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ジェネシス・オブ・アイランドー天神七代記ー視えない私の神攻略  作者: 梵天丸(ぼんてんまる)
第壱ノ世界 コモリク 未だ天地開闢は起こらず

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神職と再会

 アスカの冒険者ギルド。

 熱気と鉄錆の匂いが立ち込めるその場所で、私とサクヤさんは、重い足取りでミキさんのいる工房へと向かった。


 私の背にある『真打:陽炎の大蛇薙』は、先刻までの輝きを失い、まるで数十年も放置された廃鉄のようにどす黒く錆びついていた。

 

 「ミキさん、いますか……?」


 つい先日、研いでもらったばかりなのに、もうボロボロにしてしまった罪悪感からか、自分の声がとんと小さくなる。

 私の絞り出すような声に応えて、奥から巨大な岩のような体躯のミキさんが現れる。

 

 彼は私の手元にある薙刀を一目見るなり、金槌を置く手さえ止めて、その顔を険しく歪ませました。

 

 「……なんだぁ、その無惨な姿はぁ。嬢ちゃん、一体どんな使い方したんだぁ?」

 

 私が黙って薙刀を差し出すと、ミキさんは大きな手でそれをひったくるように受け取り、じっくりと観察を始める。

 指先で錆をなぞり、重さを確かめ、そして深いため息をつきます。

 

 「……こいつぁ、ひでぇ。嬢ちゃん、無謀にも形なき神に挑んだんだなぁ。まあ、俺ならぁ直せるがなぁ」


 ミキさんはそう言うと、作業台に薙刀を据え、以前私が持ち込んだ『翡翠石・極』の粉末を混ぜた特殊なオイルを塗り込み、丁寧に磨き始めた。


 シュルシュルという、何かを削り取るような不気味な音が響く。


 「できる限りは元の状態に研ぎ直してやるぅ。だがなぁ、嬢ちゃん、この呪いをつけたやつには挑まねぇこった」


 「……ミキさん。クニノトコタチノカミの攻略について何か知りませんか?」


 サクヤは吟遊詩人の会話ボーナスに水を刺さないようにするためか、ギルドの端で佇んでいる。


 「俺はぁ、鍛冶師だぞぉ。そういうのは俺の領分じゃあねぇ」


 そりゃあそうだ。

 大きく落胆する私に、ミキさんが続ける。


 「だがなぁ、神様に詳しいやつならぁ、嬢ちゃんも知ってるだろ」

 

 ミキさんの言葉に、私はハッと顔を上げた。


 脳裏に、あの上下に揺れる奇妙な建物が浮かんだ。

 焦げ臭い匂いと、ハスキーな低い声。

 大麻(おおぬさ)を振るたびにさあさあと鳴る、乾いた音。

 

 「ウズメ!」


 薙刀を研ぎ続けるミキさんは、背中越しでもわかるほど大きく頷いた。


 「あいつぁ、腐っても神職だからなぁ。何か糸口ぐらいなら、知ってるんじゃねえかぁ」

 

 工房の入り口にもたれかかり、傍観していたサクヤが、不思議そうに首を傾ける。

 

 「誰?」

 

 「最初に話したじゃないですか。ハツセにいる知り合いです。神事で武器を作る人で……神様に詳しいかもしれない」

 

 「ハツセのNPC?」

 

 「はい。私の武器を作ってくれた人です」

 

 サクヤが一瞬、息を呑む。

 

 「……あの薙刀を作ったやつか」

 

 「そうですけど」

 

 「行こう、今すぐ」

 

 先ほどまでの飄々とした態度はどこへやら、サクヤが動き出す。

 

 ちょうどその時、ガコン、と炉の方から音がした。


 「できたぁぞ。呪いはぁ、落としてやったぁ。ついでにぃ少し研ぎ直しておいたぁ」

 

 ミキさんから薙刀を受け取る。

 あの黒い煤は跡形もなく、刃は清潔な輝きを取り戻していた。

 触覚が、その馴染んだ重心をすぐに拾い上げる。

 

 「ありがとうございます、ミキさん」

 

 「ぁあ。……嬢ちゃん、諦めるなよぉ」

 

 炉に向いたままのミキさんが、それだけ言った。

 私は深く頷いて、ギルドの扉へと向かった。

 

 ――

 

 ハツセへの長い石段を登りきった先で、上下に揺れる建物が相変わらずそこに佇んでいた。

 

 サクヤが目を丸くしている気配がした。


 「何あれ」

 「家……だと思います」

 「なんで上下に動いてんの?」

 「知りませんよ」

 「そっか」

 

 「まあ、いいか。それより早く中に入ってウズメっていうNPCから話を聞こう」

 

 そう言って、玄関に手をかけると、勢いよく扉が開け放たれた。

 

 「カナデかーーーー!!!」

 

