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ジェネシス・オブ・アイランドー天神七代記ー視えない私の神攻略  作者: 梵天丸(ぼんてんまる)
第壱ノ世界 コモリク 未だ天地開闢は起こらず

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カピバラとエコーロケーション

 先刻の判断を変えられないことを恨めしく思うが、手元には薙刀がある。長さは私の背丈よりわずかに大きいぐらいだ。穂が2尺、柄の部分が3尺といったところだろうか。穂の先を天井に向けて目一杯伸ばしてみるが、何かに触れる気配はない。


「誰もいませんよねー!」


 と念のために確認してから、薙刀を軽く振り回してみるが、何かに(かす)ることさえなかった。頭の中でさっきの無機質な声による警告が反唱される。


 ―― 《警告。視覚消失はプレイ難易度を著しく高めます。よろしいですか?》

 

「高すぎるにも程があるでしょ……こっちはゲーム初心者ですよ」


 と、世界に向かって毒づいても仕方がない。なんとかしなければ。


 あと手掛かりになるのは、ぽちゃん、ぽちゃんと規則的に響く水滴の音だけ。薙刀の石突を床に当て、白杖のようにして音のする方向へ足を動かす。いつまで経ってもこの一歩目は慣れない。


「これ、薙刀選んでなかったら、最初から詰んでたよね」


 何十歩か歩くと、サリ、と石突が何かに当たった。唾を飲み込み、大きく一歩を踏み出す。先ほどまでの常に一定の固さを返してきた床とは異なり、ほんの少し柔らかく、地面を踏んでいるという感触が返ってくる。私はしゃがみこんで、床に触れた。場所によって、岩が剥き出しだったり、砂利が溜まっていたりするらしい。壁を求めて、そろそろと腕を伸ばすと、すぐに、指先に冷たい岩壁が触れた。


 それを伝って、私は歩き始めた。左手に壁の感触を常に感じながら、一歩、また一歩と進んでいく。水滴の音は、少しずつ近づいているようだ。十数メートル歩いただろうか、壁の感触が左方向に途切れた。曲がり角だ。音のする方向とはわずかに違うが、それでもナビを失うわけにはいかない。


 再び壁伝いに歩き始めると、壁は真っ直ぐでなく僅かに右側へ向かって湾曲し続けていることに気づく。再び壁の感触が左方向に途切れると、立ち止まり、頭の中で道をイメージする。


 ――「円形の部屋なんだ」


 どうやら開けた場所に出ていたらしく、これ以上、壁伝いで進むことはできないようだ。立ち止まり、耳を澄まし、水滴の音に集中する。おそらく部屋の中央だろうか。意を決して、ナビの主導を壁から薙刀へと移す。


 十数歩進むと、石突が高さのある何かにぶつかる。その形状をなぞるように薙刀を動かすと、規則的な高さの繰り返しであることに気づく。階段だ。手すりはないようだけど、グッと体重をかけても軋んだり、潰れることはない。


 階段を恐る恐る進み、新しいフロアに足を乗せると、先ほどの雰囲気とは何かが一変した気がした。重苦しく、息が詰まる感じ。学校で先生が難しい問題を誰に当てようか悩んでいるときや、電車の中で若い人に席を譲られるときに似ている。その瞬間、


 ――ガサ、ガサカサ……。


 微かな音。土を引っ掻くような、乾いた音。私は凍りついたように動きを止めた。心臓がどきりと跳ねる。音は、私の左前方、おそらく4mほどの距離から聞こえてくる。生き物の気配。人間じゃない。もっと小さい、何か。


 ガサカサ、カサ……。


 音はリズミカルに続いている。私に気づいていないようだ。この距離で?とも思ったが、おそらくこのゲームにおけるチュートリアル用の敵なんだろうと、変に納得した。それでも、敵の姿が見えないというのは不安だ。私は息を殺し、その場でじっと動かずに音の正体を探る。犬かな?いや、もっと大きい。音の立て方が重い。ゆっくりと、薙刀を中段に構える。柄の冷たい感触が、汗ばんだ手のひらに伝わった。


 ゲームなのだから、敵がいるのは当たり前だ。頭ではわかっている。けれど、光のない世界で未知の何かと対峙する恐怖は、現実のそれと少しも変わらなかった。


 その時、音がぴたりと止んだ。


 まずい、気づかれた!?


