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ジェネシス・オブ・アイランドー天神七代記ー視えない私の神攻略  作者: 梵天丸(ぼんてんまる)
第壱ノ世界 コモリク 未だ天地開闢は起こらず

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ぶつかる子犬と笑う岩

 宿屋のベッドに深く沈み込みながら、私はストレージの中にある『蓬莱の金剛竹ほうらいのこんごうちく』の使い方を思案していた。武器の素材になるってことだから、加工してもらうのかな。でも、所詮は竹だしなあ、と金色に光っているであろうレアアイテムを(いぶか)しむ。 

 

「これ使ったら今の武器より強くなるの?」


 《是。現在装備している『処女の薙刀』は初期装備であり、ATK(攻撃力)に1.2倍の倍率しかかかりません。『蓬莱の金剛竹ほうらいのこんごうちく』を使用した武器であればその数値を遥かに凌駕するでしょう。しかし、武器の良し悪しは鍛治師の技量によっても異なり、出来上がってみなければ分かりません》


 この2日間でゲーム脳になったつもりだが、倍率だの、鍛治師だの、どうにも理解するのにワンテンポ遅れてしまう。要は、今より強くなるけど、ランダム性があるよってことだろう。

 

 「アスカでも鍛治してもらえるんだよね?」

 

 《是。冒険者ギルドの中に鍛治を専門とする者がいます》


 ありがと、と軽く礼を伝え、冒険者ギルドから響く金槌音を頼りに宿屋の外へ出る。熱気と鉄の匂いが立ち込めるあの建物を目指し、町の路地を進んだ。3回目ともなれば目を瞑ってでも目的の場所へ辿り着ける。まあ、開いていても変わらないんだけどね。……こういう時にシステムがツッコんでくれたらいいのになあ、今度相談してみようかな。


 などと独り()ちながら、大通りの端を歩いていると、大通りに面した、人一人が通れるかどうかの狭い路地。そこから、エコーロケーションの中に猛烈な速度で、小さな何かが飛び入ってきた。普段から視覚に頼らず生活している私にとって、突発的な接近は、集中していないと反応が遅れてしまう。

 

 ――ドォォン!


 「うわっちゃあぁぁぁ!」


 避ける間もなく小さい何かと衝突する。私はそのまま尻餅をつき、相手も勢いよく転がっていくのが視界の端に映る。


「いったぁ……ごめんなさい、大丈夫ですか?」


 私は悪くないよなと思いつつも、つい謝罪の言葉が口をついて出た。


「いゃあぁぁ、ごめんごめんごめん! いやー、マジでごめん! 急いでてさ、前を全然見てなかったわ! ほんっとに悪りぃ!」


 響いてきたのは、驚くほど高いトーンの、弾けるような若い男性の声だった。例えるなら、キャンキャンと鳴く子犬のような、せわしなくも陽気な響きが鼓膜を叩く。


「あ、いえ、私もぼんやりしてたので……」


 と声のする方に姿勢を正すと、でんぐり返しの途中のような、なんとも滑稽な姿で私に話しかけている。通常ではあり得ない位置から声が聞こえ、若干引いてしまう。おそらく、いやかなり表情にも出ていただろうが、その男性は気にも留めないのか早口で話し続ける。


「いやいや! 俺が悪いんだって! おっ、君、その腰の鈴……もしかして吟遊詩人? 珍し~!じっくり話聞きたいけど、今マジでリーダーにどやされる5秒前なんだわ!悪い、この借りは絶対どっかで返すから! じゃあね、詩人ちゃん!」


 嵐のような早口でまくしたてたかと思いきや、滑稽な格好から飛び上がり、彼の姿は一瞬で私の視界から消え去っていった。


「……行っちゃった。ってか詩人ちゃんって、何その呼び方」


 仲良くはなれないタイプだな、と失礼なことを頭に浮かべ、再び金槌の音を頼りに歩き出した。漸く、熱気と鉄の匂いが立ち込める冒険者ギルドに辿り着いた。いつもの受付女性に軽く挨拶をし、鍛治師のもとへと案内してもらう。


 案内された先には、岩のようにがっしりとした輪郭が熱心に金槌を振るう姿があった。表情が分からないのに、体格だけでおっかない、という感情が先行してしまう。これは話しかけて良いのか、と半ば助けを求めるように受付女性の顔を見ると、手で「どうぞ」と促されたので逃げることもできず、意を決して岩に話しかける。


「あの、武器を作って頂きたいんですが……」


 おずおずと声をかけると、金槌の音がぴたりと止み、のそりとその人が振り返る。


「武器ぃ、だとぉ?どんな武器ぃが欲しいんだぁ、嬢ちゃん」


 体躯の割に意外にもおっとりとした口調だが、低く腹に響く声色で、緊張感は無くならない。


「あの、これで薙刀を作って頂きたいです……」


 おずおずとした手つきで、ストレージから『蓬莱の金剛竹ほうらいのこんごうちく』を出し、職人へ手渡す。


「……ほう、こいつはぁ『蓬莱の金剛竹ほうらいのこんごうちく』じゃねえかぁ。初心者の街にしちゃあ、随分と大層なもんを持ち込んだなぁ。俺も実物を見たのはぁ、初めてだぁ」


