられる大切な繋がりだ。


「忠告ありがとうございます。でも、せっかくですが、これは着けたままにしておきます。案外気に入っているので」


 3人は私の返答に驚いたのか、同時に顔を見合わせる。「やっぱり変わってるよ」と聞こえたような、聞こえなかったような。ともあれ、彼らの忠告を肝に銘じながら、別れの挨拶を交わす。


 ――「気ーをーつーけてねー!」


 去り際、遠くからポン酢さんの明るい声が追いかけてきた。無遠慮な好奇心に少しだけ心をざわつかせてしまったけれど、彼女たちの反応は、この世界を純粋に楽しんでいる冒険者としての真っ直ぐなものだろう。


(……悪い人たちじゃなかったな。私が、少し構えすぎていただけか) 

 

 現実で染み付いた心の防護壁を少しだけ緩め、私は背後へ向かって軽く手を振った。視界には映らないけれど、彼女たちのシルエットは、軽やかにアスカの方角へと遠ざかっていく。

 

 あの人たちの言う通り、ハツセに向かう道中、何度か竹暴鬼(タケボウキ)と戦闘になった。軽く迎撃し、薙刀の錆にして進む。けれど、竹林で出会った個体は、ついぞ現れなかった。やはり、あの遭遇は幸運が重なった奇跡だったのだろう。


 標高が上がるにつれ、肌を撫でる空気は少しずつ冷たさを増し、草原の匂いから清涼な水の気配へと変わっていく。それと同時に太い声が響く。


 「ここは神託の街ハツセに至る鳥居門である。何用で参られたか?」


「えっと、武器を作ってもらいたくてきました。」


 咄嗟だったので、取り繕う言葉を出す暇もなく正直に伝える。


「街の中での抜刀は禁じられている。武器をしまって入られよ」


 以前にも同じようなことがあったなとデジャブを感じ、「しまうって言われても」と以前と同じような言葉がついて出る。今回もきっと妥協してくれるだろうと、考えていると、衛兵さんから思いがけもない言葉が飛び出る。


「冒険者であれば、武器はストレージに収納が可能なはずだ」


 ………………システムさーん。流石にこれは、言ってもらっていいんじゃないんですかああ?


 ステータス画面のメインウェポンの横をタップすると、『武器を格納しますか?』と音声が流れる。肯定を示すと、身の丈以上もある薙刀は一瞬で手元から消え去った。


 ――ゲームを始めてから最大級のため息をつく。これまでの経験上ここでシステムに文句を言っても、言い返されて終わりなことを知っている。顔をぱんぱんと軽く叩き、気持ちを切り替え、目の前の巨大な鳥居とその先に続く階段を見上げる。


 「……さて、行きますか」


 神託の町の入り口、聖域に足を踏み入れて、静寂に包まれた参道を一歩、また一歩と進んでいく。

リーダー格の男性の言う「迷らない」と言うのは「迷」(い状態にな)「ら」ないようにすることを略しています。ゲーム用語の一つとして浸透しています。

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