冒険者ギルドと新スキル
第一話の冒頭からつながります。
始まりの町アスカについたものの、私は立ち尽くしていた。
「……ギルド、ってどこだろう」
エコーロケーションは便利だが、万能ではない。私が周囲を認識できるのは、緑の線で縁取られた無機質な凹凸の群れに過ぎない。どれが宿屋で、どれが商店で、どれがギルドなのかさえわからない。ましてや、看板に書かれた文字などを読み取るなどもってのほかである。
さらにこのスキルはどうやら効果範囲があるらしく、体感的に半径5m程度だろうか。それ以上の距離の情報は一切わからないのだ。それゆえ、町を行き交う人たちが、私のテリトリーに入っては出てを繰り返すため、いちいち気が散って仕方がない。
とにかく冒険者ギルドとやらを探さなければ。
「ねえ、システムさん。ナビゲーション機能とかないの? 冒険者ギルドに行きたいんだけど」
《回答。個別の施設へのオートナビゲーション機能は未実装です。ただし、音声ガイドによるサポートは可能です。設定しますか?》
「お願い、それやって」
《了。冒険者ギルドを目的地に設定。これより、音声ガイドによるサポートを実施します。ギルドから発せられる『金槌の音』をもとに進んでください》
「え、そういう感じ!?北とか南とか方向を教えてくれるんじゃないんだ。それガイドって言えるのかなあ」
私のぼやきにシステムは再びダンマリである。はあ、と小さくため息をつき、耳を澄ませる。微かにキィンキィン、ガンガンッと何かを叩く音が聞こえてきた。金属が激しくぶつかり合う高い音を聞き逃さないよう慎重に歩を進めていく。
ほどなくして、低い地鳴りのような活気のあるざわめきが聞こえてきた。歩行者の輪郭を避け、音の源流へと近づいていく。
「……ここかな」
《是。ここが冒険者ギルドです。音声ガイドによるサポートを終了します》
サポートと呼べる代物だったのか甚だ疑問ではあるが、巨大な音の塊が私の意識を目の前の扉に強制的に惹きつける。手を伸ばすと、重厚な木材と金属を合わせた質感が指先に伝わる。他の建物よりもひと回り大きな扉。そこから漏れ出る空気の振動が、ここが多くの冒険者で賑わう場所であることを告げていた。
扉を押し開けると、熱気が頬を撫でる。荒々しい怒鳴り声、金槌と鉄がぶつかり合う金属音、昼から酒杯を乾かしては床に置く音。それらすべての濁った音が混ざり合うギルドの最奥から、不意にその声は届いた。
「いらっしゃいませ。新規登録の冒険者の方ですね。」
それは、凛として澄み渡った、一滴の水が静かな湖面に落ちるような声だった。汗と鉄錆の匂いが立ち込め、職人や冒険者たちが放つ熱気に満ちたこの場所で、およそ似つかわしくないほど涼やかな響き。そのあまりの透明感に、疲労困憊だった私の意識が、一瞬だけ凪を取り戻した。
「メインランクは武士で受理されています。次に、サブランクを選択してください。選択したサブランクに該当するギルドへ自動的に加入されることになります」
「……サブランク?」
彼女は淀みなく、3つのギルド――『言霊の階』『豊穣の息吹』『金剛不壊』――と、それに付随する膨大なサブランクの名前を読み上げ始めた。
料理人、香術師、薬師、運屋、鍛治師、細工師、吟遊詩人……。
(……ダメだ、覚えきれない)
数時間に及ぶプレイ、初めての戦闘、そして慣れない環境。私の脳は限界だった。専門用語の羅列が、意味を持たない音の塊として右から左へ通り過ぎていく。
「……すみません。今、すごく疲れていて。一度、考えさせてください。あと、ログアウトしたいんですけど」
答えたのは澄んだ声の持ち主ではなく、打って変わって、優しさを微塵も感じさせないそっけないシステムだった。
《警告:セーブしていないデータは全て消去されます。それでもログアウトされますか?》
「しない!しない!どうしたらいいの!?」
《宿屋のベッドでセーブをして、ログアウトして下さい》