 職人は大きな手で竹を色々な角度から眺めている。一通り眺めたのち、ふう、と短く息を吐いた。


「だがな、嬢ちゃん。……うちでもぉ、作れねえことはねえが、正直お勧めはしねえ。俺の腕じゃあ、こいつの秘めたぁ力を引き出しきれず、粗悪なナマクラにしちまう可能性が高いんだわぁ」


「えっ……。そんな……」


 まさかの言葉に、がっくしと肩を落とす。このままでは苦労して手に入れたレア素材が、文字通り宝の持ち腐れになってしまう。


「悪いなぁ、力になれなくてぇ。あんまりしょげるなよ。……ところでぇ、おめえさん。もしかして吟遊詩人かぁ?」


「そうですけど、よく分かりましたね」


 私が驚いて聞き返すと、職人は私の腰のあたりを指差した。


「そこの『琴鈴の根付(ことすずのねつけ)』だぁ。そいつはぁ吟遊詩人のサブランクを持つ者にしかぁ、与えられない証だ。どのサブランクにも似たようなものが与えられるけどなぁ……知らなかったのかぁ?」


 慌てて手探りで腰元を確認すると、指先に小さな金属の感触が触れた。微かに揺らせば、チリリと涼やかな音が鼓膜を(くすぐ)る。そういえば、さっきぶつかった子犬みたいな男性も、一目で私が吟遊詩人だと見抜いていたっけ。


 どうやらサブランクを取得した際、その身分を証明する装備品が自動的に付与される仕組みらしい。そういうのは、その時に教えて欲しいんだけど……ねえ、と視線を僅かに左上へ移すが、システムは無視を決め込んでいる。


「俺ぁ、昔から歌が好きなんだぁ。……これも何かの縁だ、どうだい、一曲聴かせてくれねえかぁ。そしたら、見返りと言っちゃあなんだぁ、嬢ちゃんにとって良い情報を教えてもいぃ」


「えっ、ここで……? いま、歌うの……?」


 蘇る、竹林での羞恥。しかし、人気のない暗い林の中と、たくさんの人がいる冒険者ギルドの中では、その恥ずかしさと言ったら比較になるはずがない。数秒、沈黙していると、周囲からは絶え間なく人の気配が伝わってくる。談笑する冒険者たちの声、酒場のジョッキが触れ合う音、受付嬢の清涼な声。その無数の音は、すべてが自分に向けられた鋭い視線のように感じられて、肌がチリチリと熱くなる。


 だめだ、このまま時間が経てば経つほど、変にハードルが上がって歌えなくなる。……こんな時、お母さんだったら。


 


 ――絶対に逃げない。堂々と笑って歌うはず。私は拳を握り締め、最新のVRMMOが人の羞恥まで反映させていれば、真っ赤になっているだろう顔を伏せながら、消え入りそうな声で「……1回だけだよ」と呟いた。おう、と短く明朗な声を聞いてからスキルを使う。


「――『大地の讃美歌(アヴェ・ティエラ)』」


 冒険者ギルドの一角を占領する工房の中に、凛とした、けれどどこか震えるような歌声が響く。わずか数秒。されど数秒。私にとっては永遠にも感じられる公開処刑の時間が終わった時、職人は豪快に笑いながら手を叩いた。


「ガハハハ!いい声だぁ、心が洗われるようだぜぇ!約束だ、とっておきの話を教えてやろう」


 ――終わった。歌い終えた瞬間、肺に残っていた空気がすべて抜けていくような、奇妙な脱力感に襲われた。ギルドの中に一瞬だけ訪れた、真空のような静寂。近くの席で誰かが「今の、吟遊詩人か?珍しいな」と囁く声。背中を、見えない無数の好奇心が撫でていく感覚。

 

 (恥ずかしい。恥ずかしすぎる……! なんで私が、こんな大衆の前で……!)

 

 顔は、茹でた蛸のように熱く感じる。もし今、自分の顔を見ることができたら、きっとその赤さに絶望してそのままログアウトしていただろう。視覚がなくて、本当に、本当に良かったとこれほど痛感したことはない。お母さん、私はまだお母さんみたいにはなれないみたいです。

 

 未だ羞恥心で指先が震え、今すぐこの場から全力疾走で逃げ出したかった。そんな私の内心を知ってか、知らずか、職人は声を潜め、どこからか地図を出して北の方角を指し示してきた。


「本当は商売(がたき)だからよぉ、あんまり教えたくはねえんだがぁ……この街を北へ抜けた先にぃ、別の町がある。そこには蓬莱の金剛竹(そいつ)の力を十分に引き出せるぅやつがいる。ちょっと変わったやつだがぁ、腕は確かなはずだぁ」


「北の町……」


 私がその言葉を繰り返すと、彼は満足げに頷き、さらに声を低めて続けた。


「あぁ。古き祈りが捧げられる場所、『神託の町(しんたくのまち)ハツセ』だぁ」


「ハツセ……そこなら、強い武器が作れるんだね。ありがとう、おじさん。ハツセ、行ってみるね」


 ガハハ、と陽気に笑う職人を見て、記憶の片隅でほんのわずかに残る祖父を想い重ねる。腰元でチリリと鳴る鈴の音を聞きながら、私は羞恥心を追い出すように期待を胸に詰め込み、黄金の竹をぎゅっと抱え直した。

職人さんは思いの外でっかいです。多分190cmぐらいはあります。一般的に鍛治師としてイメージされるドワーフとは異なります。

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