クニノトコタチノカミ 弍
「さっきの戦闘を振り返ると、問題は二つ」
サクヤが指を一本立てる。
「一つ目。ダメージが全然足りない。カナデちゃんの攻撃じゃ、あの神には焼け石に水だ」
「分かってます」
悔しいが否定できない。何度斬りつけても、神は気にも留めなかった。
「二つ目」
もう一本、指が立つ。
「俺が脆すぎる。あの速度で狙われたら一瞬で沈む」
「そうですね。距離を離していても、あの踏み込みは防げませんでした」
二人で黙って天井を見上げる。
沈黙の中で、さっきの戦闘が頭の中をゆっくりと再生されていく。
神がサクヤに向かって地を蹴った瞬間。
一直線に、迷いなく。
私がいることなど、視界に入っていないかのように。
「……ねえ、サクヤさん」
「ん?」
「さっき神が動いた時、私のことを完全に無視してサクヤさんに向かいましたよね」
「そうだね。遠距離ランクを優先的に狙うAI設定だと思う。前衛より後衛の方が脅威だって判断してるんだろうね」
「だとすれば」
私は少しずつ、頭の中で絵を描いていく。
「神は常にサクヤさんを狙い続ける。だから、私がサクヤさんとの間に立ち続ければ、神は必ず私を通り抜けようとする。その度に、私が捌く」
サクヤが静かになった。
「……続けて」
「サクヤさんは私の後ろから撃つ。私と神と、サクヤさんが常に一直線上に並ぶように動く。神がサクヤさんに向かうなら、必ず私を経由することになる」
「でも、それだとカナデちゃんが邪魔になる。俺の弾がカナデちゃんに当たる」
「当たりません」
即答した。
「……根拠は?」
「エコーロケーションです。後ろからの攻撃も、私には見えてる。サクヤさんが撃つタイミングは分かります。だから、避けられます」
サクヤが黙り込んだ。長い沈黙だった。
「……つまり」
やがて、ゆっくりと口を開く。
「俺がカナデちゃんを狙うように撃てば、カナデちゃんが避けた先にボスがいて、弾が当たるってこと?」
「そういうことです」
「カナデちゃんを撃ち続ければ、弾が神に当たり続ける」
「はい」
「もしも当たったらめっちゃ痛いのわかってる?」
「わかってます」
サクヤがため息をついた。
「……カナデちゃん、さっきの戦闘で何発避けた?」
「数えてませんでした。でも、直撃を受けたのは最後の一発だけです」
「あの速さの攻撃を?」
「はい」
また沈黙。今度は短かった。
「……正気か、この作戦」
「サクヤさんが思いついた作戦よりは、根拠がある気がしますけど」
「どれのこと?」
「回復アイテムを投げ込むやつです」
「あれは結果的に正解だったから!」
サクヤが不服そうに声を上げる。
私は構わず続けた。
「とにかく、今の私たちにできる最善はこれだと思います。サクヤさんが攻撃を当てる。私が攻撃を受ける。役割を分けて、一直線上を維持する」
サクヤはしばらくステータス画面を眺めていた。やがて、画面を閉じる。
「……分かった。やってみよう」
「じゃあ、もう一度行きましょう」
「ちょっと待って。一個だけ確認させて」
サクヤが真剣な声になった。
「俺がカナデちゃんを狙って撃つ。それって、怖くないの」
私は少し考えた。
「怖いです」
「だよね」
「でも、逃げたくないから」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。
それを聞いたサクヤが短く笑った。
「……そっか。じゃあ、俺もカナデちゃんの勇気を信じるよ」
「お願いします」
――
再び『最果ての秘境』。
クニノトコタチノカミは、前回の戦闘などなかったかのように、ぼんやりと漂う霧の塊として佇んでいた。
「まず回復アイテムからだね」
「今回は節約しながら投与しましょう。手持ちが少ないので」
「了解。厳選して投げる」
サクヤが慎重にアイテムを選びながら、ひとつひとつ丁寧に投げ込んでいく。
前回ほどの量ではないが、じわじわとクニノトコタチノカミの輪郭が収束し始める。
数分後。
ズン、と重い音とともに、人型が出現した。
「よし、立った」
「行きます」
私は神へと向かって踏み出した。
同時に、サクヤが私の真後ろへと回り込む。
私、神、サクヤ。それぞれが一直線に並ぶ。
「準備いい?」
「いつでも」
「じゃ、撃つよ」
ドンッ。
後方から銃声が響く。
銃声よりわずかに速く、私は半身を右へ滑らせた。
弾丸が頬の横を掠め、神の胸部に直撃する。
ダメージエフェクトが弾けた。
「当たった!」
「もう一発」
ドンッ。
今度は左。
弾丸が肩口をすり抜け、神の鎖骨あたりに命中する。