 空気が張り詰める。一瞬の静寂の後、それまでとは明らかに違う音がした。


 ――キィッ!


 甲高い、威嚇するような鳴き声。そして、地面を蹴る音。まっすぐに、こちらへ向かってくる。


 ガサササササッ!


 迷いはなかった。音の発生源、その一点に向かって、薙刀を水平に振るい、何かを打った。薙刀を通して腕に衝撃が伝わる。僅かに遅れて何かが壁にぶつかる音とピギャという鳴き声が重なった。無我夢中で、音のする方へ思いっきり薙刀を突いた。


 ズチャリ、という生々しい音がして、何かは数秒ジタバタしていたがやがて動きを止めた。ゆっくりと薙刀を引き抜くと、何かが倒れ、生きているであろう反応が消えた。


 再び沈黙が戻ってきた。薙刀を握りしめたまま、荒い息をつく。心臓が耳のすぐそばで鳴っているようだ。ゲームとはいえ、生きているものを初めて(あや)めた。いつまでも心臓が収まらない。そのとき、


《レベルが2に上がりました。視覚消失者固有(オリジナル)スキル『エコーロケーション』を習得しました》


 再び、頭の中にあの平坦な声が響いた。


「エコー……ロケーション?」


 私が震えながら呟くと、声が応えた。


《視覚消失者固有(オリジナル)スキル『エコーロケーション』は常時発動可能なパッシブスキルです。プレイヤーを中心に周囲の地形とオブジェクトの配置を立体的に知覚します。ただし、細かい造形や色、文字などの認識はできません》


 鯨とか蝙蝠(こうもり)のあれか。何かが見えるようになるということなのだろうか。


《『エコーロケーション』発動しますか?》


「……うん。お願い」


 そう答えた瞬間、私の身体から、まるで水面に広がる波紋のように、何かが放たれるのが感じられた。そして、次の瞬間。壁や天井、床、さらにはさっき倒した何かの(むくろ)にぶつかった無数の波が、一斉に私の元へと返ってきた。


 すると真っ暗だった景色に僅かに色がつく。色といっても鮮やかなものではなく、漆黒の世界に蛍光色の緑色の線が格子状に拡がっているだけ。しかし、これまでと異なるのは、そこに何があるのかがわかるということだ。緑色の線がレーザー光線のように、その物体の形をなぞり、覆うことで、そこに何があるかわかる。


 先ほど倒した何かは、予想通り犬ではなかったけど、パッと形容できる生き物が思いつかない。サイズ的にはカピバラに近いだろうか。造形の詳細まではわからないので、無理に形容せず、その敵をカピバラと命名した。


 不思議なことに、緑色の線は、目を閉じたり開けたりしても変わらずそこにある。視覚で見ているというわけではないようだ。その証拠に、私の後ろにあるはずの、さっき上がってきた階段の端まで認識できている。振り返り、階段を確認すると今度は後ろに位置するカピバラが認識できる。その僅か数秒後、カピバラはポリゴン状となり、跡形もなく姿を消していった。


「エコーロケーション。……便利じゃん。でも、慣れるまではかなり目が疲れる感じだなー」


 鼻根をギュっと十年ぶりにつまむ。その所作を懐かしむように少しだけ口角が上がっていたことに、私は気づいていなかった。薙刀を肩にかけ、これからの冒険へ大きな一歩を踏み出していく。

カナデがカピバラと命名したのは1話で出てきた洞窟猪ケイブボアです。チュートリアル用の敵で、モンハンでいうファンゴに近いと思って下さい。しかし、あんなに禍々しい牙を持っていません。実際はウリボーみたいな感じ。

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