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ジェネシス・オブ・アイランドー天神七代記ー視えない私の神攻略  作者: 梵天丸(ぼんてんまる)
第壱ノ世界 コモリク 未だ天地開闢は起こらず

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信念と信念

 『現在の時刻は19時13分です』


 ベッドの脇にある音声時計を鳴らす。


(9時間しか経ってないんだ……)


 異常な時間経過に慣れてしまった自分に少々驚く。


 昼前から何も口に入れていない。

 目を覚ましてからずっと胃の辺りから音が鳴っている。


 ベッドから起き上がり、玄関をトントンと降りていく。

 家の中からは人の気配がしない。

 聞こえてくるのは鈴虫が奏でるリンリンとした音だけだ。


 リビングのテーブルを慎重に手探りすると、蠅帳(はいちょう)が指先に触れる。

 その脇の録音機を見つけ、再生ボタンを押す。


 流れる内容はすでにわかっているが、なんとなく毎回再生させる。


「カナデ、お父さんは仕事で帰りが遅くなります。ご飯作ったから食べておきなさい。それじゃあ、おやすみ」


 父の手料理を電子レンジにかけ、テーブルに並べ直す。


「いただきます」


 ここにいない父へ感謝の気持ちを込めて、箸を持つ。

 ここまでが父の帰ってこない夜ご飯のルーティンだ。


 父は揚げ物をよく作る。

 本人曰く、揚げるだけだから、味付けを考えなくて楽らしい。


 料理を作る機会がない私には、それが簡単なのかどうかさえわからずに、いつも曖昧な返事で終わっていた。


「おいしいよ」


 感想を独言(ひとりごち)る。

 一人だから言える。

 もし、父が目の前にいたら口が裂けても言えないだろう。


 私はまだ父に甘えている。


 その後は黙々とトンカツ、キャベツ、ご飯の順に食べ進めていく。


 直後、玄関が開く音がした。

 その音に乱暴さはなく、静かでいて、耳を澄ませていなければ聞こえないほどだ。


 来訪者は、廊下を音もなく進んでくる。


 その気配に私は大きくため息をつく。


 ――ぱちっ。


 リビングの電気をつける音が虚しく響く。


「また一人で食べているのかい」


 低く、重厚な響きを持つ声が鼓膜を打つ。

 姿は見えずとも、祖母が背筋を正し、夜にも関わらず着物をピチッと着こなしている姿がありありと想像できる。

 その声には、長年武の道を歩んできた者特有の、鋼のような芯が通っている。


「お父さんは仕事だもん」


 早めに会話を終わらせたくて、ぶっきらぼうに返すが、暗闇の中で凛とした衣擦れの音だけが近づいてくる。


「……奏、光一はあんたの()を、ただ甘やかしているだけや」


 祖母の言葉は、氷の楔のように鋭く、心の弱い部分を抉ってくる。

 ここから、お小言と表現するにはあまりにも軽い責め立てが続くのは明白だった。


 私はあえて自分から話を振ることにした。


「……ねえ、おばあちゃん。私ね、ゲームの中でまた薙刀を振ってるんだよ」


 私は、手に持っていた箸をそっと置いた。

 昨日までなら、きっと黙って俯いていただろう。


 けれど、サクヤと過ごした時間や、あのオオエヤマでの死闘が、ゲームでの経験が私に言葉を紡ぐ勇気をくれた。


「おばあちゃんに教わった型で、目が見えないなりに頑張って戦ってるんだよ。最近は、型を通り越した戦い方がほとんどだけど……」


 期待を込めて、見えない祖母の方へ顔を向けた。

 だが、返ってきたのは、凍てつくような沈黙だった。


「奏。あんたがそのおもちゃの中で何をしようと、それはあんたの自由だ。だがね、武の道は、そんな戯言で語れるほど甘いものではないよ」


 祖母が一歩、リビングへと踏み込んできた。

 静かな、淀みのない足運び。

 彼女が私の隣まで歩み寄り、冷えた食卓の様子を確認するように佇む。


「作られた感覚、矯正された動き……。そんな虚構の支えがあって初めて成立する動きなど、東堂家の武ではない。電源を切れば、再びこの暗闇に立ち尽くす。その落差を、あんたは『自分を好きになれた』などという言葉で誤魔化しているに過ぎないんだよ」


「……誤魔化してなんてないよ! 私は、私自身の意志で……!」


「認められる、という言葉に寄りかかるのはおやめ。それはあんたが不自由だから、周囲が憐れみを混ぜて与えてくれているだけの、毒にもならない慰めだ。……どうせ現実世界で薙刀を振るうことなどできはしないのだから」


 祖母の手が、そっと私の肩に置かれた。

 ゴツゴツとした、鍛錬の証である硬い手のひら。


 (ああ、やっぱりこの人には何を言っても通じないんだ)


 私の淡い期待は一瞬で壊された。

 

 (別に武を極めたいわけじゃないのに……)


 幼少期から、東堂家を継ぐ長女として育てられた祖母にとっては、現実世界での武を極めるという異質さが普通なのだ。

 

 厳かな手のひらは、ゆっくりと肩から離れていった。

 先ほどと少し離れた場所から、祖母の声が届く。


「関係ないとしても、電気はつけんさい」


 そう言い残し、廊下を通り、玄関から離れへと戻る静かな足音。


(……どうすれば)


 あの不器用なほど真っ直ぐな祖母を認めさせられるだろうか。

 私が遊びでゲームに篭っているわけではないこと。

 ゲームの経験が現実世界に与えてくれる影響。


 どれだけ考えても答えは出ない。

 

 私は一人、冷え切ったトンカツを口に押し込んだ。


「答えはゲームの中にある気がする」


 私は立ち上がり、迷いのない足取りで自室へと戻った。

 明日、クニノトコタチノカミを討ち果たしたその時、私は私の強さを、おばあちゃんに突きつけてやれるんだ。


 なんの確証もないが、そう確信していた。

 ベッドに潜り込むと、体は激戦の疲れを癒すように一瞬で意識を深い底へと誘っていった。

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