「いいね、続けて!」
神が動いた。サクヤへ向けて地を蹴る。
しかし、その進路には私が仁王立つ。
神の右腕が振り上がる。
左へ。
体が先に動く。
腕が頭上を通り過ぎる。
その隙に、薙刀を脇腹に叩き込む。小さなダメージエフェクト。
でも、神の足が一瞬止まった。
「今!」
「クリティカル・バレット!」
神の動きが止まった一瞬を縫って、サクヤの渾身の一撃が頭部に直撃した。
大きなダメージエフェクトが弾ける。これまでで一番大きな光だった。
「よっしゃ!」
神が怯んだ。わずかに体勢が崩れる。
「もういっちょ」
ドンッ、ドンッ。
連続で放たれた二発を、私は前へ踏み込みながら左右に体を振って避ける。
弾丸が両脇を抜け、神の腹部に連続で命中した。
神の体がよろめく。
(……効いてる)
確かに削れている。少しずつだが、確実に。
神が再びサクヤへ向けて動き出す。
私は横へ流れるように神の正面へ割り込む。
神の腕が私を捉えようとする。
右へ。左へ。
後退しながら捌き続ける。
触覚が神の動きの微細な変化を拾い上げ、体が先に反応する。
当たらない。当たらせない。
「カナデちゃん、後ろ!」
サクヤの声と同時に、背後からの気配を感じ取る。
エコーロケーションが、弾丸の軌道を捉えた。
一歩前へ踏み込む。弾丸が背中を通り過ぎ、神の喉元に命中した。
「ナイス!」
神がまた怯む。
私は即座に薙刀を振るう。
脇腹、膝、腕。手が届く場所に次々と叩き込む。
サクヤの一撃に比べたら小さな光だが、確かに積み上がっているはずだ。
「サクヤさん、溜めて!」
「分かった!」
私が神の注意を引きつけながら、サクヤが大技の準備をする時間を作る。
神の攻撃をいなし、捌き、流す。一発ももらわない。
「いくよ!どいて!」
私が大きく横へ飛んだ瞬間、轟音が秘境に響いた。
「スコープ・スナイプ!」
これまでの銃撃とは桁の違う衝撃が、神の頭部を直撃した。
巨大なダメージエフェクトが弾け散る。神の体が大きく仰け反った。
仰け反った神に向けて、私は再び踏み込んだ。
薙刀を振るいながら、後ろからの銃声をリズムで感じ取る。
来る、と思ったら体を流す。弾丸が抜け、神に当たる。
避けて、当てる。避けて、当てる。
それを繰り返す。
神のHPが、目に見えて削れていく。
その瞬間、神の動きが変わった。
これまでのような大振りではなく、素早く、細かく、読みにくい動きへと切り替わってきた。
「カナデちゃん、動きが変わったよ!」
「分かってます!」
細かい動きは、かえって体の反応速度が活きる。
大振りより速いが、軌道が小さい分、最小限の動作で捌ける。
ギンッ。ギンッ。
連続で薙刀の柄が神の腕を受け流す。
そのたびに、後ろからサクヤの弾丸が飛んでくる。
一瞬たりとも気を抜けない。
神のHPが半分を切った。
しかしその瞬間、クニノトコタチノカミが動きを止めた。
不気味な静寂。
「……なんですか、これ」
「分からないよ。でも、嫌な予感がする」
次の瞬間、神の輪郭が大きく揺らいだ。
輪郭が広がっていく。人型だった形が、霧のように溶け始める。
「消えようとしてる!?」
「回復アイテム!今すぐ!」
サクヤが叫びながらストレージを漁る。私も残り僅かな傷薬を全て投げ込む。
だが、間に合わなかった。
クニノトコタチノカミは再び霧の塊へと戻り、ただそこに漂うだけの存在へと戻ってしまった。
「……逃げられた?」
サクヤが悔しそうに呟く。
「形を保てる時間に、限りがあるんですかね」
「みたいだね。くそ、あと少しだったのに」
私たちは、ただその場に立ち尽くした。
でも、絶望じゃなかった。
「回復アイテムをもっと用意しないといけませんね」
「量と、種類。あとは形が保てる時間を伸ばす方法があれば……」
私の腰元で、チリリと琴鈴が鳴った。
(……命を、もっと与える)
「サクヤさん、アイテムを集めましょう。今度こそ、仕留めるために」
サクヤは一拍おいて、いつもの軽薄な声を取り戻した。
「だね。でも、その前に一個だけ言っていい?」
「なんですか」
「この作戦、めちゃくちゃ上手くいったよ。カナデちゃん、すごかった」
私は返す言葉を探して、少し間があいた。
「……サクヤさん、全く躊躇してなかったですもんね」
「当たり前でしょ。カナデちゃんの勇気を無駄にできないからね」
そう言って、サクヤが先に歩き出す。
私はその背中を追いながら、手のひらをゆっくりと握り直した。
まだ終わっていない。でも、勝ち筋が見えた。
確かに、見えた。




