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ジェネシス・オブ・アイランドー天神七代記ー視えない私の神攻略  作者: 梵天丸(ぼんてんまる)
第壱ノ世界 コモリク 未だ天地開闢は起こらず

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挑戦と無力

「……お、来た。案外早かったね」


 アスカの冒険者ギルド前。

 

 サクヤは相変わらず壁に寄りかかり、手持ち無沙汰そうにステータス画面をいじっていた。


「お待たせしました!」


 今度こそは先着してやろうと、意気込んで三十分前にログインしたというのに。

 

 それにも関わらず、彼は当然のようにそこに立っていた。

 

「時間ももったいないし、早速向かおっか」

 

 彼が指を弾くと、転送の光が私たちを包み込む。

 飛ばされた先は、『最果ての秘境』。

 

 景色らしい景色はなく、足元は水溜まりの上を歩いているような、掴みどころのない奇妙な感触が続く場所だった。


「で、例のボス……『クニノトコタチノカミ』だけどさ」


 サクヤが歩きながら、愛銃の調子を確かめるようにボソッと言った。


「この前も言ったけど、ぶっちゃけ、今のところ勝ち筋が見えないんだよね。まず、形がはっきりしない。モヤモヤした塊みたいな感じでさ。で、一番の問題が――攻撃が一切通らないことなんだ」


「防御力が高い、ということですか?」


「いや、ダメージ表記すら出ないんだ。『0』ですらない。なんて言うか、スカスカしてるっていうか……ただ弾丸や刃が飲み込まれて消えるだけなんだよ。なのに、こっちは居るだけで少しずつHPを削られる。HPの十分の一ずつっていう、バグみたいな減り方でね。こっちの攻撃が当たらないとなると、ただの詰みゲーだよ」


 サクヤは一度足を止め、私を振り返った。


「だから今日は、勝とうなんて思わなくていい。というか、無理だ。まずはカナデちゃんに、その『通じなさ』を体験してもらうことに徹するよ。HPが少なくなったら俺が強制離脱のアイテムを使うから。デスペナルティは気にしなくていい。この『前人未到』の絶望を、一度体験してみなよ」

 

「……わかりました」


 私は大きく深呼吸をした。

 昨夜、祖母に言われた虚構という冷たい言葉が、不意に脳裏をかすめる。


 現実の私は、光のない世界で誰かに生かされているだけの存在かもしれない。

 

 でも、このGOIの中では、私は私の意志で、この理不尽な神に挑もうとしているのだ。


『最果ての秘境』の最奥。

 そこには、サクヤの言葉通りの「何か」がいた。

 

 神々しいというよりは、宇宙の裂け目がそこに居座っているような、圧倒的な空虚。


 まるでまだ未完成のようなそんな雰囲気があった。


 それが、『クニノトコタチノカミ』だった。


「よし、やってみて。俺は何もしないから、好きに動いていいよ」


 サクヤが数歩下がり、腕を組んで見守る。

 私は薙刀を正眼に構え、その虚無へと踏み込んだ。


「はぁっ!」


 鋭い踏み込みとともに、渾身の薙ぎ払いを放つ。

 

 研ぎ澄まされた一閃は、確実に影の胴体を捉えたはずだった。

 

 だが、手応えがない。

 まるで雲を斬ったかのような感覚。

 刃は抵抗なく影を通り抜け、私の体だけが勢いで前にのめりそうになる。


(……本当に、何の抵抗もない)


 すぐさま姿勢を立て直し、今度は連続で突きを放つ。

 タン、タン、タン、と水面を叩く足音だけが空虚に響く。

 

 影は揺るぎもしない。攻撃を受けているという自覚さえ、その存在にはないように見えた。


(なら、これは……!?)


 私は薙刀を深く構え直し、一気の間合いで踏み込んだ。

 兵固有スキル――『旋風』。

 

 全身のバネを使い、遠心力を乗せた凄まじい旋回斬りが、影の胴体を真っ二つに裂く――はずだった。


 スカッ、と空を切る不快な感触が手首に返ってくる。

 手応えが、皆無。

 

「はあぁっ!!」


 それでも、私は止まらなかった。

 返す刀で、八文字を描くように連続の斬撃を叩き込む。

 

 突き、石突を使った打撃、そして斬り上げ。

 修練してきた連続技を、一息に、狂ったようにぶつけていく。


 タン、タン、タン、タンッ!


