ウズメとカナデ
鳥居をくぐり階段を登り始めて、どれぐらいの時間が経っただろうか。どこまでも続くかのような石階段を2、3回休息を挟みながら進み、最後の一段を踏み締めた瞬間、空気が変わった。アスカの喧騒とは全く異なり、静謐な水の音。そして、幾重にも重なる風鈴の涼やかな音色。その両者が織り合って、耳心地が良い。
「涼しい……ここが、神託の町ハツセ」
初めての町はどこに何があるかは完全なる未知だ。マップ、と呟くとハツセの全体像を示す地図がウィンドウとして現れる。どうやら、ハツセは立体的な構造の町らしい。棚田のような様相で、上に向かうほど建物が少ないようだ。マップには町の大まかな外観と、武器屋や道具屋のようなめぼしい場所にしか名前が振られていない。
「肝心の鍛治師さんはどこだろう」
耳を澄ませても、水の流れる音と風鈴の軽やかな音しか聞こえてこない。アスカのような鍛治に従事する音は微塵も届いてこない。散策も兼ねて、町の中を散歩してみることにした。すると、音の違いだけでなく、プレイヤーがほとんど存在しないことに気づく。
エコーロケーションはNPCであれば、頭の上に緑色の矢印が表示される。プレイヤーは青色だ。プレイヤーの方が確実だろうが、情報源がいないのであれば仕方がない。近くの武器屋で店員さんに話を聞くこととする。
「いらっしゃい!ハツセ随一の武器屋『登竜門』だよ!」
ハツセには武器屋は一件しかなかったから、そりゃあ随一でしょう、とは決して口にせず会釈で返す。
「あのー、すいません。武器を買いに来たわけじゃないんです。この町に、有名な鍛治師さんがいるって聞いたんですけど、何か知りませんか?」
客でもない私に嫌な顔ひとつせず、ハツセ随一の店員さんは答えてくれた。もちろん武器は欲しい。だけど、お金がないのだ。決して、ただ情報だけをもらっていこうなんて卑しい根性ではない。絶対に。
「いやあ、ハツセには鍛治師はいないはずだけどな。大体そういうのはアスカにいっちまうから」
町中で鉄を叩く音が一切しないから薄々気づいていたが、やはり鍛治師はいないのだろうか。職人さーん、嘘だったんですかー、と心の中でアスカの町に念を届ける。
「あ、でも町外れに、ガラクタを作ってる変なやつならいるなあ。鍛治師って感じじゃあないけどな」
新情報であることは嬉しいが、内容的には不安が募るばかりである。
「ありがとうございます。とりあえず、そこ行ってみます。――あ、250ゼニーで買えるものとかってありますか?」
情報だけもらって去るのは流石に良心の呵責に耐えられそうにないので、安い何かがあることに期待し、聞いてみる。恰幅の良い男性店員は、ガッハッハッハッハ、と一通り笑い終えたのち、低い声でボソッと「ないな」と呟いた。
店員さんへの申し訳なさに後ろ髪を引かれる思いだったが、「ゼニーが貯まったらまた来てくれよー」とわざわざ店先まで出て手を振ってくれたおかげで、沈みかけた心は少しばかり軽くなった。新たな情報をもとに、地図を広げる。町の外れと言っていたから、地図の中でも一際ポツンとなっているここだろうな、と目的の場所であろう方向へ足を進める。
――流れる水の音も、涼やかな風鈴の音も、耳をすまさなければ聞こえないほど遠くに来てしまった。棚田の3段目の端っこも端っこにそれは佇んで……いや、上下に微動していた。家と形容してよいものか判断に窮する。もちろんわずか5メートルの範囲しか認識できない私には、その建物の全容が見えるわけではない。それにしても、見えているだけの範囲から言っても、とてもじゃないが家とは呼べない。家との共通点は玄関があるぐらいだろうか。