受付の女性に慌ててお辞儀をしてから、ギルドの外へと向かう。不躾な態度だっただろうが、きっとあの女性は微笑みながら見送ってくれたに違いない。目が見えなくなって、そういうのはなんとなく分かるものだ。
《アスカに宿屋は3軒存在します。『安らぎの灯火』『憩いの滝壺』『木漏れ日の揺籠』どこに向かわれますか?》
「どこでもいいよお、一番近いところでお願い」
《ここから最も近いのは『憩いの滝壺』ですが、宿泊料金が最も高く、現在の所持金では利用できません。最も安価な『安らぎの灯火』へ案内します》
出鼻を挫かれ、はあい、と小さく呟き、私は幽霊のような足取りでギルドを後にした。今度は距離が結構あったようで、システムによる具体的な方向などの指示のもと、比較的容易に進むことができた。宿屋が近づくとパチパチと焚き火の爆ぜる音がする。宿屋に入り、カウンターでお金を払い、案内されたベッドに倒れ込んだ。
(……あ、そうだ。ポイント……)
朧げな意識の中、ふとシステムの声を思い出す。
――《センス・ポイントは、プレイヤーの五感の感度を向上させるためのリソースです。ステータス画面より、任意の項目に割り振ることが可能です》
ステータス、と小さく声に出すと半透明のウィンドウが出てくる。手元のウィンドウを、指先でなぞるように確認していく。
【プレイヤー・ステータス】
プレイヤー名: カナデ Lv.3
ゼニー:1,150ゼニー
メインランク: 武士
サブランク: 未設定
メインウェポン:処女の薙刀
サブウェポン:未設定
プロテクト:詳細
保有センスポイント: 5
【センス・アロケーション】
視覚: [消失]
聴覚: 10
触覚: 20 [強化項目:補正有]
嗅覚: 10
味覚: 10
【ベース・ステータス】
HP(体力):32
STR(筋力):7
ATK(攻撃力):9
VIT(耐久力):7
DEF(防御力):9
INT(知力):6
DEX(器用):6
AGI(敏捷):6
LUK(幸運):6
ウィンドウに読めない文字がなくてホッとしたが、内容は全くもって理解できない。ベース・ステータスの英語も気になるが、とりあえず今はセンスポイントの割り振りを解決しなければならない。
「ねえ、結局センスってなに?どんな効果があるの?」
《センスはプレイヤーの五感の感度を向上させ、固有スキルの獲得や様々な恩恵を得ることができます。例えば、聴覚のセンスアップを行うと、より遠くの音を認識できたり、複数の音が存在する中でも詳細に聞き分けることが可能です》
「ふーん、触覚だけイメージしにくいんだけど、どんな効果があるの?」
《触覚とは一言で表すと体が感じる感覚です。例えば、冷たさや温かさを感じるのも触覚です。もっと幅広く言えば、体がスムーズに動かせるのも触覚が関わっています。そのため、触覚のセンスアップを行うと、体の知覚能力があがり、動きのラグが少なくなります》
「体が動かしやすくなるってことね。じゃあ、とりあえず触覚に5ポイント、全部入れるよ」
《是。カナデの触覚は強化項目のため、補正がかかり+10ポイントとなり、現在30ポイントとなりました。触覚固有スキル『リコイル・カウンター』を習得しました。カウンター成功時に、敵に与えるクリティカルダメージが1.25倍になります》
「リコイル……跳ね返す、ってことね」
システムから与えられたスキルを評価する知識もない私はただただ分かったふりしかできなかった。けれど、漸くこれで一段落つくことができる。わずかに残った気力で、ログアウトの言葉とともに、私は現実へと戻った。
固有スキル『エコーロケーション』のイメージは、サイバー空間でグリッド線がピーッと伸びている感じです。地面をのぞく360度に対応しているので、後ろから誰かが来ても分かります。スキルのレベルが上がると効果範囲が増えますが、現在はLv1なので自身を中心とした半径5mの距離までしか認識できません。