 小柄なシルエットの関西弁訛りの女性が飛び出してくる。

 勢いよく開け放たれた扉の裏でサクヤは潰されている。

 

 「ウズメ!久しぶり!」

 

 それほど期間は空いていないにも関わらず、数年来の親友と再会したような気分だった。

 

 「なんや、よう立派になっとるやんか。もう泣いてへんか?」

 「泣いてないよ!」

 

 お互い、ほぼ同時に抱き合う。

 ああ、相変わらずウズメはあったかいなあ。

 感傷に浸っていると、扉の裏からサクヤがぬるりと姿を現す。

 

 「……その人がウズメ?」

 

 出会い頭の事故とはいえ、突如吹っ飛ばされた身からすると、ウズメを快くは思わないだろう。

 

 「誰や、お前は?」

 

 ウズメがじろりとサクヤを見上げる。

 

 「サクヤといいます。カナデちゃんのパーティメンバーで」


 ウズメの強気な姿勢になぜか敬語になるサクヤ。

 

 「……ふぅん」

 

 ウズメが品定めするように、サクヤの周囲をちょこまかと歩き回る。


 「カナデの相方にしちゃあ、随分と軽そうな顔しとるな」

 「ソンナコトナイデスヨ」

 「カナデに手出したらウチが許さんからな」

 

 サクヤが何か言いかけたが、ウズメはすでに興味を失ったようで私の方に向き直っていた。


 「でも、よく私が来たってわかったね」

 「ウチにいろんなことをちょいちょい教えてくれる物好きな神さんもおるんや」


 ゲームのシステム的によって私の行動はウズメに筒抜けなのかもしれない。

 途端に私とウズメとの間に、人とNPCという壁が生まれた気がした。


 「そんで、今日はウチになんのようや?」


 ウズメはサクヤから距離を取っている。


 余計な感情を振り払うようにぶんぶん、と頭を振り、私は単刀直入に切り出した。

 

 「クニノトコタチノカミについて教えて欲しいの。攻撃が一切通じなくて、どうすれば倒せるのかが分からなくて」

 

 ウズメは即座には答えなかった。

 静かな間が、揺れる建物の中に満ちる。

 やがて、ウズメがガラクタの山を漁り、腰掛ける場所を作る。

 

 「……カナデ、アンタはあの神を、どんな風に感じた?」

 「感じた……?」

 「見た、やない。感じた、や」

 

 私は、あの時のことを丁寧に思い出す。

 エコーロケーションが捉えた輪郭は、ぼんやりとしていた。

 

 鬼のようにはっきりとした形ではなく、揺らいでいた。

 攻撃を受けても何の手応えもなく、刃が空気の中に溶けていくような感覚。

 

 「……形がない、と思ったかな。触れているはずなのに、そこに何もないみたいで」

 「そや」

 

 ウズメが静かに頷いた。

 

 「クニノトコタチノカミはな、まだ形をなしていない神なんや」

 「形を……なしていない?」

 「この世界はな、まだ生まれる途中にある。その始まりの神であるクニノトコタチは、世界が完成する前の、まだ何者でもない存在なんや。形がない。実体がない。だから攻撃を受ける体すら、まだ存在しないんやないか」

 

 サクヤが息を飲むのが聞こえた。

 

 「攻撃が通じないのは、防御力が高いとかそういう話やない。ただ単純に、傷つく体がそこにないんや」

 「……じゃあ、どうすれば」

 

 私は思わず前のめりになる。


 「倒す前に、まずやらなあかんことがある」

 

 ウズメが静かに続ける。

 

 「形を整えること。まだ何者でもないあの神に、命を与えること。それが先決や」

 「命を、与える……」

 

 私は言葉を繰り返した。


 「神に命を与えるって……どうやって」

 「それはウチには分からん。ウチに分かるのは、ここまでや」

 

 ウズメがさらりと言い切る。

 そっけないが、嘘はないと分かった。

 

 しばらく、沈黙が続いた。やがてサクヤが口を開く。

 

 「……形を整える。命を与える。武器で斬るとか、銃で撃つとかじゃなくて、か」

 「せや。人間が神に届かせるものは、そんなもんやない」

 

 ウズメがそう言った瞬間、腰元でチリリと音がした。

 琴鈴の根付。

 

 私は、その小さな音をじっと聞いていた。吟遊詩人。

 お母さんへの想いで選んだ、攻略効率からすれば最弱の選択。

 

 お母さんがいつも言っていた。心の使い方が一番大事、と。

 私はまだ、答えの形を掴めていない。でも今、霧の中に一本の細い糸が見えた気がした。


 「ウズメ、ありがとう」


 「そいつになんかされたらいつでもウチに言え。はっ倒してやるから」

 

 屈託のないウズメの声に、私は小さく笑った。

 隣でサクヤが身震いをしていたことには気づかないふりをする。

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