建物と地面の間に30センチぐらいの隙間がある。地面と平行にしゃがんで隙間を除いてみると「足」のようなものが規則的に屈伸している。この建物が上下に動いているのはこれのせいかあ、と納得する。なんで?どうやって?などという疑問は考えないようにした。
私の中の「未知」のパラメーターが限界許容値を超えたので、怖くなり、振り返って帰ろうとすると、ボボォン!とものすごい音が建物から響いてきた。何やら焦げ臭い匂いも、微かな風に乗って私の鼻先をかすめた。もし、火事になったら大変だ、とすっかりゲーム内であることを忘れている私は、意を決して家?の玄関を叩く。
「ごめんくださーい」
もう一度叩く。が、返答はない。
仕方ないので、失礼しまーす、とゆっくり玄関を開け、上下する建物に乗り込む。建物の中に入ると、あちこちにガラクタのようなものが散乱している。特に奥の壁には、天井近くまで届きそうな巨大な棚がしつらえられ、そこには武骨な大槌や重厚な盾、果ては剣と盾と弓が混ざり合った見たこともない様相のものまでが所狭しと並べられていた。
「……ガラクタかあ」
贔屓目で見れば「武器」、とも言えるだろうそれらを見て、武器屋の店員の言葉を思い出し、つい言葉が出てしまった。
「なんや、お前。いきなり来て、何がガラクタや。うちは見世物小屋やないぞ」
不意に建物の中から、低くてハスキーな声が届いた。あたりを見渡すが、声の持ち主は見当たらない。
「えっ……? どこ――ですか?」
私は困惑して建物の奥から四隅に渡るまで見回す。声は確かに建物の中から聞こえたが、姿形がまるで見えない。しかし、すぐ近くから何かが燻るような匂いだけは漂ってくる。
「下や、下!どこ見とんねん、このデカ女!」
慌てて意識を下へ向けると、そこには私の腰下ほどしかない、小柄な人影が立っていた。周囲のガラクタと同化し、まるで気づけなかった。アスカの岩のような職人を見た後では、目の前の幼い少女を鍛治師だとは到底思えなかった。
「あ、ごめんなさい!背が低くて、つい……」
「やかましいわ!うちが小さいんやなくて、アンタが標準をはみ出しとるんや。……んで、なんのようや。冷やかしなら帰れや!」
焦げた匂いを身につけた彼女は、怒気を孕んだ口調で睨んでくる。いや、睨まれている気がする。しかし、こんな辺鄙なところまで足を運んだのだ。このまますごすご引き下がるわけにはいかない。
「冷やかしじゃありません。これを使って、強い武器を作ってほしいんです」
アスカの職人からの紹介であることを付け足し、私はストレージの中から蓬莱の金剛竹を、慎重に差し出した。黄金色に輝くであろうその竹が、建物の薄暗い空気の中で僅かに存在感を強める。
「……ほう」
少女の声色は、怒りから興味へと感情が切り替わるのを示していた。彼女は私の手から竹をひったくるように奪うと、コンコンと指先で叩いて音を確かめ、さらには鼻先数センチまで近づけてクンクンと匂いまで嗅ぐ。
「金剛竹か。槌振るうしか脳がないアスカの連中からしたら『硬すぎて削れん』と泣きを入れる一品やな。……けど、ウチは火で炙って叩くような、野蛮な真似はせぇへんぞ」
「鍛治師さんではないということですか?」
彼女はフンと鼻を鳴らし「あんな奴らと一緒にすんなや」と短く言い放つ。その姿はどこか寂しさの裏返しにも思えたが、彼女はそれを振り払うようにガサガサと、散らかったガラクタの山を漁り始めた。やがて取り出されたのは、細い一本の棒。先端には幾重にも折り重なった紙垂が、すすきのように房をなしている。それは彼女の動きに合わせて、さあ、さあ、と乾いた雪が舞うような清涼な音を立てる。