 虚空を打つ足音だけが、無機質に反響する。

 一撃ごとに全霊を込めるが、影はただそこに「在る」だけだ。

 

 火花一つ散らず、ダメージの数値も、ガードされた際の鈍い音すらもしない。


 ふと、現実で視力を失ってからの孤独感を彷彿とさせた。


(何か……何か一つでも、反応してよ……!)


 焦りに突き動かされ、奥義に近い連撃を繰り出した、その瞬間だった。


 影の輪郭がぶれ、薙刀の刃が、重く湿った泥に沈み込むような感触に変わる。

 

 反射的に引き抜こうとしたが、重く、動かない。

 

 見れば、影から伸びた黒い霧のようなものが、薙刀にドロリとまとわりついていた。

 

 ――ビキッ、と嫌な音が脳内に直接響く。


「え……っ?」


 聴覚にシステムの無機質な声が届く。

 

 《警告。装備品が「神の拒絶」に接触しました。状態異常「不浄の呪い」 が付与されました。基本性能が著しく低下します》


 慌てて引き剥がした薙刀の刃先は、どす黒い煤のようなものに覆われ、まるで数十年放置された廃鉄のようにボロボロに錆びついていた。

 

 ステータス画面を確認するまでもない。

 手に伝わる重みが、重心のバランスが、明らかに狂っている。

 

 直後、出口のない暗闇を一人で掻き回しているような、猛烈な徒労感が私を襲った。


 やがて、腕が鉛のように重くなり、激しい呼吸が肺を焼く。

 

「……はぁ、……はぁ、……っ、……っ」


 どれだけ振るっても、どれだけ速く動いても、結果は変わらなかった。

 

 私は肩で息を吐きながら、ついにその場に膝をついた。

 強烈な打撃を受けたわけでも、鋭い刃に晒されたわけでもない。

 

 ただただ、己の無力をまざまざと感じさせられる時間だった。

 

 直後、影がわずかに揺らいだかと思うと、視覚外から冷たい圧力が押し寄せた。

 

 ふと視界の端を確認すると、すでにHPは半分以上も削られている。

 まだ五分も戦っていないはずなのに――。


「あ、これ……ダメだ……」


「はい、そこまで。十分だよ、カナデちゃん」


 サクヤの落ち着いた声とともに、パリンと硬質なガラスが割れるような音がした。

 

 強制離脱アイテムが発動し、私の意識は真っ白な光の中に吸い込まれていった。


 瞬時に、アスカの街へと戻ってくる。

 人波の喧騒が耳に飛び込んできた。


「……無理ですよ、サクヤさん! あれは、絶対に無理です!」


 アスカの真ん中で、私は思わず叫んでいた。


「だよねえ、俺もそう思うよ。でもね――やらなくちゃいけないんだ」


 私たちのやり取りを見ていた通行人のプレイヤーたちから、クスクスと忍び笑いが漏れる。

 

「またあのボスに挑んだ間抜けがいるぞ」

 「GOIで真っ当な攻略を目指すなんて、よっぽどのビギナーだな」

 

 そんな嘲笑の声が聞こえてくる。


 言い返したかったが、先ほどの絶望的な無力感を思い出すと、彼らの言うこともあながち間違っていない気がして、唇を噛んだ。


「……何か策でもあるんですか?」


「いや、ない!」


 無策であることを、あえて胸を張って言い切るサクヤに、私は大きな落胆を覚える。


「はぁ……。それより、武器に状態異常がかかっちゃったんですけど……」


 私が薙刀の穂先を見つめながら呟くと、サクヤが飄々と答える。


「ああ、その不気味なデバフ、冒険者ギルドの専属鍛冶屋なら、その手の呪いも一発で解除してくれるから大丈夫だよ」


 重く、鈍い感触に変わってしまった相棒を背負い直し、私たちは武器を蘇らせるため、冒険者ギルドへと足を進めた。

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