「ウチは八百万の神さんの力をちょいと拝借して、素材の『理』を書き換えるんや。アスカの鍛冶師が『肉体労働』なら、ウチは『神事』やな。ま、アンタら冒険者の言葉を借りるなら『レンキンジュツ』言うんに近いかもしれんな」
「まあ、たまに失敗するけど」とボソッと聞こえる。さっきの爆発音はそれか……と勘ぐったが、あえて深くは追求せずに聞こえなかったふりをしておく。金剛竹は彼女が手にした棒を振るたび、それに呼応するようにカタカタとわずかに揺れている。
「で、アンタはウチに何を作って欲しいんや?」
僅かに語尾が跳ね上がる特徴的な話し方の彼女は、手にした大麻をバサリと鋭く私に向けてくる。
「薙刀なんですけど――でも、本当に作ってくれるんですか?」
失礼な態度もとっていただろうし、正直作ってもらえないのではと心配していた。職人気質の人ってなんかそういうイメージがあるし。
「ええよ、作ったる。珍しいもん持ってきてくれたお礼もかねてな。……けどな、薙刀作るんに、これだけじゃ足りん。そうやな……刃の部分にする『魔物のツノ』と、石突の部分に埋め込む『魔物の核』。この2つがあれば十分やな」
「ツノと核……素材を取りに行けばいいんですね。どこに行けば……」
私の言葉は彼女に勢いよく遮られた。
「ちょい待ち。その前に、アンタのその格好なんや。初心者の初期装備のままやないか。ハツセの魔物はアスカの比やないぞ。そんなんで素材を取りに行くとか、自殺志願者か?」
彼女は呆れたようにため息をつくと、私の周囲をちょこまかと歩き回り、ジロジロと私の身体を観察し始めた。
「しゃあない。これも何かの縁や。ウチがあまりもんをアンタに合わせて調整してやるわ。……その代わり、素材は特級品を持ってくるんやぞ」
「えっ、いいんですか!?」
最初は荒々しく、トゲのある強気な性格といった印象だったが、もしかしてツンデレなのか。
「勘違いすなよ!ウチの作った武器を、情けない格好で振り回されたら、ウチの名に傷がつくんや!ほら、そこに立て。……さっさと採寸させろ!」
ツンデレなのか。
ニヤニヤしていると「なんや気色悪い」と不機嫌そうに頬を膨らませながらも、手際よく布地や革のパーツを私の身体に当てていく。その過程で「戦闘スタイル」についても聞かれたので「カウンター主体」であることを端的に伝える。
「カウンターに必要なのは重厚な防具やない。相手の動きに合わせて、的確に反応する。そのためには、武器はもとより、体と身に纏う衣服が一糸乱れずに動かなあかん」
まさに、と深く頷き同意の意を示す。
「だから、アンタには動きやすさを重視する『清流の袴』と、薙刀を思う存分振るうための『離さずの小手』やな」
彼女が言い終えると同時に〈『清流の袴』と『離さずの小手』を装備しますか?〉とウィンドウが表示される。肯定を示すと、瞬時に着慣れた袴へと切り替わった。小手もやけに馴染む気がする。
「うん、ええな」
彼女は私をまじまじと眺め、満足そうに短く呟いた。
「そういえば、今更ですけど……お名前、なんておっしゃるんですか? 私はカナデといいます」
漸く落ち着いて話ができる状況になり、私は遅まきながら自己紹介を口にした。
「ウチか?アマノ――アマノ・ウズメっちゅうんや。ま、適当にウズメって呼んでくれればいいわ。よろしくな、カナデ!」
屈託のないのびのびとした挨拶に胸がすく思いだった。初対面でいきなり下の名前を呼んでもいいものか、と気を揉んだが、漸くゲームだということを思い出し、吹っ切ることにした。
「よろしくお願いします!ウズメさん!」
「なんや、さん付けってくすぐったいなあ。ウズメでええよ!」
そっぽを向くウズメは、振る舞いに反してどこか嬉しそうな、弾むような余韻をその声に滲ませていた。




